第14話 RPGでよくあるストーリーとストーリーの間の自由に動き回れる時間


「うむ――まあ、こんなところかのう」


 陽が沈み始め、空が橙色に染まる頃。マオは満足気に胸を張った。

 何もなかった海岸に……なんということでしょう。二階建ての大きな拠点が完成していた。

 これには流石のロジールも、開いた口がふさがらないという軍人らしからぬ驚愕を示す。 


「す、砂と木だけで、こんな大きな建物を作れるのか……!?」


「風呂もあるしトイレもあるのじゃ! 部屋は取り敢えず大小様々な十室を用意した! 勿論ベッドもあるぞ!!」


 魔獣の襲撃によって暗い空気が立ち込めていたが、マオの拠点製作によって人々はすっかり明るい態度を取り戻した。


 ユーリは手の甲で軽く、拠点の壁を叩いてみる。

 頑丈だ。しかもこの拠点は周囲の材料を素材にして創ったため、通常の建物と同じように長持ちする。


「砂利と木材のブロックを交互に重ねることで耐水性と耐久性を上げておる。海の湿気対策は勿論、雨に打たれても問題ないし、小型の魔獣程度なら襲われてもビクともせんじゃろう。う~~~~む、我ながらよい仕事をしたのじゃ!!」


 マオは満面の笑みを輝かせて言った。

 こんなに楽しそうなマオ、初めて見た。戦っている時よりも、新大陸の謎について考察している時よりも、分かりやすく興奮している。


 ユーリは確信した。

 自分が冒険馬鹿なら、マオは拠点馬鹿だ。


「こ、こんなに強力な祝福……初めて見ました……」


 完成した拠点を目の当たりにして、ミルエが呟いた。


「どうじゃ? 見直したか?」


「……別に、私はまだ許してませんから」


 投げ飛ばされて、強引に戦線離脱させられたことがまだ悔しいらしい。

 客観視すればベストな選択だったと思うが……本人が納得するかどうかは別問題だ。


「ありがたい、早速使わせてもらおう。……怪我人は中に入れ! 次の出立は最短で明朝とする! それまで各自、英気を養うように!!」


 ロジールの指示に、怪我人から順に拠点へ入った。

 上陸早々、とんでもないトラブルに見舞われたが、ようやく落ち着けそうだ。


(さーて……何するかなぁ)


 降って湧いた自由時間だが、やりたいことは幾つかある。

 最優先事項として、マオと話し合いたいことがあるが、彼女は窓枠の装飾創りに集中していた。今、声をかけたら邪神よりも先にぶん殴られそうなので、後にしておこう。


 まずは、自分よりも重傷を負っているらしい男の見舞いに向かうことにした。

 拠点の中に入り、部屋を片っ端から訪ねながら男を探す。


「イヴン、大丈夫か?」


 目当ての騎士を見つけ、ユーリは声を掛けながら部屋の中に入った。

 ベッドに横たわるイヴンの額には包帯が巻かれている。腕には骨折の応急手当として添え木が固定されていた。


「ミルエの治療を受けた上でその状態か。相当、深手を負ったな」


「申し訳ありません。早々に皆さんのご迷惑になってしまいましたね」


「馬鹿言うな。魔獣に襲われた時、遠征隊の皆を守ってくれたんだろ?」


 イヴンは苦笑する。

 ロジールから話は聞いていた。イヴンは犬型の魔獣に襲撃された時、遠征隊員たちを守るべく戦ってくれたらしい。だがその後、九頭の大蛇が現れた。大蛇が噛み砕いた船の破片が一帯に降り注ぎ、その瓦礫からクーレンベルツ家の令嬢を庇った結果がこの傷のようだ。


