歌って踊れるキャラクター

増田朋美

歌って踊れるキャラクター

その日も暑い日で、本当に暑いなあというセリフがあちらこちらから聞こえてきそうな日であった。杉ちゃんとジョチさんはああ全く暑いですねなんて言い合いながら、富士駅で電車を降りた。二人がタクシーに乗ろうと、タクシー乗り場に汗を拭きながら歩いていると、近くの自動販売機で、一人の男性が、ジュースを買おうとしているのが見えた。その男性は、左腕がついていなかったので、すぐに名前がわかってしまった。

「よう!フック船長!今日は暑いなあ。こんな暑い中、なにか買い出しにでも来たのかい?」

「杉ちゃん、そのフック船長というのはやめてください。僕は植松淳という名前がちゃんとあるんだから、そんなテレビ映画に出てくる悪役と一緒にしないでくださいよ。」

「いいじゃないかよ。どうせ腕がないんだから。わかりやすくていいじゃないか。お前さんいつも暗い顔してるねえ。なんか曲を作るうえで、アイデア不足でここに来たのか。」

杉ちゃんに言われて、フックさんこと、植松淳さんは言った。

「まあ、そういうようなものですかねえ。まあ作曲を引き受けてしまったけれど、キャラクターのテーマソングなんて、何も情報は無いし、困りますよねえ。」

「キャラクターですか。どんなキャラクターなんでしょう。」

ジョチさんがそうきくと、

「はい。歌って踊れるオオアリクイちゃんって知ってます?彼のテーマソングを書いてくれと、依頼がありまして、それを受けてしまったのは良かったのですが。」

と、フックさんは答えた。

「ああ、あの富士市のキャラクターとして有名なキャラクターですね。現在はTVアニメ化されて、かなりずっこけたキャラクターになっていますが、ほんとうのオオアリクイちゃんは、もっと正義感が強くて優しいキャラクターなんですよね。今のキャラクターを見て、原作者はどんなふうに見てるんだろう。」

ジョチさんは、スマートフォンで、歌って踊れるオオアリクイちゃんと検索しながら言った。確かに検索すれば画像が出てくる。でもそれは、TVアニメ化されたときの、イラストばかりだった。

「きっと悔しいだろうね。そういうふうに、彼のテーマソングを書いてくれというのであれば、ずっこけたオオアリクイちゃんと、ちょっと正義感の強いオオアリクイちゃんを書かなければ行けないよね。」

杉ちゃんがそう言うと、

「そうですね。実は僕、原作本を読んだことがないんですよ。図書館に出向いてみましたが、あいにくみんな借りられていて、原作の本はありませんでした。だから、困っているんですよ。」

と、フックさんは言った。

「そうなんだ。じゃあ本屋はどうだろう?そこなら在庫さえあれば買えるかもしれないよ。」

杉ちゃんがすぐに言った。フックさんは、この駅の近くに本屋はありますかと聞いたところ、

「はい。南口付近に三浦書店がございます。大人気のアニメの原作本ですから、少なくとも仕入れていないことは無いはずです。よろしければ、案内しますから行ってみましょうか?本屋さんなんて今の時代少ないから、貴重な本屋ですよ。」

と、ジョチさんがそういった。そこで3人は、そこへ行ってみることにした。ジョチさんがスマートフォンで道順を調べてくれて、すぐに本屋に行くことはできた。三浦書店と看板を出している昔ながらの本屋という感じの建物だった。ジョチさんが、すみませんと言って本屋のドアを開けると、活字特有の独特の匂いがした。

「こんにちは。あの、すみませんが歌って踊れるオオアリクイちゃんの原作本はございますか?」

ジョチさんがいうと、

「はい。ございますよ。こちらが第一巻で、あの本は、10巻まで出版されていますが、現在5巻は在庫が切れておりまして、お取り寄せになりますが、それ以外は、在庫ございますよ。」

と、店主のおばあちゃんがそう言ってくれて、売り台から本を一冊取ってきて、

「これでございますね。」

と、三人の前で広げて見せてくれた。

「なんかテレビで見ているオオアリクイちゃんとは全然雰囲気違いますね。」

と、フックさんがいうほど、オオアリクイちゃんの絵は違っていた。今や筆箱やカバンなど、オオアリクイちゃんのグッズは販売されているが、それとはぜんぜん違う素朴なオオアリクイちゃんの絵が書かれていた。フックさんが第一巻を手にとって読んでみると、それはテレビで放送されているオオアリクイちゃんのストーリーとは、ほぼ違っていて、アニメのオオアリクイちゃんは、ドジで間抜けなヒーローと言う感じで描かれているが、原作のオオアリクイちゃんは、もっと気が強く、しっかりした人物として描かれている。

