第26話 王国の狙い


 振り下ろされた剣を紙一重で避けたユーリは、すぐに反撃の剣を閃かせた。


「むッ!?」


「ちっ」


 ユーリの切り返す刃に反応したガレスは、剣の鍔で防いでみせる。

 死角からの一撃だったはずだ。それをこの男は経験だけで察知し、対処してみせた。思わず舌打ちするユーリだが、表情は笑っている。


 二年ぶりの手合わせは、二年ぶりとは思えないくらい既視感のある応酬が続いた。こちらが強くなっているということは、あちらも強くなっている。身体が成長したことで体幹が安定したユーリに対し、ガレスはただでさえ熟練の域だった技量に更に磨きをかけていた。


 ――《換装》。


 ガレスがその手に握る剣を槍に変えた。

 背負っていたはずの槍がいつの間にか剣に変わっている。唐突に変化した間合いにユーリはやりづらさを覚え、思わず後退した。


 剣と同じくらい槍も使いこなすガレスに、ユーリは攻めあぐねた。

 槍術使いが相手となると、並の剣士では距離を詰めるだけでも一苦労だ。だが幸い、ユーリには飛び道具がある。


 ――《斬撃》。


 空を断ち切る衝撃波が、ガレスに迫る。

 二年前からの旧知の仲であるガレスは、ユーリの《斬撃》の射程を知っていた。だから最小限の後退で済ませ、反撃の用意をする。


 だが、今のユーリには空の宝座があった。

 空の宝座は、あらゆる権能の効果範囲を拡張する。

 ユーリが放った衝撃波は、ガレスの予想以上に射程が伸び――。


「――――ぬんッ!!」


 距離を取ってなお届き得る《斬撃》に、ガレスは一瞬だけ動揺したが、即座に《換装》で槍を盾に持ち替え、衝撃波を防いだ。


 この程度では奇襲にすらならない。

 だが、それでこそ……。

 それでこそ、第七遠征隊の隊長ガレスだ。


「やるな。二年前はここまで届かなかったはずだが」


「成長してんだよ、これでもな」


 射程に関してはつい最近の成長だが、宝座を獲得する切っ掛けとなった大蛇の撃退は、この二年間の積み重ねによる部分が大きいだろう。ガレスが旅立った後もユーリは愚直に修練を積んだのだ。だから大蛇とも渡り合えた。


(ガレスを疑っているわけじゃないが……今なら〝剣鬼〟の権能ってことで誤魔化せるな)


 ハガットが翻訳したという資格と権能の記録には、〝剣鬼〟に関する記述がなかった。ガレスたちは〝剣鬼〟の権能を知らない。つまり今なら、宝座の力を使っても〝剣鬼〟の効果であると嘘をついて誤魔化せる。


(試すか。空の宝座、最大出力…………!!)


 戦いながらなんとなく感じていた。

 空の宝座には更なる力が秘められている。それも一つではない。多分、複数の力が眠っている。これらの力を使いこなせば、自身の剣はもっと遠くまで届くはずだ。


 もしかすると、これも《超感知》の効果かもしれない。自身に宿る力が、なんとなく、どのくらいの潜在能力を秘めているのかが分かる。


「いくぜ、ガレス」


 一体この剣はどこまで届き得るのか。

 その答えを知りたくて、ユーリは自身に宿る空の宝座に手を伸ばした。


 胸の奥。命の中心に、ソレはある。

 あの銀髪の少女が託してくれた、不思議な力。

 それを、今より更に解放する――――。




【宝座の最適化が完了していません】


【第一の権能《顕現》は未解放です】




「え?」


 掴んだと思った力が、スルリと指の隙間から零れたような気がした。

 今はまだその時ではない。頭の中でそう告げられたユーリは、無防備な状態を晒してしまう。


 ――やばい。


 熟練の戦士は、目の前の人間が気を抜いた瞬間を、たとえ表情が微動だにしていなくても察することができる。当たり前のようにその域に到達しているガレスは再び《換装》で槍を手にし、ユーリの喉元に穂先を突きつけた。


 気を抜いたと言っても、コンマ一秒にも満たない刹那である。

 反撃の手はない。額から冷や汗を垂らしながら、ユーリは剣を地面に落とし、両手を上げた。


「……参った」


「……辛うじて私の勝ちか。前ほどの余裕はないな」


 双方、武器を収める。

 ユーリは落とした剣を拾い、柄に付着した砂を払った。


「しかし安心したぞ。まだお前には追い抜かれていないようだ」


「うるせぇ。次は絶対勝つ」


 今度こそ、勝てると思ったんだがな――。

 溜息を吐いて、ユーリはガレスと共に第七遠征隊の拠点に戻った。拠点のすぐ外で手合わせしていたためか、いつの間にか剣戟に招かれた観客がこちらを見ていることに気づく。柵の内側に入ったユーリたちを、観客は「お疲れ」「いい試合だった」と激励した。


