第25話 帰還


 塔の調査、それから閉じ込められる現象を体感したユーリたちは、それぞれの報告を済ませるために第七遠征隊の拠点に戻ってきた。柵の門を開いてもらい、ガレスがいる会議用の小屋に入る。


「戻ったぞ」 


 ユーリが声をかけると、床に座っていたガレスが振り返る。その正面には白髪の男ハガットもいた。


「ユーリ、どうだった?」


「海岸に向かうまでもなく例の現象に巻き込まれた。でも原因が分かったかもしれない」


「なに?」


 ユーリが目配せすると、マオがその手に持っていた二つに割れた装置を床に置いた。


「妾たちが塔から離れようとしたところ、例の現象に遭遇した。調べた結果、この装置が仕掛けられておったのじゃ。試しにこの装置を壊すと、例の現象が解除されて戻ってくることができた」


「装置……ではこれが、元凶だと?」


「十中八九そうじゃろう」


 マオは深く頷いた。


「しかしこれは確実に妾たちの知る世界の技術ではない。……前に進んだはずなのに後ろに戻っている。まるで空間がねじ曲げられたような不思議な現象じゃ。これを空間歪曲現象とでも名付けよう」


 閉じ込められる現象、だけでは説明が不足している。

 その場から動けないというより、空間がねじ曲がって隔離されてしまう。それがこの現象の全貌だ。


「空間歪曲現象を意図的に引き起こすのは、妾たちがいた大陸の技術では不可能じゃ」


「……つまり、その装置はこの新大陸で作られたと」


「うむ。そして、この装置を仕掛けた何者かが付近に潜んでおる」


 ガレスが眉間に皺を寄せ、深く考え込んだ。

 一方、隣で話を聞いていたハガットはマオの説明に納得していた。


「儂はその説を信じるぞ。新大陸にかつてあったとされる文明は、非常に高度だったと推測される。その装置を作ったのは、間違いなくこの大陸の技術だ」


 少なくとも技術に関する話は、ハガットも同意見のようだった。

 だが、もう一つの重大な可能性。

 この装置を仕掛けた何者かが付近に潜んでいる――その話を聞いて、ガレスは散々思考した末に口を開いた。


「……お前たち二人が外に出てから、ここの隊員たちは誰も拠点から出ていない。無論、私とハガット殿もだ。レイド殿とミルエも別の小屋で休ませている」


「分かってる。別にガレスたちを疑ってるわけじゃねぇよ」


 犯人が付近に潜んでいる。

 そう聞いて最初に思いつく潜伏先は、やはりこの拠点だろう。ガレスは今、脳内であらゆる検討を済ませ、その上で隊員たちの潔白を主張した。


「空間歪曲現象の首謀者が誰なのか……考え出したらキリがなさそうだから、先にもう一つの報告を済ませるぞ」


 そう言ってユーリは、懐に仕舞っていた紙束を出す。


「塔の中からこんなものを発見した」


「なんだそれは!? 見るからに情報の塊ではないか!! 貸してくれ!」


 ハガットが興奮して両手を出してくる。

 最初からそのつもりだ。紙束を手渡すと、ハガットは血走った目で文書を見つめた。


「ユーリ、どうやって見つけたんだ? あの塔は完全に調査し尽くしたと思っていたが……」


「あー……」


 しまった、どう答えよう。

 ガレスが調査した時は、資格がないと言って開かなかった扉。それを開くことができたのは宝座の権限が原因だと思われるが、宝座の存在を内密にしている以上そのまま説明はできない。


「……その、例の開かない扉が、叩いたら開くかなと思って試したら開いたんだ」


「き、貴様!? 壊したのか!? あの扉にどれだけの考古学的価値があると思うんだ!? 二度とするな!」


 その文書を取ってきたのは俺なのに……と思いつつも、ハガットの勢いによってなんとか場を誤魔化すことに成功した。雑な言い訳じゃな、とじと目で睨んでくるマオは無視する。

