身に覚えのない婚約破棄を突き付けられた皇女、反撃したら隣国のヤンデレ王子に溺愛されました!
神崎ライ
第1話
「アクア・クライン、お前との婚約を破棄する!」
「は?」
王立エレスティア学院の卒業パーティーでの出来事だった。私が友人たちと談笑していると前方から険しい顔をした王太子ランスが一人の女子生徒を引き連れ、手に持っていた資料を私に向かって投げつけると怒鳴りつけてきた。
「お前がここまで非道な人間だとは思わなかったぞ!」
「何をおっしゃっているのでしょう? 全く身に覚えがございませんわ」
「この期に及んでまだシラを切るというのか……証拠は全て揃っているぞ! 自分の目で見るがいい!」
仕方なく床に散らばった資料を拾い上げ、目を通していくと初耳な事ばかりが並べられている。内容は主にある女子生徒に対する虐めの行為についてだ。
学院内で悪口を吹聴したことに始まり、階段から突き落とし怪我させた傷害、学院内の備品破壊などの器物破損、チンピラを使った婦女暴行未遂……など、凄まじい悪質な行為が列挙されている。
そして、その主犯は私であると明記されているのだ。
正直、身に覚えのないことばかりで頭が痛い。だけど、これだけの資料をまとめ上げた努力は褒めて差し上げましょう、内容はどうであれ……
「ふふふ、大変面白い資料ですね。王太子はミステリー作家でも目指しておられるのでしょうか? ですが……全く身に覚えがございませんわ」
ため息交じりに答えると、ランスはピクリと眉を動かして睨みつけてくる。
「身に覚えがないだと?」
「はい、全くありませんわ」
「これだけの証言と証拠が揃っておきながら自らの行いを認めぬとは……」
あまりにも話が通じなくてどうしようか考えていたら、ランスの後ろから訴えるような声が聞こえた。
「ランス様、おやめください! 私は大丈夫ですから……」
「エリシア。大丈夫だよ、僕に任せておいて」
後ろに控えていた小柄な少女がランスの左腕に抱きつき、上目遣いで訴えていた。そして、一瞬私に視線を向けると勝ち誇ったような表情を見せる。
「見損なったぞ、素直に認めていれば……お前は様々な手段を用いてエリシアを陥れようとした。そんな悪女を婚約者として認めるわけがないだろう! お前との婚約を破棄し、国外追放とする! そして、エリシアとの婚約宣言を行う!」
全てを理解した、先ほどの彼女が勝ち誇った顔をしていたのはこの事だったのかと。卒業記念パーティーという教員、全学生が集まる場を利用して私を断罪し、婚約宣言を行う算段だったようだ。しかし、私が放った一言で会場は凍り付いた。
「ランス様、何か重大な勘違いをされているようですね。そもそも……あなたと婚約したことなどありませんが?」
「は? お前は何を言っている……んだ?」
目を見開き、口を大きく開けて固まっている大バカ者二人に向かって私は淡々と説明を始める。
「私とランス様は婚約しておりません!」
「う、嘘をつくな! この婚約を認める書類にお前のサインがあるんだぞ!」
「ちょっと失礼しますね」
私はランス様の元へ近づくと左手で掲げていた問題の書類をまじまじと見る。
「私の筆跡に似せてはありますが、全く違いますわ。そもそも……ここに書かれている調印した日、私は体調不良で休んでいましたが?」
「そ、そんなバカな……じゃあ誰がサインしたというのだ?」
「私に聞かれてもわかりませんわ。あら? エリシアさん? ずいぶん顔色が悪いみたいですが?」
「な、何のことでしょうか? そ、そうやってまた私を陥れようとするのですね……」
「エリシア、僕が付いているからね。見苦しいぞ、アクア! この期に及んでまだ己の非を認めないのか!」
脳内お花畑の二人が大声で叫ぶ姿を見て、私はわざと聞こえるようにため息を吐くと口を開く。
「はぁ……もうよろしいでしょうか? こんな子供だましのようなイタズラに付き合うほど私は暇ではありませんので」
「き、貴様……俺は王太子だぞ! 言わせておけば……不敬罪だ! 衛兵、今すぐコイツを連行しろ!」
「……何が不敬罪だ、聞いてあきれるな」
それは一瞬の出来事だった……私の横を一筋の風が吹きぬけ、ランスの鼻先にロングソードが突きつけられていた。驚いた様子でランスはその場でへたり込んでしまった。
「どんな手を使ったのか知らんが、彼女が自分に靡かないと分かった途端に女を使って嵌めるとは……一国の王となる器には程遠い」
