第11話 資格


「は?」


 ノイズではない。

 鮮明な声が聞こえた。


【試練の魔獣を100体討伐しました。〝魔獣狩り〟を獲得しました】

【試練の魔獣を1000体討伐しました。〝魔獣討ち〟を獲得しました】

【試練の魔獣を10000体討伐しました。〝魔獣殺し〟を獲得しました】


 うるさい。何なんだ、これは?

 女神の声と似たような感触だが、アレと違って今聞こえる声は無機質だった。抑揚のない声からは感情が伝わらず、生物が発するものとは思えない。


【権能《斬撃》の習熟度が上限に達しました】

【権能《剣術》の習熟度が上限に達しました】

【権能《明鏡止水》の習熟度が上限に達しました】

【権能《超感知》の習熟度が上限に達しました】

【〝剣鬼〟を獲得しました】


 意味の分からない言葉が、濁流の如く頭に流れ込んでくる。

 腰を据えて考察してみたいところだが、九頭の大蛇がそれを許さない。


 大蛇が頭を真っ直ぐ振り下ろしてきた。

 のせいで反応が遅れた――せめて少しでも軌道を逸らすべく、斬撃を放つ。


 放った斬撃は、大蛇の頭を強く弾いた。


「は!?」


 なんだ、この威力?

 混乱しているユーリの前で、今度は地面から無数の槍が生えた。


 マオの力だ。しかしそれはユーリの知るものとは一線を画する威力を誇っていた。長さも太さも鋭さも数も桁違い。数え切れないほどの巨大な槍が、大蛇の首に夥しいほどの傷を刻む。


「マオ! どういうことだ、これは!?」


「分からぬ! 分からぬが――――力が漲るのじゃッ!!」


 マオも同じ状態らしい。

 不思議な話だが、剣術が冴え渡る。傷だらけの首が退き、次の頭が接近してきたが、ユーリはこれを紙一重で避けると同時に横薙ぎの一閃を繰り出した。


 斬れる。

 先程よりも、ずっと斬れる。


【深域耐性Ⅲの到達を確認しました】

【現人類で最初に深域耐性Ⅲに到達しました】

【功績を讃え、宝座への挑戦権を与えます】


 また意味の分からない言葉が聞こえた。

 だが、もしこれが自分たちに力を与えているのだとしたら――大歓迎だ。

 いくらでも来い。


「大技の準備をするのじゃ! 時間稼ぎを頼む!」


「了解!!」


 引き続きユーリが前衛を務める。

 迫る大蛇の頭を斬撃で弾く。――よし。全力で斬撃を放てば、大蛇の頭を止められることが分かった。これなら時間を稼げそうだ。


「マオ、頭上を狙え! そこが一番柔らかい!!」


 力が漲る前から有効だった攻撃が一つだけある。頭上に放った突きだ。恐らく、頭上から背面にかけての肉が弱いのだろう。逆に正面や側面、腹の肉は硬く、弾かれることが多い。


 弱点となる部位へ、今の自分たちが渾身の一撃をぶつければ――。


(――勝機)


 勘違いしてはならない。倒すことは不可能だ。

 だが、この戦いの勝利条件は全員の生存。大蛇を退けさえすればこちらの勝ちである。


 侮ってはいない。

 だから、これは――――決した油断したわけではない。


「ユーリッ!!」


 マオが叫ぶ。

 瞬間、ユーリは見た。

 遠くに佇んでいた大蛇の首の一つ。その顎が大きく開かれ、巨大な水塊が吐き出されるのを――。


「が――――ッ」


 吐き出された水塊をもろに受けたユーリは、激しく後方へ吹き飛んだ。

 何度も身体を地面に打ち付けながら、最後は背中から樹木にぶつかって勢いが止まる。


 全身が破裂するような衝撃だ。口からは鮮血が止めどなく溢れ出る。

 霞んだ視界の中で、ユーリは大蛇を睨んだ。


 ――真似された。


 こちらが前衛と後衛に分かれて戦っている姿を見て、大蛇もその首を前衛と後衛に分けたのだ。前衛の首でユーリたちの意識を引き付けながら、後衛の首が水塊を叩き込む。まさにユーリたちと同じ戦術だ。


