ラジオネーム
暁明夕
アタラジー!
世界も寝静まった夜更け、そんな中で何となく寝付けない。そんな誰かに可惜夜を過ごして貰うための二十三時個人放送アタラジ。皆様こんばんは。今夜もアタラジのパーソナリティを私、モミジが務めさせていただきます。
いやー、このアタラジも何回目でしょうか。何回目か分からないほど続いておりますが、これからも何とか頑張っていこうと思っておりますので、何卒、よろしくお願いします。
…………うん、こんな感じだよね。
最近は夏休みに入りかけという感じで、テストやらなんやらが時間とともに過ぎ去っていって忙しい期間でございますね。リスナーの皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。夏休みのご予定はいかがですか?
僕は夏と言えばスイカ、お祭り、花火という感じで夏のイベントはあらかた楽しもうと考えております。
そろそろ花火大会も予定されていますし、夏というこの季節を楽しんでいきたいですね!
この放送は主に私のぼやきを基に進んでいきます。
反応等、とても励みになりますのでよろしくお願いします。
……と、行きたいところなんですけれども、なんと、なんとですよ!?……もったいぶらないほうがいいでしょうか。
実は、アタラジが始まって以来、一通も届いていなかったお便りが届いておりますー!
この放送でお便りを読める日が来るだなんて思ってもいませんでした。すごい、嬉しい限りです。
ということで早速やってまいりましょう。 最初のコーナー、『ふつおた』ー!
こちらでは先程の通り、番組に届いた普通のお便りを読んでいこうというコーナーです。
今回は初めてのお便りということで、張り切って読んでいきましょう。
えーと……? ……そうそう、これですね。ラジオネーム、サクラの花筏さんからのお便りです。なかなかオシャレなラジオネームではないでしょうか。では、読みますね。
『こんにちは。初めてのお便り失礼します。』
はい、初めまして。初回のお便りありがとうございます。
『私は高校生になって四カ月程度の学生で、新しく始まった新生活。期待の反面、大きな不安を抱えていました。』
なるほど。
『緊張は段々とほぐれてきてはいるのですが、まだまだ、不安等が抜けきっていません。モミジさんも、今まで新しいことを始めるときの不安や、恐れをどうしていますか?』
なるほど、あるあるですね。
……ん-、そうですね。私はこのお便りを書いた人になんというか、親近感がありますね。
私もこうやってラジオ放送をするのは四月からですし、勿論今も尚、めちゃくちゃに緊張してるんですよね。
それで結局僕はー、まぁ何かしてるとかいうわけじゃなくて……。
結局不安を抱いているってのは悪いことでもないと思うんです。
失敗したらどうしようだとか、そういうものからくる感情だと僕は思ってて……えーと……。
結局、失敗してもいいんじゃないですかね。
新しい物事を始めるのには不安が伴うものですけど、僕は少なくとも、そんなに重く感じないで、失敗だとかを恐れずやってみることが大事だと思いますよ。
まぁ、僕が言えたことではないんですけどね。
……これって回答になってるかわかんないですけど。
いや、でも僕は実はこう見えて景色だとかを眺めるのが好きなんですよ。
どう見えてっていう話ではありますが、バスとかに乗ってる時だとかに車窓から不意に見えた瞬間を写真に収めたりするのは好きだったりしますね。
名前のモミジは紅色に染まる山々が一番好きだったりするところからきてたりするんですよね。
だから不安だとかは自分の好きなことをしてリフレッシュするのが一番だと思います。
以上、ラジオ歴数か月のパーソナリティからでした。
さて、今回が初めてのお便りコーナーということもあって、もっともっと引き伸ばしたい気持ちはやまやまなのですが、時間が押していますので、ここらへんで次のコーナーに移らせていただきますね。いやーめちゃめちゃ悔しい。お便りを出してくださった方、ありがとうございました。
ということで続いてのコーナー。『可惜夜の独り言』ー!
