ぼくのかぞくのしゅうまつ!

春宮 絵里

しゅうまつ






今日は十月十三日の日曜日。ぼくの誕生日だ。




今日は起きたらママとパパが「誕生日おめでとう」って抱きついてきた。両方のほっぺにママとパパのほっぺがくっついてなんだか嬉しくて口が勝手ににこにこした。

お部屋の時計を見ると、12をさしてるから、今はお昼だ。

「よし朔、パパとママと一緒にリビングに行こうか」

「きっと朔ちゃん、喜ぶと思うわ」

パパが右手をママが左手をひいてくれる。

「えー! なんだろう」

また口がにこにこして、パパとママと廊下を歩いた。

すりガラスの扉越しにカラフルな色が見える。

パパがバンとクラッカーを鳴らして、扉を勢いよく開けた。

「わあ!」

リビングはカラフルな飾りがいっぱい散りばめられてて、大好きな風船がいっぱいあった。

「朔、誕生日おめでとう!」

少し遅れたあとに、ママも隠していたクラッカーを鳴らした。

「じゃじゃーん! パパと頑張って飾り付けしたんだよ。ふふ、朔ちゃんお誕生日おめでとう」

「朔ももう五歳なんて、パパ泣いちゃうな」

「嫌だパパ、涙目になってるじゃない」

今日は泣いてない、仲良しなパパとママを見上げる。やっぱり今日はとってもいい日なんだ!

