第6話 再会


 魔王との再会を果たしたユーリは、試合を中断して船内に戻った。

 積もる話がありすぎる。一先ず魔王の部屋へ向かい、そこで話をすることとなった。


「しかし、同じ船に乗ってたなら、もっと早く声をかけてくれてもよかっただろ」


「お主が戦う姿を見て、ようやくお主の正体に確信を持てたんじゃ。……まあ見た目がほぼ同じじゃったから、ある程度の予想はしていたがのぅ」


「何の因果か、お互いあまり変わらないな」


 どういうわけか、ユーリも魔王も前世とさほど見た目が変わらない。

 微妙に髪の色が違うくらいだ。前世のユーリはもう少し濃い灰色の髪だったし、魔王の髪はもう少し赤みを足した桃色だった。


「ここが妾の部屋じゃ」


 マオが扉を開いたので、一緒に部屋の中へ入る。

 清潔で広い部屋だった。床には絨毯が敷かれており、ベッドも大きい。窓際からは海を眺めることができ、その手前には上等そうな机が置かれている。


「よい部屋じゃろう? 高い金を支払った甲斐があったのじゃ」


「羨ましいな。俺たち遠征隊は雑魚寝してるんだぞ」


「遠征隊なんかに入るからじゃ」


 やれやれ、と言わんばかりにマオは肩を竦めた。

 そういえば、マオはどうやってこの船に乗ったのだろうか?


「その辺、じっくり話しときたいな」


「うむ」


 マオが椅子に座るよう促してきたので、厚意に甘えて腰を下ろす。


「ユーリと呼ばれておったな。……前世と同じ名か」


「分かりやすいからな。そっちは?」


「マオ。妾も前世と同じ名じゃ」


 魔王の本名を知ったのは今この瞬間が初めてだが、マオという名だったらしい。

 勇者だった頃は、こうして腰を据えて話す機会もなかった。


「マオはどうやって自腹で船に乗るだけの金を稼いだんだ?」


「簡単じゃ。この能力を使った」


 そう言ってマオは、掌を床に向けた。

 次の瞬間、マオの正面に細かな青白い結晶が現れた。結晶が重なって形を成した後、パキリと表面が割れる。するとそこには一脚の椅子があった。

 マオはその椅子に腰を下ろし、ユーリと向かい合う。


「便利だよな、それ。なんでも創れる力だったか?」


「何でもは無理じゃが、大抵は創れるのぅ。もっとも、材料を入れなければそのうち消えてしまうがの。この椅子も保って五分じゃ。全盛期なら十分はいけたんじゃがなぁ」


 マオは残念そうに唇を尖らせる。お互い、全盛期と比べると少し物足りないらしい。

 人間にとっての祝福のように、魔王たち魔族にも特殊な能力を持つケースがある。

 魔王の能力が創造であると知ったのは、まさに最終決戦の時。どこからともなく無数の兵器を生み出すその力を見て、ユーリは彼女の異能を察した。


「この力でちょっとばかり商売をしたのじゃ。で、最後に店を売り、その売却益で乗船券を購入した」


「いいなぁ。俺なんか十年くらいかけてやっと遠征隊に入れたんだぞ」


「お主ならもっと早く遠征隊に入れたじゃろう?」


「まあ、多分できたとは思うんだが……」


 当時の決断を思い出しながら、ユーリは口を開く。


「新大陸の情報は仕入れているな?」


「当然じゃ。妾たちの目的はそこにあるからのぅ」


 愚問だったようだ。それなら話は早い。


「ルクシオル王国は、これまでに七つの遠征隊を新大陸に送っている。だが、帰還者は……たったの四人しかいない」


 新大陸の調査が簡単に済んでいれば、人員の募集なんてすることもない。

 遠征隊に民間人を募集しているということは、軍人だけでは手が足りなくなるほど状況が悪いということである。だからこそユーリもマオも、この船に乗ることができた。


「新大陸は、俺たちが想像していた以上に危険な土地らしい。だから、焦りは禁物だと思ってな。……マオの言う通り、その気になれば第七遠征隊にも合格できたと思うが、万全を期すためにも身体の成長を待つことにした」


「結果、合流できたわけじゃから、その判断は正しかったわけじゃな」


 マオの言う通りだ。

 転生当時は新大陸で合流できればいいと思っていたが、新大陸の危険性に気づいてからはできるだけ海を渡る前に合流したいと思っていた。理想が叶ったのは僥倖である。


「ちなみに、妾もこの船に乗るまで苦労しなかったわけではないぞ? お主と違って妾には変装する必要があったからのぅ」


「変装?」


「うむ」


 マオの全身を、青白い結晶が覆う。

 その結晶が剥がれ落ちると、マオの見た目が変化していた。頭からは二本の角。爪は鋭く伸び、牙も生えている。


「これが妾の、本来の姿じゃ」


「……魔族か」


 そもそも勇者と魔王が戦っていた理由は、それぞれ人類と魔族を代表していたからである。あの戦争は、元を辿れば種族間の確執だ。人間を中心とした人類という種族と、魔族という種族による生存競争である。