このコーナーでは私、モミジの近況や疑問に対して、独り言を挟みながらお話していくコーナーになっております。
ということで本日のお題、『夏っていつからなのかー?』
この疑問、皆様一度は持ったことはあるのではないでしょうか。そこそこありふれた疑問ですよね。
というのも、最近暑い、暑い、雨、暑いといった日が続いております。そこで僕は思いました、何月くらいから暑かったんだっけ、と。
暦の上では一月から三月までが春で、四月から六月までが夏、七月から九月までが秋、十月から十二月までが冬といった扱いになっているらしいです。想像と全然違います!
僕の中では暑い季節と言ったらそれは夏なので、梅雨くらいの六月からと考えたいものなのですが、近年では異常気象なのか五月くらいから続いていますし、あまりにも夏が長いと、春、どこ? といった具合になるのでまたまた、難しいところでもあるんですよ。
それでいて結局この暑さは十月程度まで続くのでいっそのこと暦は放棄して新暦といったものを作りたいと思っているほどでございます。
……あーでも、そんな都合よく三カ月ごとに季節を分けられる気候ではなくなってきてますね。
本当にこれから地球はどうなっていくんでしょうね。リスナーの皆様におかれましては、水分補給を欠かさず、仕事や学業に取り組んでほしいです。
……本当に何時から夏、といった具合なんでしょうか。よくわかりません。
リスナーの皆さんの考え方も、ぜひ僕に教えていただきたいですね。
さぁ、ということで終わりの時間も迫ってまいりました。
本ラジオでは締めにモミジの一言を添えて終わる流れとなっております。
次回の放送につきましては、もうそろそろ夏休みに入るということで、未定でございます。ですが、夏季休業期間中も不定期でアタラジ放送を執り行いたいと思っていますので、お楽しみに。
ということで、今日の一言行きましょう。『夏は、糧を楽しめ!』
それでは、皆様、またお会いしましょう。さようならー。
「……よし」
まだラジオ気分が抜けないままに漏らす独り言。それは静寂を貫く放送室に虚しく響き渡った。
マイク音量を落とし、元の状態に戻したのを確認してから、放送室に鍵をかける。
効果音と音楽が混じりあう十分程度の放送、少し疲労は募るけれど、楽しい気持ちを上回ることはなかった。
真っ暗闇の廊下、これを非日常だと思えるのなら怖いのだろう。ただ、耳が違和感を覚える廊下をスマホのライトで照らし、鍵同士がぶつかる音と、靴音を漏らしながら歩く。
手には白い封筒。ボールペンで『おたより』と書かれている。
それを見つめると、自然と笑みがこぼれた。
正面玄関に着いた時、見回りの人にいつものようにあいさつした。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ、毎週面白いラジオを聞かせてもらってるよ」
「そう言ってもらえてとても嬉しいです。あ、これ鍵です」
「はいはい」と言って、佐藤さんは鍵を受け取った。
金曜、深夜の放送室。学校内に向けてラジオ放送をするのがここ数カ月の日常だった。
学校側に懇願し、特別に見回りの人を除いて誰もいない学校で個人ラジオをすることが出来た。
建前では放送部員として、本当は将来、ラジオ番組を作りたいという目的のためだ。
その中で、佐藤さんは貴重な一人のリスナーさんだった。
「戸締りはきちんとした?」
「はい」
「それならいいよ。いやはや、まさかお便りコーナーに手を出すだなんて、流石だね」
「いえいえ、佐藤さんがそれっぽいお便りを書いてくれたのでめちゃくちゃ嬉しかったですよ」
「え? 何のこと?」
「え、だって佐藤さんがお便りを出してくださったんですよね?」
「いや、違うよ。僕はてっきり、
思考が巡る。そうしてたどり着いた結論。
「もしかして、お化け……?」
後ろの廊下に広がる闇が、いつもより一層、怖く感じた。
「馬鹿言わないでよ、でも、本当に誰なんだろうね」
手に持っている封筒を開く。
「サクラの花筏ですって。本当に誰なんでしょうか」
「もしかしたらさ……」