「状態が悪化しそう怪我人を優先的に治療しているみたいだが、しばらくしたらミルエがまた来てくれるはずだ。……改めて、助かったよ。皆を守ってくれてありがとう」


「……私は騎士ですから、当然のことをしたまでです」


 彼が最初から護衛のみに専念していたら、こんな重傷は負わなかったかもしれない。

 遠征隊の人間として、ユーリはイヴンに強く感謝した。


 ふと、視線を感じてユーリは振り返る。

 ベッドの奥で、ずっとこちらを見つめている赤髪の女がいた。二十歳くらいだろうか。髪に合った赤い衣装が、高貴な印象を醸し出している。

 彼女と目が合うと、先に女の方が口を開いた。


「リアナ=クーレンベルツよ」


「ユーリだ」


 彼女がクーレンベルツ家のご令嬢。……イヴンが庇った相手だ。

 暗い顔をしているのは、イヴンの怪我に責任を感じているからだろう。

 しかしリアナは、ユーリの顔を見つめるうちに不思議そうな顔をする。


「顔に何かついてるか?」


「……そういうわけではないわ」


 リアナは、奥歯に物が挟まったような言い方をする。


「……昔、会ったことがある人と、似ていると思っただけよ」


 そう言ってリアナは視線を逸らした。

 貴族のご令嬢らしい気品に満ちた美しい横顔を見ながら、ユーリはふと思う。


(……それ、勇者だった頃の俺じゃないよな?)


 何を隠そう、この少女とは勇者だった頃に会ったことがある。

 というか、クーレンベルツ公爵家とはちょっとした縁がある。もっとも、一番濃い関係だったのは、この場にいない次女のオーキス=クーレンベルツだが。


 勇者だった頃の記憶はあまり思い出したくない。

 思考を打ち切り、前世のこととは関係ない純粋な疑問を口にした。


「クーレンベルツ公爵家と言ったら、ルクシオル王国でも有数の門閥貴族だろ? その長男と長女が、どうして新大陸なんかに来ているんだ?」


「それは……」


 リアナが複雑な顔をする。

 よりによって家内でも立場が上であるはずの長男長女が新大陸に来ているのだ。特に長男は基本的に家督を継ぐべき立場である。なのにどうして、立て続けで帰還者がゼロとされている死地にやって来たのか。


「姉上! 答える必要はありません!」


 部屋の外からレイドがやって来て、叫んだ。

 その手には水差しがある。我儘な態度とは裏腹にイヴンを労っているらしい。 


「おい、野蛮人! ここは僕たちが使う部屋だ! 即刻立ち去れ!」


「なんだ? 船の上で負けたことをまだ根に持ってるのか?」


「だ、黙れ! あれは偶然だ!」


 偶然にしては大差で決着がついたはずだが……。


「あ~あ、俺も皆を守るために命懸けで大蛇と戦ったんだけどな~」


「ぐ……っ!! その…………か、感謝は、している…………っ!!」


「最初からそう言えばーか」


「馬鹿!? この僕を馬鹿と言ったか貴様ァ――――ッ!!」


 おもしれ~~~~。

 やはり貴族は叩けばいい音がする。


 取り敢えず、それだけ元気に騒げるなら体調の心配はしなくてもよさそうだ。見舞いも済んだことだし、これ以上レイドに噛み付かれないためにもユーリは部屋を出た。


「やっぱり…………似ている…………」


 去り際、背後からリアナの声が聞こえたような気がした。




 ◆




 拠点職人のマオはそろそろ装飾の製作を終えただろうか?

 様子を窺うためにマオを探していると、廊下の椅子に腰掛けるロジールを発見した。何か考え事をしているのか、その眉間には深々と皺が刻まれている。


「よっ、隊長」


「ユーリか。……お前、まだ完治していないのだから寝ていろ」


「大体治ってるから、もう大丈夫だって」


 前世の分も合わせた経験で知っていた。この程度の傷なら、休んでいても動き回っていても完治までの時間はそう変わらない。流石に戦闘はもうしばらく避けておきたいが。


「隊長、ちょっと提案があるんだが」


「なんだ?」


「公爵家の関係者、うちに混ぜた方がいいんじゃないか?」


「……今、それについて考えていた。彼らの目的は不明だが、いずれにせよ今は緊急事態だからな。しばらくは全員で行動した方がいい」


「丁度、部屋に全員揃ってるから今なら伝えやすいと思うぞ」


「分かった。すぐに行ってくる」


 ロジールは立ち上がり、イヴンたちがいる部屋へ向かった。

 他にも悩み事はありそうだが、目の前の問題を一つ一つ解決することにしたようだ。

 再びマオを探すべく歩き出すと、香ばしい肉の香りが鼻孔に届いた。


(旨そうな臭い……厨房からか?)


