第8話

 家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 いきなりちょっと無理をしすぎたかもしれない。


「よく頑張ったわね」


 月城さんがそっと抱き寄せてくれる。

 俺はそれに身を任せ、心を落ち着ける。

 俺には月城さんが必要だ。病気と闘っていく為にも、月城さんにはずっと傍で見守っていてほしい。

 でも、それは俺の我儘だ。俺のエゴで月城さんを縛り付けるわけにはいかない。


「月城さん、本当に俺なんかの傍にいていいんですか」

「私は好きで新人くんの傍にいるのよ」

「でも、不安になります。俺なんかの為に月城さんの未来を奪ってるんじゃないかって」


 そう言うと、月城さんは困ったような顔を見せた。


「新人くんは覚えてないと思うけど、私、昔新人くんと会ってるのよ」

「え?」


 俺が昔月城さんと会っていた? そんなことがあり得るのか。


「昔、近所に住んでいてね。よく一緒に遊んだわ」

「ひょっとして陽菜姉?」

「そうよ。思い出してくれた?」


 陽菜姉は子どもの頃、近所に住んでいた幼馴染だ。両親を事故で亡くし、遠くの親戚の家に引き取られたと聞いていたけど。

 

「両親が事故で死んで落ち込んでた時、新人くんは私の家に来て励ましてくれたの」


 覚えている。ずっと悲しそうにしている陽菜姉を見ていられず、俺は元気になってもらおうと家に通ったのだ。


「あの時から私は新人くんのことが好きなのよ。子供頃の淡い想いだけど」


 陽菜姉が俺のことを好き。そうはっきりと口にした。


「大人になって新人くんは変わっちゃったけど、中身は全然変わってない。今も私の心配ばかりしてる」

「それは……」

「だから私は今でも新人くんのことが好き。傍にいたいって思うよ」


 まさかずっと子どもの時の想いを抱えてくれていたなんて。俺はたまらず涙ぐむ。


「俺も陽菜姉のこと好きだった。離れ離れになってどれだけ泣いたかわからない」

「嬉しいな」

「そして今は月城さんのことが好きだ。俺、月城さんを幸せにしたい。だから頑張る。今は情けないけど、絶対立ち直ってみせるから」

「うん、応援するわ」


 俺と陽菜姉は抱き合った。十余年の月日の穴を埋めるように長い抱擁を交わす。

 そうだ。俺はもう一人じゃない。これからは陽菜姉が傍にいてくれる。

 だから、病気なんかに負けない。これからは前を向いて生きていくんだ。

 陽菜姉と幸せを勝ち取る為に。

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ニートな俺を甘やかす天使様がやってきた オリウス @orius0

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