そう言われて、佐藤さんの顔に視線を戻す。
「二人目のリスナーさんかもね」
僕はその夜、その言葉と白い一通の封筒が頭の中から離れることはなかった。
「こんにちは、この前の放送のお便りを送った犯人はわかったかい?」
月曜日、予言の授業が終わり、食事を済ませ、中庭から見える景色に浸っていた。そこに佐藤さんは話しかけてきた。
「こんにちは、佐藤さん。いや、それがまだなんです。聞きまわりたいのは山々なんですけど、そんな簡単に聞けるものではなくて……」
「そうだよね、でも、明日から夏休みでしょ?」
「そうなんですよねぇ、どうしたものか」
唸り声が漏れる。こんなことをしても、結局誰なのかは分からない。
「あ、そうそう。僕は夏休み期間中も見回りすることにしたよ。今から校長先生にそれを伝えに行くところ。」
「それで今日はこんなに早いんですね」
「そういうこと、まぁ、犯人捜し頑張ってー」
そうして佐藤さんは背を向けて手を振りながら歩いていく。
「あっ、佐藤さん!」
「ん?」
「次回の放送なんですが、再来週の金曜の二十一時から予定しています」
「おー、ありがとうね。絶対聞くよ」
「お願いします!」
僕は佐藤さんに深々と頭を下げた。完全に視界から消えた後、僕は教室に戻った。
ドアノブに手をかけ勢いよく扉を開ける。
何か、金属のようなものがきしむ音とともに、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おー、こんちゃっす、部長」
「おー、今日は早いんだな、
メガネを取った放送副部長は紙束を机の上でまとめた。
「早く授業が終わったので書類を纏めときましたよ」
「めちゃくちゃ助かる。夏休み前だというのにありがとうな」
「いえいえー、あとは部長が印鑑を押すだけですので」
そうしていつものように所定の椅子に腰を下ろす。懐から自分の印鑑とスタンプ台を取り出し、書類に押していく。
活動報告書、前期支出報告書、入部届。
「部長は秋の放送コンテストには出ないんですか?」
その質問に一瞬、手の動きが止まる。
「……出ない。決めたからな」
「最後なんだから出たらいいのに」
夏季休業期間中の活動申請書、施設許可証、放送コンテスト参加申請書。
「……こんなもんか」
「終わりました? なら今日はもう帰りますね。荷物も多いですし」
「おう、お疲れ様。ホントにありがとな、夏休みの活動に関してはまたグループチャットで報告するからさ」
「はーい。お疲れーっす」
扉の閉まる音が響いた。
夏休み前の活動が粗方終わり、一人だけの放送室でストレッチしてみる。
その時、再び扉が勢いよく開き、副部長が顔を覗かせた。
動揺してしまったのが自分でも分かった。
「どうした?」
「さっきの入部届の一年生。もうグルチャ入れといたんで」
「了解」
放送室からでも分かる程、廊下を走っている音が響いた。
一息ついて、ふと思い立ち、裏紙に文字を書く。
カバンを背負い、放送室に鍵をかける。
そうして扉に張り紙をして、書類を提出するために、放送室を後にした。
『次回放送は、再来週の金曜日二十一時から』
「こんばんは」
「おっ、来たね。今日も楽しみにしてるよ」
佐藤さんは僕に放送室の鍵を手渡した。
「はい!」
「ああ、あとそういえばさ」
放送室に向かおうとする僕を佐藤さんは呼び止めた。
「一階の教室で誰かを見かけた気がするんだよね。気のせいかもしれないけど」
「え、幽霊とかではないんですか?」
「分かんない。でももしかしたらと思って……いや、まあ気を付けてね」
「はい」
昇降口で靴を脱いで暗闇に
放送室に着いた時、あの張り紙はそのまま残されていた。ただ、張り紙の上からあの日と同じ、封筒が一通、セロハンテープで止められていた。
それを丁寧にはがし、鍵を開けて放送室に入る。
スイッチを押して明かりがついた放送室は、少しだけ埃がかぶっているように見えた。
放送機器の前に座り、横にもってきたメモと封筒から取り出した文通を置く。
喉のチェックを済まして、音量を上げる。
ゆっくりチャイムのボタンを押した。
アタラジー!
