ハムスターの爪切り
マツダセイウチ
第1話
我が家では昔、5代に渡ってハムスターを飼っていたことがある。これは4代目ハムスターひめちゃんのお話である。
ある日、私はジャンガリアンハムスター(ノーマルカラー)のひめちゃんが、目をやたら掻いていることに気がついた。よく見るとなんだか腫れているような気がする。私は心配になり、近所の動物病院へひめちゃんを連れて行った。
待合室は犬や猫ばかりで、ハムスターを抱えた私は若干浮いているような気がしたが、そんなことは別に良い。ハムスターのような小さな動物は、自分が具合が悪いのを隠す習性がある。弱っていることを天敵に悟られると狙われるからだ。だから症状が目に見えて現れるときはすでに手遅れになっている可能性が高い。私は緊張していた。
名前を呼ばれ、診察室に入った。診察台の上に乗せたひめちゃんは普段よりいっそう小さく見えた。私は先生にひめちゃんが目を掻いていることを説明した。先生は「小さいなあ」とか言いながらひめちゃんを診察した。
「角膜にちょっと傷がついてるね。それで気にして掻いてるんでしょう。目薬で治りますから、お家でさしてあげてください」
どうやら大したことはなさそうで、私はほっとした。そして私はひめちゃんの爪が伸びすぎていたことを思い出し、せっかくだから爪切りもしてもらおうと思った。
「あのう、爪も切ってもらえますか。小さすぎて自分でやるのは難しくて…」
「ああ、いいですよ。どれどれ。確かに爪長いね。じゃあ切ろうか」
そういうと先生は、ひめちゃんの背中の皮を、手のひら全体でグワシとつかんで固定した。あまりにも強く掴んでいるので、ひめちゃんは目玉が飛び出そうになっていた。というか飛び出てた。
ひめちゃんは苦しがって、先生の指を噛みだした。ひめちゃんは普段は大人しくて人懐こく、噛むようなことはめったにないハムスターだったので私は驚いた。そうすると看護師さんがさっとボールペンを出して指の代わりにひめちゃんに噛ませた。その隙に先生はひめちゃんの手を押さえつけて爪を切り始めた。小さなハムスターを大の大人2人がかりで、目玉が飛び出るくらい押さえつけている図はかなり衝撃的だった。私は堪らず、
「あの…先生、こんな事して大丈夫ですか…?」
と声をかけた。先生は軽い口調で、
「ああー大丈夫大丈夫。すぐ終わるからねー」
といって爪を切り続けた。
先生は大丈夫と言っているが、私にはひめちゃんが拷問を受けているようにしか見えなかった。いつもいい子なひめちゃんが、なぜこんな目に遭わなくてはいけないのか。私は爪を切ってくれと言ったことを激しく後悔した。ひめちゃんに心の中で謝りつつ、早く終わってくれと祈るしかなかった。
あれから十数年経ち、私は今ハムスターではなく猫を飼っている。爪はもちろん私が切っている。ハムスターに比べたら猫の爪切りなんて簡単なものだ。それは病院でもそうだろうが、私はもう二度と爪切りを医師に頼むことはないだろう。
ハムスターの爪切り マツダセイウチ @seiuchi_m
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