「あのね、パパ、ママ。朔すっごく嬉しい!」

屈んで欲しくて服の裾を引っ張ると、パパのズボンが少し脱げた。

「お、おい。朔?」

パパはあまり髭のないほっぺにちゅうする。ママはすべすべだから、近いほっぺにちゅうをした。

「ありがとう朔ちゃん、ママ嬉しい」

パパもママも嬉しそうに、にこにこしていた。

「お料理はもう少しだけ待っててね」

「わかった!」

リビングに繋がっているキッチンの方へママがスリッパをぱたぱたとさせて歩いていった。ぼくはいつも座っている子供椅子に座る。

「先にジュースは出していいよな?」

「ええ、コップについであげて」

パパがぼくの大好きなオレンジジュースを持ってきてくれる。

「ありがとうパパ」

「あ、そうだ朔ちゃん、もう少ししたらじじもばばも来るからね」

「え! じじばばくるの!? やったあ」

「そうよ。だからパジャマからかっこいい服に着替えてらっしゃい」

「うん!」

ぼくはリビングからさっき寝ていた部屋までどたどたと足音をたてながら走った。

仮面ライダーのパジャマはかっこいいけど、パパとママとおうちにいるときだけだって言ってた。一番お気に入りのかっこいい青い服とズボンを引き出しから取り出した。


ピンポーン。


家のチャイムが聞こえた。きっとじじとばばだ。急いでパジャマを脱いでいると、玄関の方からママとじじばばの声が聞こえてきた。

「あら、直美。久しぶりね。朔ちゃんは元気?」

「元気よ。今着替えてるわ。お父さんお母さんこそ、今日は長旅だったでしょう?」

「いいえ、そんなことないわ。それにしてもこのマンションとっても高いのね。ね、あなた」

「そうだね。やっぱりここに来てよかったよ。隆博くんは?」

「ああ、パパは今風船膨らませているところよ」

急いでズボンを履いて玄関の方へ走る。

「じじ! ばば!」

じじとばばは去年の記憶のままちっとも変わっていなかった。

「朔ちゃん、今日は誕生日おめでとうね」

ばばがぼくと視線を合わせてにっこりした。

「朔、大きくなったな。おいしいチキンを焼いてきたんだ、一緒に食べよう」

じじは快活そうに笑ってぼくをぎゅっと抱きしめた。じじからは、なんだか古い家や金属の匂いがした。

「ケーキはママが作ったと聞いたわ。楽しみだね」

「うん! じじ、ばば、来てくれてありがとう」






◾︎◾︎◾︎






「ハッピーバースデーディア朔。ハッピーバースデートゥーユー」

「おめでとう朔」

「おめでとう、朔ちゃん」

かぞくみんなに囲まれて、ケーキの前に座る。

「朔、ふうって火を消すんだ」

パパと一緒にふうってしたら、火が消えて暗くなった。

「電気、電気」

ママが立って電気のスイッチを押した。

かぞくは頭にとんがっているコーンみたいなものを被っていて、じじとばばは顎の紐が少し苦しそうだった。

「じじ、ばば。ぼくが外してあげる」

目に入らないように取ると、じじもばばも優しそうな目つきでぼくを見た。

「朔、チキン食べるか?」

じじが持ってきたタッパーの蓋を外してチキンが見えるように渡してくれた。

「ありがとう、じじ。すごくおいしいね」

「そうか」

じじがしわしわの手でぼくの頭をぐしゃりと撫でた。

かぞくみんなでじじのチキンや、僕の好物ばかりのママの手料理やケーキを食べた。

「パパ、ママ。あのね、今日ね、ぼくの人生の中で一番幸せだよ」

楽しくてにこにこして伝えると、パパの目が大きく見開いたあと、くしゃりと泣きそうな顔に歪んだ。

「やっぱり朔は、俺の最高の息子だよ」

パパは後ろにあった紙袋から黒くて重そうな金属のものをこめかみにあてて、バンって大きな音の後に血まみれになって倒れた。

「パパ?」

寝転がったパパは目を開けたまま笑ってて、なんでか不思議だった。

フォークでケーキを口に運ぶ。

「ママ、パパ死んじゃった」

パパの向かいのママはやれやれと、困ったように頬に手を当てた。

「そうね。パパったら、拳銃だなんて、うるさいんだから。全くどこで拾ってきたのかしら」

「ママー、なんかお部屋臭い」

「まあまあ、朔、そう言ってやるなよ」

「まぁいいじゃないの。じゃあ私たちもそろそろ。直美、朔ちゃん、ありがとうね」

「じゃあな、朔。元気でな」

じじとばばは、座ってた椅子をベランダまで持って行って、手を繋いで柵に昇った。

「バイバイ、朔ちゃん」

バイバイと手を振り返すと、じじとばばは穏やかな顔で飛び降りた。

「ママ、じじとばば落ちちゃった」

なんだか必死にケーキを食べていたママの顔がこちらを向いた。

「あらそうね。そろそろ私たちも準備しようかしら」

ママはガムテープを持って、部屋の隙間に貼り始めた。ぼくは暇になったから仮面ライダーを見ようと、パパの下で血まみれになったリモコンを取り出して、テレビをつけた。


『現在時刻は3601年10月13日午後1時11分です。隕石はあと1時間弱で地球に到達すると思われます。私は家族で穏やかに終末を過ごしたいと思います。それでは皆さん、良い週末を』


番組の終わりだったようで、すぐにテレビが終わってしまった。

「なんのことだろうー」

録画した仮面ライダーを再生する。

「何のことだろうねえ」

ママがせかせかといっぱいガムテープを貼っている。

「ママ何してるの?」

「ママはね、ママと朔が苦しまないようにガムテープで塞いでるんだよ」

「そうなんだー。ねえママ、ぼくなんだか眠くなってきた」

急に眠くなってきて、大好きな仮面ライダーも白くぼんやりと見えた。

ママがガムテープを貼り終えて、ポットみたいな秋刀魚を焼くような機械を置いて、ぼくをぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫よ。朔、今日の誕生日会は楽しかった?」

「うん楽しかった」

「よかったわ」

ママも眠そうにぼくをぎゅっとしていた。

「ぼくはね、こうやってぎゅってママに抱きしめてもらいながら天国に行けるなんて、最高のしゅうまつだったよ」

ぼくがそう言うと、ママはにこにこと笑って眠ってしまった。





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