世界も寝静まった夜更け、そんな中、何となく寝付けない。そんな誰かに可惜夜を過ごして貰うための夏休み特別版二十一時個人放送アタラジ。皆様こんばんは。今夜もアタラジのパーソナリティを私、モミジが務めます。
夏休みに入りまして、この学び舎も使われていない期間が長くなってきました。ここに通っていた生徒は今頃、お祭りや、海、スイカなど夏の風物詩を楽しんでいる頃でしょう。そんな中、この校舎を夏休みが明けたときに少しでも寂れたものであって欲しくない。そんなこんなで、夏休み特別放送を行うことにしました。今回も何卒、よろしくお願いしますね。
時間帯も少しだけ早めの二十一時、まだ深夜には少しだけ遠いですが、放送を始めさせていただきます。
僕、夏休みが始まって数週間何をしていたかというと、実は何もしていないんですよ。
というのも、花火大会も一週間後だったり、放送部としての活動もまだもうちょっと先、課題も後々にやるタイプの人間なので気分が乗らず……。といって何もやらないのもあれなので一応バイトには応募しました。勿論、きちんとアルバイト許可申請書も提出しましたよ。
まだ、夏を楽しめていないので、これからはもっと楽しめるように尽力したいところです。
この放送は主に私のぼやきを基に進んでいきます。
反応等、とても励みになりますのでよろしくお願いします。
……と、言うところなんですが、なんと、今回もお便りが届いております。
アタラジが始まって以来、二通目のお便りでございます。
やっぱり、お便りが来たときの嬉しさは凄いですね。
ということで早速やってまいりましょう。 最初のコーナー、『ふつおた』ー!
こちらでは先程の通り、番組に届いた普通のお便りを読んでいくというコーナーです。
二通目のお便りも張り切って読んでいきましょう。
さてさて、これですね。ラジオネーム、サクラの花筏さんからのお便りです。前回の放送に引き続きまたこの方からのお便りでございます。とても嬉しいです。ありがとうございます。
『こんにちは。二回目のお便り失礼します。』
はい、こんばんは。お便りありがとうございます。
『モミジさんの前回のお便りへの回答から、あることに少しだけ自分で頑張って挑戦してみました。』
本当ですか!? 行動力の塊ですね……。僕もすぐ行動することが出来ないのに。
『これからも少しずつ挑戦を続けていこうと思っています。回答ありがとうございました。』
いえいえ、こちらこそです。
私もお便りを貰って勇気を出せたところもありますし。
『さて、夏休みに入りましたが、モミジさんは夏に毎年していることや、一番好きなことは何ですか? ご回答いただけたら幸いです。』
なるほど、夏の恒例行事ですか。
そうですね、まずお祭りには毎年赴いています。
お祭り、僕はめちゃくちゃ好きだったりしまして、屋台でたこ焼きだとかかき氷だとかを食べながら歩いたり、狐のお面をつけて歩くのも好きなんです。
そして、最後に花火まで見て帰るってのが毎年恒例の行事なんですよ。
そういう雰囲気をひっくりくるめてお祭りの醍醐味だと思ってます。
お友達を周るのもいいし、恋人と周るのもいい。家族とだって楽しめる、それがお祭りのいいところだと思ってます。
今年もお祭りに行くのが楽しみです。
あと、そうですね……夏の一番好きなことはやっぱり雰囲気ですかね。
青春って言葉がありますが、それを思い浮かべたときに一番雰囲気が近いのって夏なんですよ。だからそういう、ザ・青春みたいな曲を聴きながら山登りをしたり海に行ったり、そういうイベントを楽しむだけで、満たされる気がします。
まぁ、暑すぎるのはそれはそれで嫌なんですけどね。
お便り、ありがとうございました。また、お願いしますね。
さて、お便りコーナー、もっともっともっと引き伸ばしたい気持ちはありますが、今回も時間が押していますので、ここらへんで次のコーナーに移らせていただきますね。お便り、ありがとうございました。またよろしくお願いします。
ということで続いてのコーナー。『可惜夜の独り言』ー!
