第12話 究明


 首の一つを斬り落とされた大蛇は、けたたましい悲鳴を上げた。

 斬られた首から大量の鮮血が噴き出る。


 血の豪雨に濡れる中、ユーリは大蛇と確かに目が合った。憎悪を込められた大蛇の双眸がユーリを映す。しかしユーリは眦を鋭くして睨み返した。混乱する遠征隊員たち、焦燥して何かを叫ぶマオ。周囲は騒々しいはずだが、何故か静寂に包まれたような気がする。


 大蛇はその山のような巨体をうねらせ、海の中へ潜っていった。

 その姿が完全に海へ沈み、見えなくなってから――ユーリは小さく吐息を零す。 


「……凌いだか」


 集中が切れると同時に全身の激痛が蘇った。

 だが倒れるよりも早く、マオが駆けつけて両肩を掴んでくる。


「おおおお、お主!? なんじゃ、あの力! どういう威力じゃ!?」


「痛い痛い痛い……重傷だから、もう少し労ってくれ……」


「あ、すまんのじゃ」


 マオが即席のベッドを創り、そこにユーリを寝かせた。

 砂で創られたふかふかのベッドだ。その快適さに、寝てしまいそうになる。


「……世界は、広いな」


「うむ。……妾たち、弱かったんじゃなぁ」


 流石にマオも落ち込んでいるようだった。

 勇者だった頃のユーリは、多分人類では最強だった。きっとマオも同様で、魔族の中では最強かそれに近い位置に君臨していただろう。だが、その頃の自分たちでもあの大蛇を倒すことはできない。こうして撃退できただけでも奇跡だ。


「ユーリさん!!」


 シスターのミルエが慌ててやって来た。


「ミルエ、治療頼む……」


「言われるまでもありませんッ!!」


 ミルエはすぐに杖を掲げ、治療を始める。

 燐光がユーリの全身を包んだ。

 全身から痛みが引き、折れた骨や潰れた内臓が少しずつ治っていく。

 しかし次第に、ミルエの額から玉のような汗が流れた。


「く……っ」


「……無理すんな。休憩くらい挟んでもいいぞ」


「すみ、ません……っ」


 治癒の祝福持ちとはいえ、これだけの怪我を一瞬で治療するのは難しいはずだ。

 ミルエが祝福を止めた直後、ユーリは吐血しそうになったが全力で我慢した。今、血を吐いたら、ミルエが自分を責めてしまう。


 喉元まで迫り上がった血を飲み込み、一息吐く。

 ミルエの様子を窺うと、何故かマオを恨みがましく睨んでいた。


「お、おぉ……? な、なんじゃ? 何故そんなに妾を睨む?」


「……私を投げ飛ばしたこと、忘れてませんからね」


「なぬ!? 妾はお主のためを思って避難させたのじゃぞ!? 感謝こそされても、恨まれる筋合いはないのじゃ!!」


「私はまだ納得していませんでした!!」


 目尻に涙を溜めながら、ミルエは激昂する。

 ミルエは再び杖を握り締め、治療を再開した。


「女神ヴィシテイリヤ様……どうか私に、力を……っ!!」


 やめてくれ~~。

 女神の力なんかで治りたくない~~。

 なんてことを言っている場合ではないので、ユーリはミルエの祈りを渋々受け入れた。


「そういえばユーリ、森に魔物が潜んでいたと言っておったが……」


「……もう気配はないな。俺たちが大蛇を撃退したのを見て、逃げたんだと思う」


 大蛇を使ってこちらの実力を測っていたようだ。

 なかなか賢い敵である。だが今回はその賢さに救われた。


「ミルエ、他に怪我人はいるか?」


「……隊員の三割が重軽傷を負っています。それと、イヴンさんがクーレンベルツ家のご令嬢を庇って深手を負いました。……でも、お二人のおかげで被害は最小限に留められたと思います」


 ユーリたちのおかげで最良の結果に落ち着いたとミルエは言う。

 優しい気遣いにユーリは微笑した。 


「隊長は?」


「ロジール隊長は無事です。今は怪我人の対処をしています」


「なら、隊長を呼んできてくれないか?」


 唐突な要求に、ミルエは目を丸くした。

 ユーリはマオと視線を交わす。マオは無言で首を縦に振った。やはり、マオも気づいていたか……。


「大事な話があるって、伝えてくれ」




 ◆




 ユーリの治療が落ち着いた段階で、ミルエは言われた通りロジールを呼んだ。

 しばらくすると、ミルエと一緒にロジールがやって来る。


「話があるとのことだが……その怪我、まだ治療に専念した方がいいだろう。激励はあとでいくらでもしてやるぞ」


「大事な話があるって言っただろ」


 ロジールの冗談を、ユーリは躊躇なく切り捨てた。

 雑談がしたいわけではない。

 ユーリは上体を起こし、砂のベッドに腰掛けた。


「単刀直入に訊く。アンタ、俺たちが知らない新大陸の情報を知っているな?」


 ロジールの表情が、一瞬だけ強張った。


「……怪我の影響で混乱しているのか? 何を根拠にそんなことを言っている?」


「最初に犬型の魔物と交戦した時、アンタは魔物の血飛沫を避けていたよな?」


 九頭の大蛇と交戦する前のことだ。

 ロジールは自らの剣で犬のような魔物を斬り、その傷から噴き出た鮮血を避けていた。


「視界が塞がるから避けたまでだ。当たり前だろう?」


「斬る前から避けていた」


 ユーリは見ていた。マオも見ていた。

 ロジールは刃を魔物に沈めた瞬間、既に血を避ける体勢を取っていた。


 同じ剣士であるユーリはすぐに気づいた。あれは、噴き出る血に反応して避けた動きではない。噴き出た血で視界が塞がらないよう、最初から剣筋の角度を計算して魔物を斬っていた。


「アンタ、あれがただの魔物じゃないって知ってただろ。死んでも消えず、血や内臓がある魔物に似た……その正体を、少なくとも俺たちよりは知っているはずだ」


 ロジールは唇を引き結び、沈黙した。

 隣で話を聞いていたミルエは、困惑した様子でユーリたちを交互に見る。


「そもそも、ずっとおかしいと思っていたんじゃよ。ルクシオル王国が新大陸に八つも遠征隊を送る理由はなんじゃ?」


 マオは腕を組み、違和感を述べた。


「隊員の動機に疑問はない。新大陸で成果を手に入れ、国に持ち帰れば一攫千金の夢が叶う。名誉も手に入るし、愛国心の捌け口にもなるしのぉ。……じゃが、国は? 莫大な金と優秀な人材を天秤にかけてまで、国は新大陸に何を求めておるのじゃ?」


「……土地の開拓は利益になる。国の事業としては妥当だ」


「人類と魔族の戦争が終わり、復興で忙しいはずのこの時期にか?」


 マオの言う通りだ。

 ただでさえ忙しいこの時期に、何故こうも新大陸の調査を急ぐ。


「隊長、答えてくれ。――この大陸には何がある?」


 沈黙が滞る。

 やがて、ロジールは静かに息を吐いた。


「……私が知っていることは、そう多くない。お前たちの期待にはきっと応えられないだろう」


 悩ましげに、ロジールは告げた。


「どうせ話すなら全員の前で話す。だから今は治療に専念しろ」


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