第6話 私は陛下の忠犬になりたい
兵士のドーバンさんと見つめ合う事、2時間。
すっかり日も落ち、周囲の気温もかなり下がってきた様だ。
しかし、それ以上に私の体は冷え切っていた。
その原因はもちろん陛下の言葉。
陛下が『うぬ』と相手を呼ぶ時は、敵対者として捉えている時である。
つまり、現状で私は陛下の敵対者とみなされている訳である。……そんなバカな。私ほど陛下を愛している人間など、他にいるはずもないのに。
と、考えていたのも先ほどまで。
少し冷静になればここは異世界であり、私が愛した陛下と目の前の陛下は同一人物では(恐らく)ないのだ。
うん。別にゲームの世界だよ、とか教えて貰ってないしね。むしろ
だとしたら、陛下は陛下のそっくりさんという事だろうか? でも、見た目も声も陛下だしなぁ……。
「で、どうやって陛下を騙くらかす気だい、嬢ちゃん」
うーんうーんと唸っていると、ドーバンさんが話かけてきた。
ついでに毛布(?)も渡してくれた。どうやら対面している間に、無害認定された様だ。意外と気さくな人なのかもしれない。ありがたく、私は毛布に包まる。
「嬢ちゃん? ……あぁ、私の事ですか」
一瞬、嬢ちゃんと言われて、自分だと気付かなかったことは仕方ないだろう。
「騙くらかすとは失礼な。陛下に対しての気持ちに嘘偽りはありません」
「でも、何かは隠してるんだろ? あの陛下が、わざわざ『何者だ』とまで聞くんだから」
「『鷹の目』ですからねぇ」
「おっ、陛下の異名も知ってるかい」
「そりゃ当然ですよ。有名ですから」
ゲームでも陛下の視点は凡人とは違い、遥か高みから全てを見通すとされていた。
ムービーシーンで流れるあの冷たい目がたまらないんだよね。
「まぁ、陛下はああ見えて悪いお人じゃねぇ。全部正直に話しちまった方がいいと思うがね」
「そんなのは知ってますよ。だからこそ、今色々考えてるんです!」
語るに落ちるとはこの事である。
「全部って言っても、荒唐無稽すぎて……」
「ほう、どんなんだい?」
「私、一回死んだらしいんですよね。で、死ぬ前に陛下を知っていた訳なんですが。死んだ後に気が付いたら、この砂漠に居たって感じですね」
「荒唐無稽というか、意味がわからんぞ」
「ですよねぇ」
ドーバンさんは頭をかきながら、話を続ける。
「もう少し、順序立ててみようや。そもそも嬢ちゃんの知ってる陛下ってのはどんな人だい?」
「えーっと、敵には容赦がない策略家で、武の実力もある底の知れないお人ですね。更には、味方も完全には信用しない。張りつめた空気の持ち主でもあります。でも、味方の中でも身内? 認定した人には大分気を許す人でした」
「……ほう。そいつはよく見てるんじゃないか?」
「後は、王位を得た後でも前皇帝の事は憎からず思っていたそうで、時折悲しそうな目をすることもありました。
自分が皇帝になったのは、帝国をまとめ上げる必要があったからで、必ずしも武で討ちたかった訳ではないとも」
「そう……、かもな」
「そうです。私の知っている陛下はそんな方です」
少しだけ、二人の間の空気が湿る。
しかし、そんな空気を払うかのように、ドーバンさんは質問を繰り返す。
「で、嬢ちゃんは陛下に対してどういう立場だったんだい?」
「……難しいですね。味方とも敵とも言えますし、身内とも言えた。
ただ、どの状況であっても陛下への敬意を忘れた事はありませんでした」
「そいつは殊勝なこったね。敵だったこともあるのかい」
「立場上は。という感じですかね? 個人的には敵対したつもりはありません」
「ほうほう」
感心したようにうなずくドーバンさん。
結構聞き上手だなぁ。
「で、今回は陛下の敵かい? 味方かい?」
「正直わかりません。ここがさっきと繋がるところで、私は一回死んでるんです」
「ふむふむ、なるほど。陛下にやられたのかい?」
「いえ、それとは全く無縁の病気です」
「病気かい。そりゃご愁傷様」
「ありがとうございます?」
「んで、陛下に隠してる事ってのは?」
「隠してる訳では……」
と、ここまでで、随分話してしまったことに気付く。
ドーバンさんはこう見えて誘導尋問の達人なのかもしれない。
……いや、私の口が軽いだけなんだろうけど。
私がため息を吐いた時、陛下が再び姿を現した。
「ナイセスが戻った。無傷でジュエルスコーピオンを討伐するのに、少し手間取ったとの事だ」
えぇ……。
チラっとしか見えなかったけどナイセスさん、一人で、無傷で、この短時間に、
ちょっと人外じみてませんかねぇ、ナイセスさん(ドン引き)。
「さすがは、騎士ナイセス殿ですな。この短時間で大サソリを完封するとは……」
あ、ナイセスさんは騎士なのね。兵士と騎士の違いがよくわかんないけど。
「ドーバン、貴様でも十分にやれるだろう」
「やれるでしょうけど、こんなに早く無傷でなんて無理ですよ。
帰ってくるのは翌日ですね」
あ、ドーバンさんもやれることはやれるんだ……。良かった、抵抗しなくて。
槍を両肩に乗せながらドーバンさんは首を振る。
うん。やっぱりドーバンさんは気さくなタイプなんだろうな。陛下に対して語調が大分砕けてるし、態度も明け透けだ。陛下も笑みを浮かべており、このやり取りに嫌悪感を抱いていない様である。
うーん、こっちの陛下はゲームの陛下よりも親しみがあるのかも?
「余の質問に対する答えは決まったか?」
と思っていたら、氷点下の目でこちらを見てくる陛下。
敵対者に対して過剰に厳しいのはゲームでもこっちでも一緒の模様。
「えっと、話す内容が完全には纏まってませんが、それでもよろしければ」
私は意を決し、陛下に話をする事にした。
「ふむ、そうか。……ドーバン、少し外せ」
「陛下、よろしいんですか?」
「こやつに余を害す力は感じん。むしろお前が居ない方が話やすいやもしれん」
「承知しました。では、騎士ナイセス殿と合流し、付近の探索を再開します」
陛下の言葉に素直に従い、ドーバンさんが瓦礫の向こうへと消える。
消える間際、曲がり角で小さく手を振ってくれたドーバンさん。その姿は、『うまくやりな』と言ってる気がした。
そして、僅かな静寂が私と陛下の間に流れる。
少しだけ心地よさを感じるのは、推しの前では仕方のない事なのだろう。
「さて、シアよ。余にうぬの話を聞かせるが良い」
「はっ、それでは失礼しまして……」
私は意を決したのだ。
……陛下に私の愛を伝え、
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新人バ美肉低コストVtuber異世界に転生す~推しにソックリな陛下が居たので犬になります~ 稀堕 紫愛(まれおち しあ) @shia_mareochi
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