第2話 怖い

昼時。佐川は身構えていた。


「俺、藤井◯太様に勝ちたいんですよね。」

ほらきた。佐川はそう思った。隣のデスクからビニール袋のカシャカシャした音が聞こえてくる。

「……将棋で?」

佐川から見て左が大和のデスク。従って佐川は左を向いた。

一方の大和は、デスクに焼きそばパンとメロンパン、どら焼きと炒飯おにぎりの順に計四品を真一文字にならべ、凝視していた。


佐川は大和のこの行為をとても恐ろしく思っている。彼とお昼をともに過ごすようになって、かれこれ週二〜三のペースでこの行いを目にする。とても怖い。佐川は先日、大和に、この行いは何の儀式ですかと、大和なりのいただきますなのかと問うた。すると大和は特に意味はないですと答えた。


佐川は怖いと感じた。


(大和くんたまに怖いんだよなぁ…。口が半開きになってるし、なんか毎回食い合わせが微妙に気色が悪いし………。でも食い合わせ、毎回微妙に気色が悪いですねとは言えない。なんかノータイムで殴られそう。)


意味がないのならなぜその儀式を週二、三で行うのか。しかも大概大和が佐川に質問を投げかけた後にこの状態になるのだから尚の事佐川は恐怖しているのである。普段は可愛いのに…。爽やかで、特筆することもない27歳なのに。強いて言うなら少しガタイがいいくらいの。と、佐川は思った。


佐川はカバンから弁当を取り出し、蓋を開けた。佐川はこの瞬間が一番好きである。自分が朝、手作りした弁当の蓋を開ける瞬間。自分の好きなものしか詰めてない幸せ弁当。


「し、将棋……。」

佐川の語尾が尻すぼみになっていく。

「……、何がすか。いただきます!!パァン!」


怖い。

そこそこの音量でいただきますを言うのが怖い。手を合わせないのも怖いし、それを口で表現するのも怖い。


「あ、藤井◯太様か。」

「将棋では勝てんよ。」

「将棋じゃなくてもいいんす。……オセロとか。」「オセロも無理じゃない?」

「デスゲームでもいいんすよ。おにぎり消えちゃった。」

「ダメっすよ。」

近頃の佐川は大和の早食いを物凄く気にしている。コンビニのおにぎりなんかは三口で食べきるのだ。ものの三十秒もかからずにおにぎりを食べきるのはどうかと思う。しかも自分で食ったのに消えたとか言って被害者ヅラするのはやめてほしい。


「いやね、藤井◯太様に何でもいいから勝ちたいんす。そしたら藤井◯太様に勝ったよ、って言えるじゃないですか。でも何で勝ったまでは言わないんです。そしたら百人中二十八人くらいは、あ、こいつ藤井◯太様に将棋で勝ったんだ。てことはこいつ実質八冠なんだって思ってくれそうかなって。」

「百人にも自分が負けたこと吹聴して回られる藤井◯太が不憫でならん。二十八人って数字もなんか気色が悪いし……。あと藤井◯太“様”って気になるわ〜。」

そう言った後に佐川が横目で大和の横顔をを見ると、大和は薄ら笑っていた。

大和はおにぎりは三口で平らげるのに、パンを食べるスピードはひたすらに遅い。でも大和の毎日の昼食にパンは必須なのだ。大和の早食いが、パンに対して本領発揮できてないのが佐川の最近の悩みだった。


「まあ、頑張ってみます。まずは藤井◯太様との接触を試みたいですね。目があったら勝負を挑みたいと思います。」

そう言った大和はおもむろに天を仰いだ。大和のデスクにはもう何も無い。


大和はいただきますの代わりに昼食を凝視し、ごちそうさまの代わりに天を仰ぐ。佐川はいい加減この儀式に名前をつけてやるべきかと案じていた。


「初対面の大和くんに勝負挑まれたら藤井◯太怖がっちゃうよ…。ごちそうさまでした。」

しばらく、藤井◯太の安全を祈ろうと佐川は思った。



「さて、午後も頑張りますか。」

「頑張りましょ。」


今日も午後がはじまる。


「間をとって棒倒しとかどうすか?」

「どの間取ったら棒倒し出てくんだよ…。怖い。」


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提提無無 Nagi @FFW

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