「フィル……様? なぜこのようなことを?」
私の目の前に現れたのは学院の留学生で隣国セフィラ神国の第二王子フィル・ストルール様だった。透き通った銀髪と整った顔に思わず息を飲んだ。そういえば女子生徒のファンが多いと聞いたことがあるような……
「出過ぎた真似をしてしまいました。しかし、アクア様が悲しむ姿をこれ以上見ていられなかったのです、シュバルツ帝国の皇女が虐げられる姿を……それに幼き日の約束も……やっとあなたをわが手に収めることが……」
「幼き日の約束……ですか?」
「いえ、なんでもございません……それよりもこの大バカどもを処分しなければなりませんね」
フィル様の全身からあふれ出す氷のような殺気が肌に突き刺さる。エリシアはあまりの圧に耐え切れず泡を吹いて倒れてしまい、ランスは腰を抜かして全身を小刻みに震わせて声を絞り出していた。
「な、なぜ帝国の皇女がここにいるんだ……アクアの身辺調査でも辺境の子爵令嬢としか出てこなかったはずだ!」
「ここまでアホでしたとは……自由な学生生活を送りたかったので皇帝にお願いして身分を隠していただけですわ。国王陛下もご存じのはずですよ?」
「そんなバカな……俺のところにそんな報告は来ていないぞ……」
「内輪の話をされても知りません。それよりも……私とありもしない婚約をでっち上げ、断罪しようとした罪はしっかり償っていただきますね。お二人とも……覚悟しておいてくださいませ」
燃え尽きたように床にへたりこむランスを一瞥するとフィル様の元へ歩み寄った。
「ありがとうございます。ありもしない婚約破棄と不敬で断罪されるところを救っていただいてなんとお礼を申してよろしいのか……」
「そんなことありませんよ。当然のことをしたまでですから」
フィル様がほほ笑みながら答える姿に見とれてしまった。なぜなら、学院では氷の王子の異名をとるくらい冷徹で笑ったところなど一度も見たことがない。
――そんな笑顔は反則ですわ……
あれ? でも、この笑顔って遠い昔に見覚えがあるような……
「おや? ずいぶん顔が赤くなっておられますね。楽しいパーティーを台無しにされ、気分を害されているに違いない。外に従者と馬車を待たせておりますのでお連れ致しましょう」
私の耳元でフィルがささやくとそのままお姫様抱っこされてしまった。
「フィ、フィル様! 大丈夫ですから!」
「いえいえ、万が一のことがありますから……では、行きましょうか」
「だからその笑顔は反則ですって……」
フィルに抱えられたまま会場を後にした私たち。戻る気も無かったのでそのままセフィラ神国へ連れられて行ってしまった。
それから数週間後、学院の卒業パーティーでのランスの愚行が両国の耳に届いたと聞いた。激怒した両国がエレスティア王国に戦争を起こす一歩手前までになったとか……
「そういえばランスとエリシアはどうなったのでしょうか?」
「あのような害虫どもの心配をするとはなんと慈悲深い」
「いえ、心配しているわけでは……少し気になる点が……」
「……アクア様が気にすることはないですよ。これはいけない、気分を害させてしまったようですね……早く私の愛で満たさなければ!」
「フィル様? ちょっとフィル様待って……」
私の抗議の声も虚しく、抱き抱えられると笑顔で部屋の奥へ連れていかれた……
私は卒業式の後、フィル様の猛アタックを受けて正式に婚約を結んだ。この時、セフィラ神国の国王とシュバルツ帝国の皇帝が旧知の仲ということも発覚して……
「「二人が良いなら問題ない! 早く孫の顔をみせてくれ」」
こんなことを言われてしまう始末。
両国公認となったフィル様の暴走はどんどん加速していく……
「アクア、君に纏わりつく悪い虫は全て僕が消し去ってあげるよ……そう、誰であろうとも……ね」
フィル様は私にいつも笑顔で話しかけてくれるし、すごく愛されてるって実感してるけど……
「……あれ? フィル様ってちょっと考え方がヤバくない?」
この時まだ私は気が付いていなかった……
まさかフィル様の勘違いから生まれた嫉妬が全世界を巻き込んだ一大騒動を引き起こすことになるなんて……
身に覚えのない婚約破棄を突き付けられた皇女、反撃したら隣国のヤンデレ王子に溺愛されました! 神崎ライ @rai1737
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