「勇者と魔王の戦いは終わり、今は世界中が束の間の平和を謳歌している。じゃがその裏では、秘密裏に捕らえた魔族で懐を潤そうと目論む人間もいたようじゃ。妾が転生したのは、そんな魔族の一人じゃった」


 だから、ルクシオル王国から出る船に乗ることができたのだろう。

 魔族たちの領土は人類の領土から離れている。もしもマオが魔族の領土で生まれていたら、十年でここまで辿り着けなかったかもしれない。


「しかし、どうにも不可解なことがあってのぉ。本来なら、妾たちは丁度このくらいの時期に生まれ直す予定だったのじゃが……転生も赤子からのつもりじゃったし……」


 不思議そうに語るマオに、ユーリは転生前のことを思い出した。


「なあ、転生する時にさ、変な女に会わなかったか?」


「変な女?」


「庭園って名乗ってた女だ」


「……知らぬな。なんじゃそのふざけた名前は」


 どうやらマオは庭園さんと会っていないらしい。

 結局、あの女は何者なんだろうか? 随分含みのある言葉を告げられたが……。


 下手すると

 庭園さんはそう言っていた。だから転生の予定を十五年ほど前倒しにしたとのことだ。


 彼女はユーリが新大陸に向かうことを知っていた。

 なら……向こう十五年の間に、新大陸で何かが起きるということだろうか?


「お主、新大陸に着いた後はどうする?」


 ふと、マオが訊く。


「……どうするってのは?」


「遠征隊の狙いは新大陸の調査じゃろう? 国のためになる成果を見つけたら、すぐにそれを持ち帰らねばならんはずじゃ」


 詳しいな……とユーリは呟いた。

 マオの懸念は分かる。ユーリたちの目的は、新大陸に潜むという女神と邪神をぶん殴ること。そのため、たとえ遠征隊の目的を果たしたからといって、すぐ王国に戻るわけにはいかない。


 自分たちの同盟と、遠征隊の任務。

 どちらに天秤が傾いているのかマオは確認したいのだろう。


「心配すんな。断然、俺たちの目的が優先だ」


「……ならばよいのじゃ」


「大体すぐに成果が手に入るようなら、今頃もっと多くの帰還者がいると思わないか? ……新大陸の調査は手こずるのが必須。となれば、いくらでも自由に行動できるさ」


 笑みを浮かべながら語るユーリに、マオは苦笑した。


「楽しそうじゃの」


「ああ! なにせ俺が生まれ直して十年経っても、新大陸は未知のままなんだ! 絶対に壮大な冒険ができるぞ!」


 新大陸は、ユーリにとって夢の土地だった。

 冒険と旅行は違う。ユーリが目指す場所は、地図が存在していて案内人がいるような観光地ではない。


 誰も辿り着けなかった場所に行きたい。

 誰も生きて帰れなかった場所から帰りたい。

 それがユーリの目指す冒険だ。


「マオはどうなんだ?」


「む?」


「マオは何をしたいんだ? そういえば俺の夢ばかり話してたが……」


 神々をぶん殴るのは勿論として、ユーリには冒険をしたいという夢があった。

 マオは? マオにも求めていた生き方があったはずだ。


「妾は、スローライフがしたいのじゃ」


「……スローライフ?」


「うむ。穏やかな土地で、のんびり畑を耕したり、お昼寝したりして過ごすのじゃ」


 ユーリは頭の中で、マオの言う生活を想像した。


「悪くないな。俺も老後はそういう人生送りたいぜ」


「妾は既にその老後じゃ」


 首を傾げるユーリに、マオは説明する。


「妾、前世も合わせると百歳くらいじゃぞ」


「マジで? あ、だからそんな幼い見た目のままなのか」


「うむ。今世も魔族じゃからのぅ」


 庭園さんによると、ユーリだけでなくマオも五歳から新たな人生を始めたはずである。それから凡そ十年が過ぎているわけだが、マオの見た目は十七歳というよりは十歳くらいの少女だ。成長が遅いのではなく、魔族だからそもそも寿命の概念が違うらしい。


「ゆえに妾は、新大陸でスローライフの拠点を創る!!」


 マオは拳を握り締め、宣言した。


「ユーリ、お主が見つけた土地に、妾が拠点を立ててやろう」


「そりゃあ頼もしいな。こと拠点に関しては、マオは絶対頼りになるし」


「うむ。を知った時はお主も大層驚いていたのじゃ」


「そりゃ驚くわ」


 冒険馬鹿と、拠点作りのエキスパート。

 案外、相性がいいのかもしれない。……互いにそう思った。


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