たとえば転生トラックが呪いの祠を粉砕した場合

久佐馬野景

エピローグ あるいはプロローグ

 お前、あの祠を壊したんか!?

 トラック運転手、人生院じんせいいん凜世魔羅りせまら四十七歳は村の古老にそう言われ、ひとまず謝った。

 とはいえ、人生院に罪の意識はあまりない。

 人生院の運転するトラックは「転生トラック」としての認可を受けている。

 最初の一回は前厄の年、四十一歳の時であった。人生院の運転するトラックは道路に飛び出してきた青年を轢き殺し、人生院自ら警察に通報。過失運転致死傷罪で逮捕されたが、突然人生院は釈放され、異世界転生の講習を受けたのち、転生トラックの認可を得て無罪放免と相成った。

 曰く、転生トラックによって轢き殺された人間は異世界に転生し、様々な力を得て異世界で活躍するのだという。やがてもとの世界に舞い戻ることがあれば、その力は大いに役に立つ。そう考えた者たちによって、異世界転生者を生み出し続ける装置として、転生トラックは認可される。

 とはいえ転生トラックはそう簡単には発生しない。第一の事故は故意であってはならない――というのが長々とした定義づけの書き出しだ。だが一度転生トラックとなったトラックと運転手は、以降も人を轢き殺す度に異世界転生を引き起こすことが判明している。

 よって、人生院は以降も事故を起こし続けることを求められた。わざと轢き殺せということですかとたずねると、相手方は「お任せします」とだけ答えた。

 その代わり、一年に一人以上を轢き殺さなかった場合は転生トラックの認可を取り消し、法律に則って裁かれることとなる旨を伝えられた。

 つまり年に一度は人間を轢き殺さなければ人生院は危険運転致死傷罪で起訴され、轢き殺した数だけその罪は重くなる。

 轢き殺し続けなければ、罪から逃れられない。

 この七年で人生院が轢き殺してきた人間は二十人を超える。今年に入ってからはすでに三人を轢き殺しており、ノルマはとうに達成ずみであった。

 そんな人生院の運転する転生トラックは、山に囲まれた村を走っていた。轢き殺した際に出る賞与を受け取ったこともあり、温泉にでも泊まろうと山道を飛ばしていたところ、前方からカーブにもかかわらず速度を落とさずに突っ走ってくるスポーツカーが飛び出してきた。

 轢き殺すのはいいが、衝突事故は困る。というのも転生トラックとして認可されているのは人生院が初めて轢き殺したこのトラック自体であり、廃車になってしまった場合、転生トラックの認可はなくなる。人生院は舌打ちをしてハンドルを大きく切る。

 ギリギリのところで衝突は避け、スポーツカーはそのまま猛スピードで山道を駆け下りていった。その代わり、人生院のトラックは山の木々の中に隠れるように建っていた、古い祠を完全に破壊していた。

 祠が古かったおかげか、トラックのほうには大した損傷はなかった。二十人以上の血を啜ってきたこのトラックは傷やへこみだらけで、今さらこの程度の傷は気にならない。

 人生院はトラックを降りることもせず、そのまま目的地に向けて発進する。

 そして温泉宿に着き、大浴場の湯船に浸かっていると、いかにも地元の古老らしき男が人生院の隣に入ってきて、しきりに話しかけてきた。その中で先ほどの祠のことらしき話題が出たので、温泉で気が緩んだのか人生院はついその祠を自分が粉砕したことを吐露してしまったのだった。

「ああ、恐ろしいことだ。あの祠に祀られていたのは十一次元面アイオーンといって、あらゆる次元に干渉することのできる恐ろしい神格でな。悪いことをすると次元の狭間に引き込まれると恐れられている」

 古老は温泉に浸かっているというのに真っ青な顔になって早口にまくし立てる。

「あの祠が唯一、十一次元面アイオーン様を封じ込める力を持っていたのに、それを壊すなど……!」

 風呂を上がって浴衣に着替えると、携帯に着信があった。

「もしもし」

『人生院凜世魔羅さん。先ほど新しく轢き殺した人物がいますか?』

 相手は転生トラックの認可を行う機関のエージェントだ。異世界転生者の監視を行える、多世界天球儀なる装置を有しており、人生院が新しく轢き殺す度に確認の電話が入ることになっている。

「いえ。人は轢いてません。ただ」

 そこで人生院は祠を破壊した旨を告げる。ずっとぶつぶつと十一次元面アイオーンなる神の恐ろしさを口走り続けている古老の話も簡潔に付け加えておく。

『なるほど。現在異世界が急速に収縮を始めています。おそらくその神格が異世界に転生し、すべての異世界を掌握しようとしているのでしょう』

「はあ」

 ならば賞与は出るのかということが気にかかる。

が来たようです。間もなくこの世界にあらゆる世界の転生者たちが舞い戻り、すべての世界を取り戻すための決戦が始まるのです。我々の使命が、今まさに始まるんですよ』

「はあ」

 人生院は缶ビールを開けてひと息に飲み干す。もう今日は運転をするつもりはない。

『今までありがとうございました。私たちは決戦に向けての態勢を整えます。お互い、生きていたらまた会いましょう』

「はい。失礼します」

 電話を切って部屋で寝転がる。まだ昼間なのに、空が異様な黒に覆われている。

 いずれにせよ、人生院の役目は終わった。

 だからこれから始まる物語は、人生院とはなんの関わりもないのだ。

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たとえば転生トラックが呪いの祠を粉砕した場合 久佐馬野景 @nokagekusaba

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