第24話 才能


 密室にいるわけでもないし、監禁されているわけでもないので、どうにも実感を得にくいが――どうやら自分たちは閉じ込めれているらしい。


 塔から離れたと思ったら、何故か塔のもとまで戻ってきている。この不可思議な現象を前にして、マオが取った行動はシンプルだった。


「ユーリ、任せたのじゃ」


「丸投げだな」


 瞬時に人任せという選択をしたマオに、ユーリは冷めた視線を向ける。


「お主の能力を信じておる。かつて、妾の城をあっさり攻略したお主の能力をな」


「はいはい」


 若干恨みがましく聞こえたが、気のせいではないだろう。

 まだ根に持っているのか……溜息を吐いたユーリは、意識を集中させた。


 この集中は――《明鏡止水》とは別のものだ。

 雑念を消して極度の集中を可能とする《明鏡止水》と違って、逆に様々な環境の情報を取り入れる。風向き、土や草の香り、地面の感触、虫の羽音、天候、日差しの角度、気温、湿度……できるだけ全ての情報を拾う。


「………………あっちの方から、変な感じがするな」


 曖昧な直感をありのまま伝える。

 だがマオはその感性を一切疑わなかった。ユーリと共に、違和感のもとへ向かう。


 一本の樹木。その幹に奇妙な物体が挟まっていた。

 掌サイズの大きな水晶に見えるが、その内部で精緻な歯車が回転している。


「なんだこれ?」


「見たところ、何らかの装置のように見えるのじゃ」


「……さっきまで、こんなのなかったと思うんだよな」


 ユーリはその手に握る謎の装置を見つめる。


「壊していいか?」


「よいぞ。一見余裕はありそうじゃが、実際のところ時間との勝負かもしれんからな」


 ガレスからそういう報告はされていないが、仮に閉じ込められた後、更なる厄災が待ち構えているとしたら……あまり悠長に考えている暇はない。


 まずはこの不可思議な術中から脱出することが先決だ。ユーリはこの現象と関わりのありそうな装置を宙に放り、次の瞬間、剣を抜いて斬った。


 カランと落ちた装置の破片をマオが両手で拾う。

 その後、ユーリたちは改めて塔から離れた。


「お、無事に脱出できた」


「この装置が悪さしていたみたいじゃのう」


 思ったよりも、あっさり状況を打破できた。

 ふぅ、と二人揃って肩の力を抜く。ユーリもマオも表には出さなかったが若干緊張していた。なにせ、こんな奇妙な現象に巻き込まれたことは、前世を含めてもこれが初めてだ。


「勘の良さは健在じゃな。もはや勘と言うべきではない気もするが。……妾は正直、剣の技術よりもそっちの方が特筆すべき才能だと思うのじゃ」


「そりゃどうも。……我ながら、この才能は冒険に向いてると思ってたんだよなぁ」


 マオの賞賛を受け、ユーリは満更でもない様子だった。

 剣の技術は、女神の導きによって強引に叩き込まれたもの。

 極限の集中は、女神の鬱陶しい声で心が揺らがないよう自衛したもの。


 では――ユーリ自身が元々持っていた素質とは?


 その答えがこれだ。

 ユーリは幼い頃から感覚が鋭い方だった。人や魔獣の気配に敏感に気づく方で、環境の変化にいち早く気づくことができる少年だった。


「多分、これが《超感知》ってことだよな」


「じゃろうな。お主は昔から信じられぬほど気配に敏感で、差し向けた暗殺者は全て返り討ちになった。その上、微かな違和感でも見逃すことなく、あらゆる環境の変化を見抜ける。……妾が魔王城に仕掛けた罠も全部無視したしのう。折角、趣向を凝らしたというのに……なんと無念なことか……」


「俺、罠に引っ掛かったことないなぁ」


 一緒に旅している仲間が引っ掛かって、その巻き添えをくらったことはあるが……それ以外では罠の被害を受けた記憶がない。


 ユーリが持つ権能の一つ、《超感知》。

 その効果は、恐らくこの勘の良さのことだ。


 勇者だった頃、ユーリはこの二つの集中を使い分けていた。

 雑念を消して一つの物事に没頭する――《明鏡止水》。

 感覚を鋭敏にして全ての情報を拾う――《超感知》。

 最大の窮地に陥れば、ユーリはこの二つを同時に駆使していた。内と外、双方に向けたこの集中は、一見矛盾するが実は同居する。前世でマオと戦っていた時はまさにこの二つを同時に使っていた。そうしなければ渡り合えなかった。


「マオ。俺たちは最初、権能と祝福を同じものだと思っていたが、正確には権能っていうのは才能なんじゃないか?」


「その可能性が高いのう。お主の《斬撃》やガレスの《換装》などはいかにも特殊な能力っぽいが、《剣術》というのはただの技術じゃ。お主の言う通り、権能というのは人の才能に名前をつけているだけかもしれん」


 権能とは、特殊な能力のことを指すわけではない。

 あくまで才能のことを指す。《剣術》の存在がその証拠だ。


「権能は人の才能か。…………誰が作ったのかが問題だよな」


「――っ」


 小さなユーリの呟きに、マオは目を見開いた。


「……お主は、相変わらず本質を突くのが早いのう。それも《超感知》の効果やも知れぬぞ」


「だとしたら万能すぎるだろ、この権能」


 だが、有り得ないとは言い切れない。

 もし《超感知》の効果が勘のよさに関するものだとすると、それは会話や謎解きなどあらゆる状況でも役に立つ。


「お主が言いたいのは、こういうことじゃな。人が才能に名前をつけて権能という仕組みを作ったなら問題ない。じゃが、もし何者かが権能という力を作り、そしてそれを人に植え付けているだけだとしたら……その首謀者は


 話の飲み込みが早くて助かる。

 ユーリは「ああ」と頷いた。


「女神と邪神は、人に権能を与えることができる。これって偶然だと思うか?」


「……思わぬ。少なくとも、この世界には人に権能を与えられる存在がいることは間違いない」


 マオは細い指を顎に添えて考えた。


「妾の《輪廻転生》という権能は、未知であるゆえに不正であると判断されておる。じゃが、冷静に考えれば不正だと判断しておるのか……」


「チラつくよなぁ。あのクソ神どもの影が……」


 新大陸にいるという、女神と邪神。

 彼らはそもそも、どういう生き物なんだろうか。

 人に権能を与えられる生物とは何だ?

 神とは何だ?


「……上等だ」


 ユーリは不敵に笑う。


「どんな力だろうと、手に入る以上は使いこなしてあいつらをぶっ飛ばすための糧にしてやる。今回は鬱陶しい声も聞こえねぇしな」


「……そうじゃな。今は前に進む以外に道はないのじゃ」


 ぶれない。

 どれだけの真相、仮定がのし掛かってきても、ユーリたちの成すべきことは絶対にぶれない。


 これは、前世で手放してしまった夢を叶えるための旅路であり、復讐なのだ。

 どうしても、何をしてでも、一矢報いねばならない存在がいる。


「戻るか。手がかりも得たし、早いとこガレスたちに共有しておこう」


「うむ。手がかりを持ち帰るのが先決じゃ」 



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