 臭いに釣られるように、ユーリは厨房へ向かう。

 厨房では遠征隊の料理班がいた。彼らが妙に深刻な面持ちをしていることが気になり、ユーリは部屋の外でこっそり会話を聞く。


「……なあ、魔獣って本当に食えんのか?」


「餓死するよりマシだろ。船に積んでた食糧はほとんど海に沈んじまったし……」


「うぅ……魔獣の料理なんてしたことないわよ……」


 旨そうな臭いとは裏腹に、厨房には料理人たちの苦悩に満ちた呻き声が漂っていた。


(大変そうだなぁ……)


 他人事のように思いながら、踵を返して廊下を歩く。

 だが、これは革命的だ。魔獣からは動物と同じように肉を得られるため、彼らの苦心が実れば食事の問題が劇的に改善されるかもしれない。


 魔獣から得られるのは肉だけでない。血も、内臓も、皮も、骨も、牙も手に入る。

 加工の余地は無限大だ。

 もしかすると――武器の類いも作れるかもしれない。


「おっ」


 考えながら拠点の外に出ると、マオを発見した。


「マオ、ちょっと話が――」


「しっ! 今集中しておる!!」


 口を閉じ、マオの作業を待つ。

 マオは、恐らく己の能力で創造した脚立の上に乗り、同じく創造したであろう金槌で窓枠に装飾を打ち付けていた。


「――よし!! 完璧じゃ!! 完っっっっっっ璧な角度じゃ!!」


 確かな手応えを感じたのか、マオはキラキラと目を輝かせた。

 鳥をモチーフにした精緻な装飾が施されている。恐らく船の上で倒したロック・バードからインスピレーションを受けたのだろう。羽の一本一本まで丁寧に彫られており、その道の愛好家が見れば感嘆の吐息を零しそうな逸品だ。何してるんだコイツ。


「む、なんじゃ? いたのか、ユーリ」


「ああ。……拠点、ありがとな。皆喜んでるぞ」


「ふっふっふ、これが妾の力よ!!」


 マオは両手を腰にやり、胸を張った。 


「ミルエとも仲直りできそうじゃないか。凄い祝福だって褒められてただろ?」


 そう言うと、マオは複雑な表情を浮かべた。


「……祝福か。あれだけ認めなかったくせにのぉ」


「まあまあ、人類の健気な生存戦略くらい認めてくれよ」


 ユーリが持つ斬撃の祝福や、イヴンが持つ雷撃の祝福、それにミルエの治癒。人類はこれらの特殊な能力を、女神から下賜されたものだと考えている。ゆえに祝福という名で呼ばれているのだ。


 だが、魔族にも特殊な能力を持つ者がいた。

 人類は彼らの能力を祝福とは認めなかった。何故なら人類にとって女神ヴィシテイリヤは、唯一神にして人類の絶対的な味方。女神が魔族に祝福を授けるなんて有り得ない、だから魔族の能力は祝福ではないというのが人類の総意である。


 人類は今も、魔族が祝福を授かっているとは思っていない。

 なんかよく分からんけど特殊な能力を持つ魔族がいるという認識で止まっている。

 前世で人類代表だったユーリは頭が痛くなった。


「ぶっちゃけ戦争中に勘づいていたけど、人類の祝福と魔族が使う特殊な能力って、そんなに変わらないよな」


「うむ。妾も同種の力だと思うのじゃ」


「魔族はこの力のことを何て呼んでいたんだ?」


 人類は祝福と呼んでいた。

 では、魔族は何と呼んでいた?

 単純な問い掛けのはずだが、マオは何故か神妙に告げる。


「魔族は、この力のことを――と呼んでいた」


 ユーリの目がスッと鋭くなる。

 権能。そのキーワードは、つい最近も耳にした。


 ――権能《斬撃》の習熟度が上限に達しました。


 どういうことだ……?

 全く未知の概念だと思っていたが……魔族はその単語をずっと前から知っていたのか?


「詳しく聞かせてもらっていいか」


「勿論じゃ。諸々、話さねばならんことがある。……少し場所を変えるかのう」


 そうした方がいいだろう。

 前世のことまで話すとなれば、あまり他の人には聞かれたくない。








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

マオの能力はマイクラです。






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