「まあ、テレビで受けるように、キャラクターを大幅に変えてしまうということはあるんだろうけど、これだけ内容が違っていたら、原作との相違点に買われた方も驚くのではないですか?」

フックさんがそうきくと、

「ええ。でも、読んでくださった子供さんたちは、絵本のオオアリクイちゃんのほうが、ずっとかっこいいと言ってくれます。だから、やっぱり紙の本はいいなと思うんですよ。」

と、店主のおばあちゃんは言ってくれた。

「実はこいつがね、そのオオアリクイちゃんのテーマソングを書いてくれと言われていて、それで参考にしたくて原作を買いに来たんだが、そういうわけで全巻買わせてもらえないだろうか?」

と、杉ちゃんがいうと、

「さようでございますか。それでは原作者の前原さんも喜ぶでしょうね。あいにく5巻が在庫が切れておりまして、それだけ取り寄せになってしまうのですが、そこはしばらくお待ちいただけますか?」

とおばあちゃんは言った。

「前原?」

とジョチさんが聞くと、

「ええ、前原新さんという方です。大のマスコミ嫌いで、なかなかテレビの取材などにも応じないんですけど、とっても素敵な方なんですよ。」

とおばあちゃんは言った。

「わかりました。じゃあそうさせていただきます。10巻揃えさせてください。もし、品切れの5巻が入荷しましたらすぐに連絡をいただければと思います。代金は先にお支払いしておこうかな。それでは10巻揃えて、お値段はいくらですか?」

とフックさんがいうと、

「はい。一万五千円です。」

とおばあちゃんは言った。フックさんは財布を取り出して、一万五千円をおばあちゃんに支払った。

「じゃあこちら、領収書ですね。それでは、入荷したら連絡しますから、名前と電話番号を教えてくださいますかね?」

おばあちゃんに言われて、フックさんは自分の名前と住所、電話番号を言った。おばあちゃんはそれをメモにかき、

「わかりました。それでは、入荷したら連絡いたしますね。」

と言ったので、フックさんはお願いしますと言って、頭を下げる。

「なんだか、お会いしてみたいねえ。なんかTVアニメの歌って踊れるオオアリクイちゃんとは又違うんだもの。まあ確かに、原作とTVアニメでは違うっていうことはよくあるけど、ここまで内容が違うと。」

と、杉ちゃんがいう。

「そうですね、こんなに歌って踊れるオオアリクイちゃんの書き方が違うと、原作者はどう思っているのか知りたくなりますよね。」

とジョチさんがしたり顔で言った。

「じゃあ、僕たちこれで帰りますが、入荷しましたら早めに連絡をください。」

「わかりました。」

ジョチさんの言葉に、おばあちゃんはにこやかに笑った。三人は三浦書店を出た。そして、フックさんは、妻の聡美さんに迎えに来てもらうと言って、富士駅の北口へ戻っていった。

それから数日が経って、歌って踊れるオオアリクイちゃん第五巻が入荷したというので、フックさんは、杉ちゃんとジョチさんといっしょに三浦書店に行ってみた。店の入口から入ると、店の中には、一人の車椅子の男性が、おばあちゃんと一緒に居た。

「こんにちは。5巻が入荷したと聞いたものですから。」

とフックさんがいうと、

「こちらの方が前原新さんです。あなた方の話を聞いてぜひお会いしたいと言うことで、来てくださいました。」

とおばあちゃんが一緒にいた男性を紹介した。

「じゃあ、あなたがあのキャラクターを生み出された方ですか?」

ジョチさんがいうと、

「はじめまして。前原新です。どうぞよろしくお願いします。」

と彼は、ジョチさんに向かって頭を下げる。

「へえ、こんな二枚目があのキャラクターを考え出したのねえ。しかも歩けないやつだったのかあ。なんかTVアニメを見ると、歩けないやつが作ったとは思えなかったけど、原作を読んでみると、なんかわかる気がする。」

と、杉ちゃんが笑いながら言った。

「いいえ、いいんですよ。アニメ化するにあたっては誰にでも受けるキャラクターにしなければならないんですよ。仕方ないじゃないかって、テレビ局の人にも言われました。だから、あの子が、ああいうキャラクターになっても何もいいません。」

