第7話 緊急入隊


「遠征隊に推薦したい奴がいる」


「マオで~す! よろしくお願いしますなのじゃっ!!」


 今後マオとは行動を共にしたい。そのためには遠征隊に入るのが一番だという結論に達し、マオを甲板にいるロジール隊長に紹介することにした。


 分かりやすく良い子ちゃんアピールするマオに、ロジールは渋い顔をする。

 海鳥の鳴き声が頭上から聞こえてきた。


「部下に聞いたが、ユーリといい勝負をしたようだな。しかし生憎、俺は自分の目で確かめねば納得できない性分で――」


「――隊長! 上空から魔物がッ!!」


「なにッ!?」


 巨大な影が足元に落ちる。

 上空から、異形の怪物が降ってきた。


「総員、戦闘態勢! ロック・バードだ!」


 ロジールの指示に、遠征隊員たちが武器を手に取った。

 魔物と呼ばれる異形の化け物は、好戦的で人間も食糧にする。ロック・バードは成人男性ほどの巨躯を誇る鳥型の魔物だ。その嘴は、人間の頭蓋骨くらいなら容易く噛み砕く力がある。


 空を飛ぶ魔物には攻撃手段が限られる。

 ロック・バードたちは賢明だった。甲板には降りることなく、まずはマストの上にある見張り台に立っていた乗組員を両足で掴む。


「まずい、捕まったぞ!!」


「た、助け――」


 ロジールが焦燥した直後、その脇から槍が放たれた。

 放たれた鉄の槍は、百発百中でロック・バードたちを貫く。


 ドサドサと音を立てて、ロック・バードの死体が甲板に落ちてきた。

 一緒に落ちてきた乗組員はユーリが両手で受け止める。

 ロジールは、槍を放った少女――マオを見た。


「生憎、この程度しかできぬか弱い女じゃが、面倒を見てくれんかのぉ?」


「……いいだろう。ようこそ第八遠征隊へ」


 いぇーい、とユーリとマオはハイタッチした。

 マオの実力を知っているユーリからすると、彼女の遠征隊入りは確実だったので心配は全くしていない。


 甲板に散らばったロック・バードたちの死体が、黒い靄になって消える。

 これも魔物の特徴だ。死ねば消える。不思議な生態である。


「しかし、こんなところにも魔物はいるもんじゃのぉ」


 靄になっていく魔物の死体を見て、マオは言った。


「魔族は魔物を使役できるって聞いたことがあるが、実際のところどうなんだ?」


「才ある者ならば可能じゃが、妾にはできんな。誤解されがちじゃが、そもそも魔物は魔族の支配下にはない、いわば動物と同じで野生の概念がある生き物じゃ。強いて言うなら、魔族の領土には動物よりも魔物の方が多かったから、魔物の扱いに長けていたのは否定せんがのぉ」


「……そうか」


 人類と魔族が戦争を始めた切っ掛けは、女神教会の神託だったという。

 ある日、魔物の群れによって村が滅ぼされた。それを女神は、魔族が魔物を操って人類にけしかけたのだと告げた。以降、人類は魔族を敵視し、魔物は敵の配下であるという認識を持った。


「お主たち人類が勘違いしているのは知っておる。魔族が魔物を操っているという情報の出所はどこじゃ?」


「……女神教会の神託だったはずだ」


「なるほど。つくづく神という存在は妾たちに喧嘩を売っているようじゃの」


 女神に強い疑いを抱くユーリは、最初からその情報に懐疑的だった。

 だが、もし心から女神を信奉する人間が今の話を聞いたら、きっと正気を失うほど混乱するに違いない。……或いはそもそも、こちらの話を信じないか。


「魔族、か。自分でそう言うのも慣れてしまったのじゃ」


 魔族という名の由来は、彼らの外見にある魔物っぽい見た目である。

 マオの角がいい例だ。魔族の中には羽を生やしたり、甲殻で覆われた者もいる。その見た目が魔物に近いから、魔族と呼ばれている。

 最初にそう名付けたのは人類だった。


「気に病むな。お主の責任ではない」


 暗い顔をするユーリに、マオが優しく微笑んだ。


「お主のような人間がいると知れた。それだけで妾は満足じゃ」


「……そりゃどうも」


 ユーリはポリポリと頭を掻いた。

 結局、魔族も魔族で人類を侵略しているわけだから、どちらが正義でどちらが悪かは決められない。ただ、どうしようもないやるせなさが胸に残った。


「ユーリ。一つ、気になっていることがあるのじゃ」


 マオは改まった様子で告げた。


「新大陸は、どうして今まで発見されなかったと思う? ……ルクシオル王国から一ヶ月で移動できる位置にある大陸じゃぞ。島じゃなくて大陸じゃ。これほど大きな土地が、何故今まで放置されていた」


 船で一ヶ月の距離は、決して近いとは言えないが、大陸ほどの規模ある土地が今まで発見されなかったのは奇妙な話である。


「考えたことはあるが……答えは出なかったな」


「妾も同じじゃ」


 遠征隊に入ると決め、彼らと接点ができたことによって新大陸についた調べやすくなった。だが新大陸が今まで未発見であった確たる理由は見つからなかった。


「だから、行くんだろう?」


 ユーリは不敵な笑みを浮かべた。


「冒険っていうのは、そういうものだ」


「……なるほど」




 ◆




 長い船旅はいよいよ終わりが近づいていた。揺れる船体の中で、人々は最後にもう一度だけ新大陸での日々について思案する。何があるのか分からず、何故今まで発見されなかったのかも分からない。全てが未知に包まれた新大陸で、自分たちを待ち構えるものは鬼か蛇か。この身体の震えは武者震いか恐怖心か。

 二日後――朝靄の向こうには、見知らぬ陸が広がっていた。


「着いたな」


「うむ。いよいよじゃ」


 二人は、新大陸に辿り着いた。

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