(……死ねるな、普通に)


 指一本すら動かすことができない。

 呼吸するだけでも激痛が走った。多分、何度も気絶しているが、あまりの痛みに一瞬で叩き起こされている。


 謎の音声が聞こえたと思ったら、力が漲った。

 だが……まだ足りない。

 これじゃあ、あの九頭の大蛇を退けられない。


 終われない。

 終わってはならない。


 こんなところで、俺の冒険は――――――――。




【挑戦を開始します】




 視界が暗転した。




 ◆




 真っ暗な闇の中に、ユーリはいた。


「……なんだ、ここは?」


 死んだのか? 俺は……。

 死んでもおかしくない状態だった。別に驚くことはない。


 黙っていると、周りから人影が現れた。

 数は六つ。見知らぬ六人の人物が、ユーリを囲み、見つめている。


 正面には銀髪の少女。

 右斜め前には老齢の男。

 右側には黒髪の少年。

 左側には緑髪の女性。

 右斜め後ろには三つ編みの老婦。

 左斜め後ろには褐色肌の女性。


 奇妙な気配だ。

 見た目はただの人だが、それにしては存在感が薄い。亡霊でも見ているような気分である。


「貴方は、何のために生きますか?」


 右斜め前に立っている老齢の男が、問いかけた。

 状況が読めないが、その問いには間髪を入れずに答えられる。


「冒険するためだな」


 問いを投げかけた老齢の男と、左に立つ緑髪の女性が姿を消した。

 何だ? これは何のための会話だ?

 疑念が渦巻く中、今度は左斜め後ろに立つ褐色肌の女性が口を開く。


「貴方に、愛する人はいますか?」


「……親愛の意味ならいるな。仲間たちだ」


 褐色肌の女が消えた。

 右斜め後ろに立つ三つ編みの老婦が口を開く。


「貴方には、誰にも言えない秘め事がありますか?」


「幸いなことに、ないな」


 三つ編みの老婦が消えた。

 残ったのは二人。

 右側に立つ黒髪の少年と、正面に立つ銀髪の少女。


 妙な緊迫感が立ち込める中、正面に立つ銀髪の少女が微かに笑ったような気がした。

 やがて少女は、ゆっくり口を開く。


「貴方は、どんな力を求めますか?」


 その問いに、ユーリは少し考えた。

 先程から続くこの問いの意図はまるで分からない。けれど、自己分析を促されるうちにユーリは己が求めるものに気づいた。


 冒険したい。

 仲間を守りたい。

 そして、女神をぶん殴りたい。

 やりたいことは色々あって、その全てに本気だった。


(……俺は、思ったよりも傲慢だったんだな)


 一つでも欠ければ、ユーリの夢は瓦解する。

 全てはバラバラの要素。だがユーリの中では確かに繋がっていた。


「そうだな、俺が欲しい力は――」


 思い浮かんだのは、ふざけた回答。

 ユーリはそれを堂々と伝える。


「――全てに手が届く力だ」


 右側に立っていた黒髪の少年が消える。

 最後の一人。正面に立つ銀髪の少女は……消えることなく、ただ優しげに微笑みながらこちらを見つめていた。


「託しましょう」


 少女が告げる。


「貴方に、空の導きがあらんことを――」




 ◆




【空の宝座を獲得しました】


【七天宝座が一つ埋まりました。空席は残り五つです】


 目が覚めると同時に、ユーリは掌の中にあった剣の柄を握った。

 水塊に吹き飛ばされながらも、剣だけは手放さなかったらしい。意識すらしていなかった本能の賜物だ。


 迫り来る大蛇の首に鋭い眼差しを向ける。

 ご丁寧にもトドメを刺しに来たらしい。

 立ち上がり――剣を振るう。




「おおぉおおおぉおおおお――ッ!!」




 閃光の如き斬撃が、大蛇の首を斬り落とした。

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