「ずいぶん謙虚な方ですね。」

そういう前原さんにジョチさんは言った。

「車椅子になった理由はなんですか?事故にでもあったのですか?」

「いいえ、生まれつきなんです。一度も歩いたことはございません。学校にはいったんですけど、どうしても馴染めなくて、空想の中で遊んでいました。それがオオアリクイちゃんだったんです。」

と、前原さんは言った。

「それに出版するのだって夢にも思っていませんでした。だから、今回テレビアニメ化されるなんて言われても、何も思いませんでした。だから、もうこの10巻を描いておしまいかな。あとはTVアニメが動いてくれればそれでいい。」

「はあ、そうなんだねえ。抗議したりしないのかい?だって、イラストの書き方だって、テレビで見るオオアリクイちゃんと、この本に書かれたオオアリクイちゃんはぜんぜん違うぞ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ、だから言ったじゃないですか。もうオオアリクイちゃんはテレビのキャラクターになってしまいました。本として残ったものではないのですよ。それでは、仕方ないことですよ。どんな作家だってそういうことはあるんじゃないですか。それに僕は歩けないので、歩けないくせにと言われたら、もうどうしようもないので。」

前原さんはそういった。

「ていうことは、一度はテレビと原作が違いすぎると、言ったことがあったのか?」

と、杉ちゃんが言った。前原さんはええと小さくうなづいた。

「はあ、それなら、横車を押して、意思を貫き通せばよかったじゃないか。この、オオアリクイちゃんは、原作のとおりだと、とても奥が深いヒーローと言えるぜ。どうやって、周りの人を助けようか悩んでいるシーンとか、すごく良かったよ。まるで弥勒菩薩みたいだった。それなのにテレビでは一度も放送されていない。大事なことなので、カットしないでほしいと思うんだけど?」

「ええ。そうなんですけどねえ。でも、仕方なかったんです。だって、歩けないくせに、反抗するなと言われたら、それまでじゃないですか。だから、もう僕はあのキャラクターから撤退することにしました。」

と、前原さんは言ったのであった。

「じゃあ、もう10巻以降は書かないことにしてしまわれたのですか?」

とジョチさんがいうと、

「ええ。これ以上かき続けると、テレビ側から、もう書かないでくれって言われちゃいますから。オオアリクイちゃんは、確かに僕が生み出したものかもしれませんが、もう終わってしまいました。だからもうテレビにも出る気はないし、マスコミとも話したくありません。僕は本を出版しただけで十分だったんです。」

前原さんは、もういいんだと言うように言った。その顔が、きっとテレビ関係者にいろんなことを言われたんだろうなと言う感じの顔で、もうこんなことは懲り懲りだという感じであった。その顔で、杉ちゃんたちは、もうそういうことなんだと思い直した。

「そうなんですか。ということは、テレビ側とだいぶ軋轢があったんですね。まあね、アニメ化するにしても、いろんな人の思惑があって、いろんな人に向けて放送してますからね。それでは原作者側としては、つらい思いもしますよね。テレビは視聴率が全てですから、それを獲得するために、色々買えちゃいますからね。」

とジョチさんは、ちょっとため息をついた。

「でも、作者である前原新さんとお話できて良かったですよ。なんかそういうところは本屋というか書店の特権なのかもしれませんね。いろんなメディアで情報はありますが、本は情報を得るのとは、又違うものがありますよ。テレビやスマートフォンなどから得る情報とは、感動の仕方が違うのかな。書店が、消え失せようとしていますが、そういう感動を与える店でもあるんですから、亡くならないでほしいものです。」

「ホントだな。」

と、杉ちゃんも言った。

「じゃあ、こちらですね。歌って踊れるオオアリクイちゃん第五巻。せっかくだから前原さんにサインを頂いたらいかがですか?こんなチャンスはめったにありませんよ。」

と店主のおばあちゃんがそう言ったので、みんな笑ってしまったが、前原さんは、おばあちゃんからサインペンを受け取って、植松淳様と描いて、自分の名前を丁寧に描いてくれた。

「はいどうぞ。」

表紙にサインをされた本が、植松淳さんこと、フックさんに渡される。

「ありがとうございます。あなたが、一生懸命曲を描いてくれることで、オオアリクイちゃんも喜んでくれることでしょう。」

「そういうことではなくて、僕は、、、。」

とフックさんはいいかけたのであるが、それ以上は言えないような、すごい笑顔で前原さんは、フックさんに頭を下げるのである。なので、フックさんは、それ異常は言えないなと思った。