 マオは溜息をついて、それからハガットの方を見た。


「その文字、新大陸のものじゃろう? もう翻訳できるのか?」


「時間もかかるし、精度も完璧とは言い難いがな。しかし大体の意味なら把握できる」


「ふむ……よければ翻訳の方法を妾に教えてくれんか? この大陸の文字を読めるようになれば何かと便利そうじゃ」


「知識の共有は構わんが、翻訳は地道な作業だぞ」


「妾はそういうの大得意じゃ」


 マオが持つ資格には〝設計士〟や〝細工師〟がある。如何にも地道で細かい作業が好きそうだ。


「あ、そうだ。ガレス、塔の調査中に〝祈祷師〟っていう資格を手に入れたんだが、この権能が何か知ってるか?」


「当たり前のように資格を手に入れるんじゃない。……〝祈祷師〟の権能は《魔祓い》と言って、霊の類いを葬ることができる」


 霊の類いって何だ……。

 怨霊とか亡霊とか、そういうものだろうか。

 試す機会がなかったが、もしかすると骨の兵士に有効なのかもしれない。


「資格と権能のデータはどこまで集まっているんだ?」


「およそ五十といったところだな。塔の最上階に手記があって、それをハガット殿が翻訳してくれたのだ。かつてこの大陸で生きていた人々も、資格と権能の記録には難儀したと思われる」


 資格と権能は種類が豊富すぎて、かつてこの大陸で生きていた者たちも細かく記録する必要があった。だから千年の月日が経った今でも、至るところでその記録が見られるというわけだ。今を生きるユーリたちにとってはありがたい。


「これが翻訳した結果だ」


 ガレスは棚に収納されていた紙束を取り出し、ユーリに見せた。

 紙束には五十近くの資格とその権能が細かく記されていた。塔で発見したという手帳の翻訳に加え、ガレスたちが自力で獲得した資格の検証結果も加筆しているのだろう。


「〝木こり〟〝建築士〟〝航海士〟〝槍使い〟……この中だとやっぱり〝武芸者〟が欲しいな。俺も他の武器を練習してみようかなぁ」


「構わんが、長い修練が必要になるぞ」


「修練か……少なくとも今はそんな暇なさそうだな」


 当面は新たな資格を手に入れるとしたら、〝祈祷師〟のように思いがけぬ幸運に恵まれた結果となりそうだ。


「ガレス、この記録……ミルエにも見せたのか?」


「……ああ。本人が見たいと言っていたからな。その後、気分が悪くなったようなので今は休ませている」


 ミルエの気分が悪くなるのは無理もない。

 この記録にはそれぞれの資格の獲得条件まで記されていた。かつては女神から下賜される恩寵とされていた力の、獲得条件が……だ。自分が祝福だと信じていたものの正体が、その気になれば誰にでも手に入る力だと知り、ミルエの心は張り裂けそうな苦しみを訴えただろう。


 だがミルエは、きっとそんなことは百も承知で記録を見たいと言ったに違いない。

 ミルエは、ミルエなりに前に進もうとしている。それなら心配はいらない。じきに彼女は涙を拭い、顔を上げるはずだ。


「ガレスは、折れなかったんだな」


「正直に言うと厳しい時もあった。だが私には第七遠征隊の隊長という立場があったからな。隊長の責務に集中することで、巡光騎士としての立場を紛らわし、自我を保つことができた。つまり、ただの現実逃避さ」


 女神教会の巡光騎士という立場が崩れても、自分にはまだ第七遠征隊の隊長という立場がある。その事実がガレスの救いになったようだ。


「ユーリ、暇なら少し付き合ってくれないか?」


「いいけど、何するんだ?」


「手合わせだ。……この二年で、お前がどう成長したのか教えてくれ」


 唐突な提案に、ユーリは目を丸くした。

 しかしユーリは思い出した。二年前までは……共にルクシオル王国の港町で過ごしていたあの頃は、それこそ毎日の挨拶のようにこの男と剣で打ち合っていたことを。


 思えば、第七遠征隊の拠点に来てからというもの、ユーリたちは色々忙しくて事務的な話し合い以外の対話ができていなかった。


 久々の対話。

 それは、かつてのように剣で行われることになった。


「いいんだな? 今度こそ俺が勝つぜ?」


「ふっ、軽口は二年前と変わらんな」


 翻訳に集中するマオたちから離れ、ユーリとガレスは小屋を出た。

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