第13話 信頼
ミルエの治療によって、ユーリが立ち上がれるまで回復した後。
ロジールは遠征隊とクーレンベルツ家の関係者を集め、話し出した。
「俺が説明できることは、三つある」
ロジールは人差し指を立てて言った。
「一つは、あの魔物のような生物について。……本来、魔物には血肉がなく、傷口からは黒い靄が出る。それゆえ魔物はそもそも生物ではないという考え方が一般的だが、この大陸にいる魔物たちは違う。奴らは他の生物と同じように生きている」
ユーリたちは頷く。
確かに、あの化け物たちは魔物と違って生命の息吹を感じた。
「血、肉、骨、内臓、それらが存在するあの魔物を、有識者は魔獣と呼ぶそうだ」
「魔獣……」
ユーリが小さく復唱する。
聞いたことのない単語だが、納得の表現だ。
「基本的に魔獣は魔物よりも強い。肉体が強靱であることに加え、魔物にはなかった命懸けの執念というものがあるからだ。繁殖もすれば幼体もいる。どれほどの種がいるかは不明だ」
ロジールは中指を立てる。
「二つ目は、頭に響く声について」
あの奇妙な声だ。
最初はノイズで、しばらくすると鮮明に聞こえた謎の声。
「この大陸にいると時折妙な声が聞こえるらしい。現状、仕組みの分析は終わっていないが、その声が聞こえた後は不思議な能力が手に入るそうだ。戦う力だけでなく、たとえばどこか特殊な領域に入るための資格などもあるらしい」
そう言えば、あの声は「資格審査を始めます」と言っていた。
資格。……このキーワードは重要な気がする。
資格とは誰かが人に与えるものだ。
誰が、与えている?
「三つ目は、この大陸には絶対に倒せない魔獣がいることだ。それは巨大だったり、特殊な力を持っていたりするようだが……恐らく、ユーリたちが退けてくれたあの蛇がそうだろうな」
最後にロジールは薬指も立て、説明した。
全ての説明が終わったところで、ユーリが口を開く。
「何故、黙っていた?」
「情報源が引っ掛かっていたからだ」
ロジールは続ける。
「ルクシオル王国に新大陸からの帰還者は四人いる。だが四人とも大きな成果を持ち帰ったわけではないそうだ」
「嘘だな。マオが話した通り、それでは王国が新大陸に固執する理由がない」
「その答えに関しては、少なくとも俺は知らない。公には、この海岸付近の地形情報のみが持ち帰られている」
ロジールもこの情報が偽りである可能性を勘ぐっているようだ。
恐らく偽りだろう。帰還者はきっと何かを持ち帰っている。そしてそれが極めて有用だったから、王国は新大陸の調査に執着しているのだ。
(……言えない理由は何だ?)
探し物なら、全員に周知して人海戦術をした方が効率的なはず。
効率よりも秘匿を優先しなくてはいけない探し物とは何だ?
ルクシオル王国は、一体何を求めている?
相当ヤバイものであることだけは確実だ。
「これらの情報源は、帰還者ではなく、遠征隊本部に飛んで来た一羽の鳥だ。鳥の足には手紙が結ばれており、今伝えた三つの内容が記されていたらしい」
「鳥? ……魔物、または魔獣か?」
「俺は直接見ていないから分からんが、祝福の一種だと思われる。鳥というより、鳥の形をした光のようで、手紙を届けたら消えたようだ」
役目を終えたら消えるのであれば、祝福の可能性が高い。
少なくともただの鳥でないことは間違いないようだ。
「帰還者はその鳥について何も知らないのか?」
「事実かは不明だが、知らないそうだ。……周知の通り、四人の帰還者はそれぞれ第一遠征隊から二人、第二遠征隊から一人、第三遠征隊から一人といった順で帰ってきている。それ以降、帰還者はゼロなわけだが、この鳥はその後で送られてきた。タイミングからして、送ってきた者が味方だとしたら第四遠征隊の何者かだと思われる」
「帰還者が全員帰ってきた後に、鳥が来たってわけか。じゃあ一応、帰還者が知らないのも納得はできるな」
辻褄は合っている。
合っているだけとも捉えられるが。
「この情報を信じる者もいれば、疑った者もいる。俺は後者だ。少し前までは他国の間者を疑っていた。遠征隊の隊長にはこの情報が知らされ、独自の判断で隊に共有していいことになっているが、俺は不確かな情報が混乱を生むことを恐れ、事実と確認できるまで黙ることにした。……結果的にお前たちから疑われてしまったがな。私の判断ミスだ、すまない」
実際に魔獣と戦ったことで、間者の疑いは晴れたのだろう。
頭を下げたロジールの態度には誠意が込められていた。思えばこの男は初めからそうだ。軍人の中には傲慢で暴力的な者も少なくない。だがこのロジールという男は、いつだって理性的で、思慮深く、皆の知らないところで頭を回し続けていた。
「自分の目で確かめねば納得できない性分、じゃったな」
頭を下げるロジールに、マオが言葉を発する。
「妾を遠征隊に入れた時、そう言っておったじゃろう。……案ずるな、誰もお主を疑ってはおらん。何故ならお主の行動は一貫しておる」
マオの言葉は確かにこの場にいる者たちを代弁していた。
ロジールが頭を上げる。誰も彼のことを睨んではいなかった。
勿論、ユーリもロジールが裏切ったなんて露ほども思っていないが……密かに頭を回す。
野暮なので口には出さないが、黙っていた理由は恐らくもう一つある。
二つ目の話は他の情報と比べても暴動のリスクがあった。なにせ簡単に言えば、新大陸に行けば強力な武器が手に入るという情報だ。功を焦り、足並みを乱す者が現れることをロジールは懸念したのだろう。
新大陸という極限状況において、人の自制心を期待するのは難しい。
たとえ相手が信頼に足る仲間だったとしてもだ。
軍人であるロジールは、調和を保ちつつも任務の成功率を優先した。
「ここからの方針についてだが……第七遠征隊と合流できなかった以上、こちらから合流するしかない。第七遠征隊の拠点は森を抜けた先にあるはずだ。各自、治療が済み次第出発するぞ」
「ん? 帰還者がいないなら連携は取れていないんじゃろう? どうして第七遠征隊の拠点がそこにあると分かるのじゃ?」
「第四、第五と帰還者が現れなかったから、第六以降は拠点の位置を先に決めてから新大陸に向かったんだ。幸い、海岸付近の地形情報だけはあったからな」
ユーリが首を縦に振り、ロジールの説明は正しいとマオに伝える。
海岸付近の地形情報はこれまでの帰還者が持ち帰ってくれたので、その情報を活かし、第六遠征隊の拠点は洞窟の向こう、第七遠征隊の拠点は森の向こう、第八遠征隊の拠点はその周囲に構えるとあらかじめ決めてからそれぞれ出立した。
今日この海岸で第七遠征隊の案内人と合流するという計画も、彼らが出立する前に決めたことである。
もっとも、その計画は既に頓挫しているようだが。
「提案があるのじゃ!!」
マオが元気よく挙手した。
「第七遠征隊の拠点に向かう前に、ここにも妾たちの拠点を創らぬか? 今後もこの海岸に船が来るのだとしたら、拠点があった方が便利じゃろう。森の近くに建てればあの大蛇が現れても避難が間に合うのじゃ」
「それは、そうかもしれないが、こんな何もないところにどうやって拠点を作るつもりだ?」
そもそもそれが容易でないから、ここに拠点を構えるという計画が存在しないのだ。
しかしマオは「ふっ」と得意気に笑う。
「妾の力があれば、お茶の子さいさいじゃ」
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