「ありがとうございます。お願いなんですがね、歌って踊れるオオアリクイちゃん、ぜひ、11巻を描いてもらえないかなあ。きっと、原作の法が良いって言うやつはいると思うんだ。きっと、オオアリクイちゃんだって、そう思ってると思うんだ。もう書かないなんて、言わないでさあ。テレビはテレビで勝手にやらせておけばいいじゃんくらいの気持ちでさ、お前さんの世界を又広めてほしいよ。」

と、杉ちゃんがでかい声で言うので、前原さんは驚くような顔をするが、

「出版のことなら、僕も手伝いますよ。」

とジョチさんがそういった。前原さんは考えておきますとだけ言った。それと同時にお昼の12時を告げる鐘がなったので、杉ちゃんたちはもう帰りますといった。

「本当にありがとうございました。それでは、僕たちお帰りします。11巻を出したら、ぜひ買いに行きます。」

とジョチさんがいうが、前原さんは黙ったままだった。それをフックさんは、なんだか意味深そうな顔で見ていた。帰りのタクシーに乗っているときも、なにか考え込んでいるような仕草だった。

それから数日後。フックさんは、テレビ局に言った。彼にオオアリクイちゃんのテーマソングを作曲してくれと言ったのはテレビ局だったのである。

「辞める!?」

とテレビ局では、思わず大揺れであった。

「はい。」

とフックさんは、きっぱりという。

「しかししかしですね。歌って踊れるオオアリクイちゃんはこれからも放送されていくわけですし、子どもたちからも人気のアニメなんですよ。そのテーマソングがなければ困るでしょう?」

テレビのプロデューサはそういったのであるが、

「いいえ、テレビで放送されているオオアリクイちゃんと、原作のオオアリクイちゃんはあまりにも違いすぎます。なので僕はどちらの方についたらいいのかわからなくなりましたので、この仕事はやめさせていただきます!」

とフックさんは言った。

「そりゃ、こっち側に決まってるでしょう?あまりにも違うってさ、そうでもしなくちゃ、テレビの視聴率取れないじゃない。それくらいあなたもわかるでしょ。それなら、テレビのオオアリクイちゃんのキャラクターに合う音楽を作ってくれればそれでいいのよ。」

プロデューサーは驚いてそう言うが、

「ええ、そういうことでしたら、みなさんも原作のオオアリクイちゃんをご存知なんですね。それなら、原作にある、正義感に満ちたオオアリクイちゃんのアニメを作ってくれればいいでしょう。今のアニメにあるおバカキャラのオオアリクイちゃんは、原作にはどこにも存在しませんよ。それに、原作者の方だって、こんなに違うのにはアニメ化してもうんざりするだけんじゃないですか。僕はそれには反対です。原作にある、オオアリクイちゃんの感動を、みんなに分けてあげられるようにテレビアニメ化してください。」

フックさんはきっぱりと言った。

「あーあ、これだから、障害のある人に頼むと、こうなってしまうんだよなあ。」

と、テレビ局の職員の一人が思わずつぶやいてしまう。確かにそういうところはある。だけど、それは、ちょっと又違った意味になってしまうのではないかとフックさんは思うのであった。

「そんなこと関係ありません。障害があってもなくても、テレビアニメ化する際には原作から離れて別のものにしては行けないと思います。アニメにすれば何でもいいってことはないと思います。原作のメッセージを、もう少しアニメで伝えてあげてください。」

そう言って、フックさんはテレビ局の職員たちに頭を下げた。テレビ局の人たちはもう帰っていいという顔をしたので、フックさんは失礼しますと言って、テレビ局を出ていった。

それからも歌って踊れるオオアリクイちゃんのアニメは上映され続け、高視聴率を叩き出していった。しかし、原作の本が10巻以上で出版されることは二度となかった。フックさんが、オオアリクイちゃんのテーマを作曲することはなかったが、でも彼はオオアリクイちゃんの原作本を大事に持ち続けていた。きっと、素朴さとか、単純さとか、面白さとか、そういうものは、原作本で無いと無いのかもしれない。だからやたら映像化しても意味がないということも、無いわけではないのである。テレビは、そのためにあるわけではないのである。




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歌って踊れるキャラクター 増田朋美 @masubuchi4996

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