「終わったようじゃな」


 服の裾で汗を拭っていると、マオが声をかけてくる。


「マオ、いつから見てたんだ?」


「お主が三連続のフェイントを挟んだ時じゃ」


 大体、中盤辺りだ。

 しかしよく見えている。流石は魔王と言ったところか。


「あの男、かなり強いのう。お主の言う通り妾の四天王と同格じゃ」


「だろ? しかもあの気迫、俺よりよっぽど剣鬼って名前が似合うよな」


「それはない」


 一瞬で否定され、ユーリはちょっとだけ悲しくなった。


「ユーリ。何故、手を抜いた」


 周りには聞こえない小さな声量で、マオは訊いた。

 最後の隙について言っているのだろう。


「……別に手は抜いてねーよ。宝座の力を試そうと思ったけど、上手くいかなかったんだ。最適化が済んでないって言われて」


「最適化?」


「ああ。マオの宝座は何かないか?」


「今のところ変化はないのう。空と城では何か異なるのかもしれん」


 空の宝座と、城の宝座。

 当然、何かしらの差異はあるだろう。引き続き慎重に経過観察しなければ。


「マオがここにいるってことは、塔で手に入れた文書の翻訳は済んだのか?」


「うむ。ガレスと一緒に会議用の小屋まで来てくれ」


 そう言って、マオは神妙な顔をした。


「……妙なことが書かれておったのじゃ」




 ◆




 ユーリはガレスに声をかけ、一緒に会議用の小屋まで向かった。

 先に小屋まで戻っていたマオと、ずっとこの小屋で待っていたらしいハガットの視線が二人を迎える。


「ハガット殿、翻訳が済んだようですね」


「ああ。今回は特に意味の分からない内容だった。……それゆえに、重大な情報であることも間違いないが」


 ハガットは、ユーリが塔から持ち帰ってきた紙束を手に取る。


「翻訳した結果、この文書は日記だと判明した。……読むぞ」


 ハガットは手元にある別の用紙を見た。そちらに翻訳した文章が記されているようだ。

 文書の内容を語り始めるハガット。ユーリたちは沈黙し、聞き届けた。


 ――何故だ。

 ――何故、ミスラは深域の門を開いた。

 ――庭園は塞がれ、王冠は目を逸らし、船は歴史を見限った。

 ――ミスラは我等を裏切ったのか。

 ――何故、我等は死なねばならない。

 ――アルザスの栄光よ、どうか再び……。


「以上だ。あとの文章は形が崩れていて読めなかった」


 ハガットは語り終える。

 文書は全部で四枚あったが、解読できた内容はそれほど多くなかった。だが中核となる部分は翻訳できているような気がする。


 その上で……意味が分からない。

 ミスラ、アルザスという固有名詞もそうだが、特に気になるのは庭園、王冠、船という並んで表現されたものたちだ。


 ユーリは、そのうちの一つに聞き覚えがある。

 だがその単語を最初に呟いたのは、ユーリではなく――。


「……庭園」


 ガレスが短く呟いたのを、ユーリは聞き逃さなかった。

 この男も何か知っているのか?

 訊くか? しかし詮索すれば、どうして詮索したのか疑われるのではないか?

 短い逡巡。ユーリの額から一粒の汗が垂れる。


「ガレス、彼らには腹を割ってもいいんじゃないか?」


 ハガットの発言に、ユーリは顔を上げた。

 唇を引き結んで苦悩するガレス。やがて彼は小さく頷き、口を開いた。


「今から話すことは他言無用だ。二人とも誓えるか?」


「ああ」


「うむ」


 ユーリとマオは即答した。

 悩む必要はない。ユーリはガレスを信頼しており、マオはユーリを信頼している。ガレスが他言無用と言うならば、必ずそれに相応しい理由があるのだろうとユーリは確信していた。


「ルクシオル王国は、遠征隊の中でも成果を出しそうな者へ極秘裏に任務を与えている。私とハガット殿はその条件を満たしていた」


 極秘裏の任務――――。

 ユーリたちにはその内容に、ぼんやりと心当たりがあった。


 以前、第八遠征隊の隊長ロジールと話した時、ユーリとマオは「ルクシオル王国は新大陸の何かを狙っている」と予想していた。でなければ八つも遠征隊を送るはずがないとユーリたちは考えている。

 多分、極秘裏の任務とは、王国のに関するものだ。


「ルクシオル王国は、この大陸に眠る秘宝を求めている」


「秘宝……?」


 訊き返すユーリに、ガレスは首肯した。


「秘宝の名は、天球庭園スフィア・ガーデン。空間を自在に操れるという代物だ」


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