第35話 家族
俺は町にある診療所に来ていた。
クルトとアイラが話していたジゼルの診療所だ。
院長であるジゼルは治癒魔法を得意とする人物で、魔物との戦いで傷付いた魔壊士を治療するのが主な仕事だという。
俺も先ほど治療を受けたのだが……。
治癒魔法とは凄いもので、蜘蛛男との戦闘で折れていた骨があっと言う間に治ってしまったのだ。
本当にRPGの回復魔法みたく、何事も無かったかのように治ってしまうのだから驚きだ。
これなら死んだ人間も生き返らすこともできるんじゃないか? と尋ねてみたら、 それはさすがに無理だと言われた。
この世界には蘇生魔法は無いらしい。
ディアナとイーリスもこの診療所で丁度今、治療を受け終えた所で、診察室から出て来た所だった。
「ママ……」
呼びかけるや否や、彼女は俺のことをギュッと抱き締めてきた。
「良かった……あなたが無事で……」
ディアナは目端に薄らと涙を浮かべている。
「痛いところはない?」
「うん、お陰でもうなんともないよ」
「そう……」
彼女は再び俺のことを強く抱き締めた。
ちょっと苦しい……。
埋もれた場所からなんとか顔を覗かせる。
「……ママ達こそ、平気なの?」
あの爆発をもろに食らったのだ。普通なら即死していてもおかしくはない。
だが、俺の前に姿を現した彼女達は僅かに負傷していたものの命に別状があるような怪我ではなかった。
それが不思議でならない。
「私達は大丈夫。軽い怪我だから。これもイーリスのお陰よ。ありがとう」
「嫌です奥様……私はメイドとして当たり前のことをしただけですから……」
イーリスは照れ臭そうに謙遜する。
聞いたところによると、事の顛末はこうだ。
イーリスは元々、第二魔角級の判定を受けている。
魔壊士には従事できない一般的な魔力だが、彼女は微力ながらも魔装が使えるらしいのだ。
蜘蛛男の攻撃を受けた際、咄嗟にそれを展開させたことで直撃を防げたのだ。
まさに命の恩人と言うべきだろう。
「ありがとう、イーリス。僕からもお礼を言わせて」
「ネロ様まで、そんな……。私にもっと力があれば奥様に怪我を負わせることはなかったのですから……」
「そんなこと言わないで。ママを守ってくれただけで充分だよ。イーリスも無事で良かった」
「ネロ様……」
イーリスは目を潤ませながら深々とお辞儀をした。
そんな時だった。
けたたましい音がして突然、待合室のドアが開け放たれた。
「ネロっ! ディアナ!」
名前を叫びながらやって来たのはクルトだった。
彼も例の大ムカデとの戦闘で受けた傷をこの診療所で治療していたのだ。
そこへ俺とディアナ達が駆け込んできたので、今の今まで気が気でなかったらしい。
「大丈夫か!? どこか痛む所はないか?」
ディアナと同じようなことを言っている。
しかも声がデカい。
「もう平気だよ、パパ。どこもなんともないから安心して」
「そうか! そいつは良かった!」
そう言って強く抱き締めてくる。
痛いって! 一応、病み上がりなんだから加減してくれよな……。
「ディアナも無事で良かった……」
「ええ、あなたも大丈夫?」
「ああ、俺は元々、頑丈だからな」
クルトは腕を振り回して見せる。
彼の背後にはアイラの姿もあった。
彼女は俺と目が合うと、軽く頷き返してくれた。
「イーリス、君にはどれだけ礼を言っても足りないだろう。だが、言わせてくれ。ありがとう」
「旦那様……」
クルトは彼女にそう述べると、改めて俺に向き直る。
「そういえば聞いたぞ、上級の魔物を倒したんだってな。凄いじゃないか。やっぱりネロは百年……いや、千年に一度の逸材だ。この歳で上級を討伐したなんて俺が知る限りでは前例が無いからな。とんでもないことだ」
そんなふうに褒めてくれるが、結構苦戦した。
クルトの助言がなかったら、今頃どうなっていたか分からないだろう。
そこは有り難く思う。
これから先、今以上の敵に遭遇するかもしれない。
その時の為にもっと強くなっておかなければ……。
そう胸に刻むのだった。
「それじゃあ、皆無事だったってことで家に帰って祝おうじゃないか」
「え……」
クルトが景気良く言い放った直後、俺とディアナ、そしてイーリスが固まる。
アイラは一人、首を傾げていた。
そういえば……クルトはまだ我が家がどうなってしまったのか知らないんだった……。
ほぼ全焼してしまった家を見て卒倒しないだろうか……?
それが心配だ。
ここはなんとかショックを和らげる為に、引き延ばさないと……。
「えっと……パパ? なんかちょっとお腹が空いちゃったから、どこか食事が取れる所に寄っていかない?」
「ん? 何を言ってるんだ。こんな時間にやってる店なんてないぞ。それに、こういうことは我が家でゆったりとしながら家族の絆を確かめ合いたいじゃないか」
「そ、それはそうなんだけどさ……」
そこでディアナが分け入ってくる。
「あ、あなた……私もネロの意見に賛成だわ。私の知り合いの店があるから開けてもらいましょう」
「お前まで何言ってるんだ? そんなのその人に迷惑が掛かってしまうだろ」
「だ……旦那様! 大変申し訳にくいのですが……」
「なんだ、イーリスまで……」
「私、とても空腹でして……家まで持たずに倒れてしまいそうなんです……。これではお祝いの料理も作れそうにないです……」
畳み掛けるようにイーリスが会話に加わってきた。
でも、その理屈はちょっと苦しいんじゃないか……?
「イーリスが、そんなこと言い出すのは珍しいな……余程、辛いのだな」
「え……? ええ、もうダメです」
彼女はその場で、ふらついてみせる。
その演技がまた大根すぎてなんだかなーという感じ。
だが、そんな事は勢いで押し切ってしまえ! とばかりにディアナが彼の背中を押した。
「そういう事だから行きましょう!」
「えっ、ちょっ!? ディアナ!?」
「アイラも一緒にどう?」
「え、ええ……じゃあ」
そんな感じで俺達は診療所をあとにした。
その後――。
結構な量の酒が入った赤ら顔のクルトが、焼け落ちた我が家を前に呆然と立ち尽くすのは、それから数時間後の事だった。
無能無双~出来損ないの人造人間《ホムンクルス》に転生した俺、努力しすぎて最強に至る~ 藤谷ある @ryo_hasumura
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