時計

タマハガネ

時計

「最近物忘れがひどい。予定もとんと覚えられなくなった」

 そう魔女はぼやきました。そして自分の節くれて皺だらけの手を眺めました。

「誰かアタシのスケジュールを管理してくれる人がいたら……」

 そこまで呟いたところで、彼女はなにか閃いたように手を叩きました。

「そうだ」

そして、机の上に置いてあった杖を手に取って、壁に掛かった木の時計に向かって魔法をかけました。ダイヤモンドダストのような煌めく光の粒たちが、時計へと向かって飛んでゆきます。すると魔法にかかった時計がエメラルドグリーンの燐光を放ち始めました。

「んん……ご用件は何でしょうか」

 発光が収まった時計は、なんと、低く落ち着いた声で話し始めました。話す度にカタカタと小さく震えます。

 それを見た魔女は満足そうにうなずいた後に、こう指示しました。

「いいかい時計よ。今からお前さんはアタシのスケジュールを管理するんだ。サバトの時間はもちろん、この近くに行商人がやってくる時間やアタシの弟子がやってくる時間まで、アタシに予定があるなら全部十分前に知らせるんだ。きっちり十分前だよ。アタシにも準備っつうもんがあるからね。分かったかい?」

「ええ、しっかり理解いたしました」

 時計はカタカタと震えます。それに魔女は「うむ」と満足げに言いました。

「じゃあ話は決まりだ。早速、ここ数日のアタシの予定を伝えるから、よーく覚えておくんだよ」

 そう言って、魔女は今後の予定を時計に教え始めました。


 最初の半月ほどは、うまくいっていました。時計ということだけあって、時間を間違えることは決してありませんし、魔女に言いつけられた予定を一つとして忘れることなく、しっかりと仕事をこなしました。

 しかし半月を過ぎたあたりから、どうにも時計は元気をなくしたようでした。声はか細くなり、話すときに生じる震えもだんだん小さくなっていきました。

 見かねた魔女はこう尋ねます。

「お前さん。どうしたんだいそんな意気消沈として。時計のくせに体調を崩したんじゃあるまいね」

 時計は少しの沈黙の後に、小さく震えながらこう言いました。

「……実は、悩みがあるのです」

「時計のくせにかい」

「そうなんです」

 今にも泣き出しそうな声で時計は答えます。

「なんだい。言ってみな」

「はい。実はわたくし、自分の時間に自信が持てないのです」

「はぁ?」

 魔女は思わず、そう声を上げました。

「自信がないも何も、それがお前さんの仕事じゃないかい」

「そう、そうなんです。ですけども、今、わたくし、とっても不安なんです」

 震えた声で、時計はそう語ります。

「私が刻んでいる一秒は、本当に正確な一秒なんだろうか。誤った時間をお伝えしていないだろうかと考えると、もう不安で不安で」

(あーあ。下手に時計に自我を持たせたから、こうなっちまった。意思をもつってのも困りもんだ。こりゃ失敗だったね)

 心の中でそう思い、魔女は大きく溜息をつきました。

「どうすれば良いでしょうか、わたくしは。わたくしはもう耐えられそうにありません。不安がわたくしの歯車を狂わせてしまったようです!」

「分かった、分かったよ、うるさいねぇ」

 魔女は至極面倒くさそうにそう返事をすると、その時計がかかっている側とは反対側の壁に、杖で魔法をかけました。魔法の光が壁の上の方に当たると、強い光を発せられました。すると次の瞬間には、そこに新しい時計があらわれていました。何の変哲もない、普通の時計です。

 その時計が現れたのを見てか、時計は安心したように、こう言いました。

「ああ良かった。これで時間を確認できる」


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