第2話 江戸は今日もブラック (終)

しかし、そんなカオスもすぐ収ま……


「え〜??なんのお話かなぁ??お兄さん〜わっかんない〜!!キャッ♡」


顔の前でグーを作って、キャピルン♡とやってみせる和服を着た長身の男性(歴とした天下人)と、その横で真面目な顔して突っ立っている酒井様……いや、大丈夫だ。


すぐ収……


「『キャッハート』じゃねぇんだよ、気持ち悪りぃなぁ!?仮にも将軍ならそれなりの矜持プライドをもちやがれバーカ!!」


将軍に向かって幼稚園児のように「バーカ、バーカ!!」と吐き捨てる信綱くん。

もう無……いや、まだ希望はある!!


すぐお……


「どうしてそんな酷いことが言えますの!?」


扇子で口元を隠しながらヨヨヨッと泣き始める将軍と、その横で真面目な顔して突っ立っている(上に同じ)……え?いや、これ終わる……?


すぐ……


「お前なんでお嬢様言葉なんか使えんだよ、もう怖い!!」


もう良いわ。もうこれは終わらん。あ、ポップコーンあるじゃん。

もう「地の文」とかいう面倒臭い役目なんて放って、映画泥棒の総集編見よ。


「将軍の嗜みですわ〜!!……真面目な話をすると、一昨日の夜にお前の屋敷の寝室に行ったら、お前が寝言で『ですわ』がどうのとか言ってうなされてたから話をして、色々と教えてもらった」


うわ、やっぱ映画泥棒いいな。サイレン様ガンバレー!!

うっわ、この画像マジカッコいいわ。これ絵師さん誰だろ?


「え……?待って??いや、お前人の寝室勝手に入って来んなよ……。

何??俺が奥さんとラブラブしてたらどうするつもりだった訳??」


え、あーーーーーー!!ちょっと待って!?え、声入ってたの?切るの忘れてた??

み、皆さん、私が映画泥棒見てはしゃいでる音声聴いてたの……?


「信綱くんは大丈夫!!何故なら君はヘタレだからね!!」


……(前世の信綱が社畜として働いて過労死したところを転生させた駄女神、映画泥棒の良さを実感しながらもはしゃいだ事を後悔中)


「「「え?松平様ってヘタレなんですか??」」」


……(映画泥棒のポップコーン様に見惚れて信綱の転生先を間違え、二度目も社畜として過労死しそうな人生を歩ませてる駄女神、はしゃいだ事を反省&片付け中)


「家光は勝手な事言うな!!そして、お前らは『え、上司の意外な一面を見た!!』みたいな顔して目を輝かせないの!!違うから!!

手を動かっ……ちゃんと動いてる……お前らなっ、仕事を減らそうと戦っている上司よりも仕事を微塵も減らしてくれない天下人の言う事を信じるな!?

俺にはちゃんと可愛い可愛い娘チャンと息子クンがいるんだよ!!」


ゴホンッ。

(優しくて良い女神(自称・圧)である駄女神、「地の文」という名の実況再開)


味方のいない状況に嘆く信綱。

だが、もう魔の手家光の興味は別の者にあったのだった。


「ところでさぁ、喜助くぅん?君、どうやら想い人がいるらしいね……??」


松平信綱や酒井忠勝などといった忠臣と共に徳川幕府の根幹となる数々の制度を完全に整え、名君……あるいは名将と後世にも残るほど功績を残した天才、徳川家光。


天才はバカと紙一重とはよく言ったもので、彼は変人であった。

そして、彼は天下人といっても随分と下世話な性格だった。そう……部下の恋愛事情に特段興味を持っていたのだ。


「やめろっ!!恋愛殺しスレイヤーのお前が、首を突っ込むな!!」


そう叫び、冷や汗を流しながら喜助に仕事を与えて家光から逃した信綱の頭には、スズメの鳴き声が響いていた。


実は、信綱と家光の関係で一番有名な話として、雀の巣の話が残っている。


ある日御殿の庭で遊んでいた家光が父秀忠ひでただの寝殿の軒にすずめが巣を作っているのを見つけ、興味津々だった彼は側にいた信綱に巣を取ってくるように命じた。

信綱は夜が更けた頃合いに秀忠の寝殿に忍び込んだのだが足元を誤り、中庭に落ちて秀忠に見つかってしまい、秀忠と当時二十歳だった酒井にとても怒られたが、それでも家光の名前を出さなかったと言うものだ。


これは結構有名な話で、【勘定奉行】にいる武家の人間クラスになれば誰もが知っている話だ。


世間ではその理由は家光への忠誠心ゆえと言われているが、実際には違う。

信綱は当時、想いを寄せていた女の子の存在を家光に知られてしまっており「雀の巣を取って来い」と命じられた際に家光から「僕の名前を出したら、その子に信綱くんが好きって言ってたよ〜って言うね♡」と言われて彼の名前を出せなかったのだ。


だが、声の大きな体育会系の秀忠の雷と、静かに諭すような酒井の理路整然とした説教にも涙目で耐えた信綱少年を待っていたのは、「テヘ、僕話しちゃった」と言って天使のように笑う家光少年だった。

実は、後にそれを知った秀忠から「ウチの息子がすまんかった……!!」というガチめの謝罪を受けたという話も存在する。


信綱は幸いな事に想い人と結婚できたが、その後も他人の恋愛話に首を突っ込んでは台無しにしていく家光の事を、信綱は「恋愛スレイヤー」と呼んでいた。


「あ……ダメだ。思い出して凹むわ……」


「大丈夫〜??信綱くん、水いる?」


そして幼少の頃に傷付いた事を思い出して凹む信綱くんと、本気で心配しているのに煽りみたいになっちゃってる家光くん。

凹んでる間も仕事を片付ける手は動き続けているのが、「仕事の鬼」と呼ばれる松平信綱クオリティ。


「家光様、そろそろ行きませんと……」


そして【勘定奉行】に来てから初めて話したカタブツ【老中】の酒井様は、最初に口にする事が退出の促しというなんとも悲しい人になってしまった。


実はこの人はナルシストだったりとか、家光をちゃんと拳で殴ったことがあるとか、中々頭のおかしなイケオジなのだが……まぁその話が語られる事は多分ないと思うので彼は、「真面目」で「カタブツ」という特徴しか語られない事になる。

可哀想な【老中】様に合掌を捧げましょう……。


「あ、そう?じゃ、信綱くん達お仕事頑張ってね〜!!」


来た時と同じ位のハイテンションで手を振りながら帰っていく将軍様と、相変わらず無表情でその横に控える酒井様を【勘定奉行】の面々は各自割り振られた仕事と向き合いながら見送った。


「……あ。待て家光!!仕事減らしてもらってねぇぞ!?サッサと組織図書き直して【勘定奉行】の仕事を減らす手続きしろやカスゥ!!」


信綱が過去の心理的ダメージから回復した時には既に、家光は帰ってしまっていた。


「うぁぁぁ!!ブラックだぁぁ!!おい家光ー!!仕事減らせやボケェ!!」


そう叫ぶ信綱くんと頑なに組織図を変えようとしない家光くんの攻防は、いつまでも続く……。






                          


                          (江戸ブラック・終わり)

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江戸ブラック 風宮 翠霞 @7320

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