第8話 想定外の上陸
浜辺に着いた船を降り、ユーリたちは新大陸に上陸した。
ルクシオル王国の港から凡そ一ヶ月の航程。その末に辿り着いた、未知だらけの大陸。
記念すべき第一歩を踏み出したユーリは、目を輝かせた。
「遂に来たぜ……新大陸!!」
「見たところ、普通の海岸といったところじゃが……」
砂浜の向こうには鬱蒼とした森林が続いていた。人工物は見えず、人の声も聞こえない。手入れされていない枝葉は日の光を遮り、木々の向こうは暗闇に包まれていた。未開拓の、野生が剥き出しになった景色は、まるで息を殺して獲物を待ち構える肉食獣のような恐ろしい迫力がある。
【――審――を――――】
その時。
頭の中に、何かが聞こえた。
「……ん?」
「……のじゃ?」
ザラザラとした不穏なノイズ。
ユーリとマオは立ち止まり、顔を見合わせる。
「なんだ今の?」
「妾も聞こえたのじゃ。……何人か、他の者にも聞こえているようじゃのう」
マオが周りにいる者たちの顔色を見る。
頭の中から聞こえる音。……あまりいい気分ではない。
今の音は、女神の操り人形だった時と感触が近かった。まさか神々の干渉が復活したのかと思ったが、他の者も同様なら別の何かかもしれない。
「お前たち、あまり先に行くな」
森の方へ近づこうとすると、ロジールが背後から声を掛けてきた。
興奮しすぎて遠征隊の皆のことを忘れていた。
「まったく……ここは未知の大陸だぞ。どんな想定外があってもおかしくないんだからな」
「悪い悪い。それで隊長、まずはどうするんだ?」
「まずは……」
ロジールは説明しながら、辺りを見渡した。
だがすぐにロジールは硬直し、何故か説明も止まる。
「……早速、想定外の事態だな」
ロジールは深い溜息を吐いた。
「案内人がいない。本来ならここで、第七遠征隊の者と合流する手筈だ」
「着岸した場所がズレたとかか?」
「いや、それはない。合流地点はこの海岸だと決められている。あの崖が目印だ」
ロジールが指さす先には、背の高い崖があった。
左右に曲線を描く蛇のような特徴的な形だ。あれは、見間違えそうにない。
何があったのか三人で考えていたその時、ユーリは素早く森の方を振り向いた。
「茂みが動いた。……何か来るぞ」
ユーリが振り向いた先。
茂みの奥から、黒い毛皮を纏った獣たちが現れた。
「魔物……?」
「見たことないタイプじゃな。ハウンド・ドッグと似ておるが、一回り大きい……」
魔物たちは統率の取れた猟犬の如き動きで、一斉に襲い掛かってきた。
ロジールは瞬時に、遠征隊たちへ指示を出す。
「総員、戦闘態勢!!」
魔物がロジール目掛けて体当たりを仕掛けてきたので、ユーリが前に立って防ぐ。
盾代わりにした剣を通して、力強い衝撃がユーリに伝わった。
「見た目以上に、一撃が重たいが――」
「うむ、この程度なら問題ないのじゃ」
マオが地面から槍を放つ。
得意技なのだろう。実際、この槍は出所を見極めにくく、初見で回避は困難だ。
魔物たちは次々とマオの槍によって串刺しにされていく。
赤い血が、宙を舞った。
「――――血?」
マオの頬に、鮮血が付着した。
同時にユーリも魔物を真っ二つに切断する。だが、その魔物は確かに息絶えたにも拘わらず、いつまで経っても黒い靄に変化しない。
「こいつら、なんだ? 死んでも消えない……!?」
「血も、肉も、内臓もある。妾たちの知る魔物とは何かが違うようじゃ……っ!!」
獣のような魔物は、見たことあるが――。
これでは本当に、獣そのものだ。
「ちっ!!」
数が多い。
この三人だけなら問題なく戦えるが、遠征隊の中には非戦闘員もいる。
彼らを守ることまで考えるとあまり余裕がない。
茂みから出てきた、魔物ではないかもしれない生物を、一体ずつ確実に倒す。討ち漏らせば後方にいる他の隊員たちの負担になってしまう。
「隊長!」
「なんだ、ユーリ!!」
「訊いておきたいんだが、合流する予定だった第七遠征隊の奴らは、こいつらに勝てない程度の実力なのか!?」
「そうでないことを願いたいものだがな……ッ!!」
第七遠征隊が結成された時、ユーリはその場に居合わせていた。
だから知っている。彼らはこの程度の敵に負けることはない。
もし、彼らが新大陸の生物と戦って敗北するとしたら、少なくともこの程度の敵ではない。
もっと、非常識で、醜悪で――。
絶望を具現したかのような――――。
「……おい、ユーリ」
マオの震えた声が聞こえた。
だが、何も言わなくてもいい。言いたいことは分かっている。
バキボキと、激しい破壊の音が響いた。
音の源は海の方。
ユーリたちが乗っていた船が……あまりにも大きい顎に、噛み砕かれている。
「なん、だ……こいつ……ッ!?」
「あ、あぁ……船が、俺たちが帰るための船が……っ!?」
泣き喚く遠征隊員たちを嘲笑うかのように、船は海の藻屑と化した。
九つの首を持つ、船よりも巨大な蛇。
絶望が――そこにいた。
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