このコーナーでは私、モミジの近況や疑問に対して、独り言を挟みながらお話していくコーナーになっております。
ということで本日のお題、『夏に行くなら山か、海かー!?』
なんか、こう、あれですよね。リンゴか梨かとか、夏か冬かだとか、うどんかそばかとか、こしあんつぶあん、米パン、猫犬……と派閥が割れそうな話題です。
ただ、一つ条件が限定されています。そう、夏です。夏に行くならという話です。
僕は個人的に景色を眺めながら自然に触れあえる山が好きなのですが、夏に山登りだなんて、考えただけで暑苦しくて死にそうです。
だから海、と言っても、割と夏の水難事故は意外と多いらしいので怖いんですよ。
まぁ、山は暑いし、海は危ないしで結果的にどっちもいかなくていいじゃんみたいな話になりそうですけれども、でもよく考えてください。
夏という単語を聞いて、少なからず海で泳いだり山でキャンプしたりする光景は少しだけでも思い浮かぶのではないでしょうか。思い浮かびますよね? そうですよね?
だから僕の中では少なくとも海山は夏というイベントに入るべき部類だと思ってて、そういうことで今回のお題に選んだのもあるんですが。
これも意見が分かれるお題なんでしょうね。こういうお題にはたまに過激派がいるので出来れば触れたくはないんですけどね。じゃあなんで選んだんだって話にはなるんですが。
浜辺でスイカ割りするのも、山で虫取りするのもどっちも捨てがたいですよね。
まぁ、夏でしか楽しめないイベントもあるので、そこらへんは食べて、めぐって、楽しみたいものですね。
あ、あとお金貯めないと。ちょっと貯金が底をつきそうですから。
さて、私のお財布事情にも少しだけ触れたこのあたりで終わりの時間が近づいてきました。
夏休み、まだまだ始まったばかりですので、これから楽しんで行きたいですね。
次回の放送に関しましてはまた後日告知させていただきます。
ということで今日の一言、『暑さ対策は忘れずに!』
それでは皆様、また次回の可惜夜でお会いしましょう!
「さて、と」
お便りを封筒に戻して、今日はいつもより早めに施錠した放送室を後にする。
廊下に駆ける音が響く。どうやらいつの間にか走っていたらしい。
階段を駆け下り、一階、一年教室棟に向かう。
一つ一つ、中の様子を確認していく。
その中で、月明かりに照らされて、椅子に座る女子がいた。
肩ほどまで髪を伸ばした彼女はこちらに気づくと、急に立ち上がり、すぐに逃げていこうとする。それを縋る思いで引き留めた。
「待って、名前教えてよ」
「……
「やっぱり……」
自分の中では、おそらくこの子が二人目のリスナーさんだ。
「あの……すみません! 勝手に聞くつもりはなくて……」
「いやいや、謝ることなんてないよ。寧ろ驚かせてしまってごめんね」
「いえ……その……」
語部さんは何処かたじろいでいるようだった。
「……一カ月くらい前に学校にとても大事な忘れ物をして忍び込んだ事があって……いけないことだとは分かっていたんですが……その時にいきなりラジオが流れ始めて……そこであなたのことを知ったんです」
「あ、あはは……」
なんだろう、このどこか初対面じゃないわけではないけれど、何かを忘れている感じ。
…………そうだ!
「もしかして、放送部に入部した?」
「あっ、はい」
「なるほどね。だから名前に聞き覚えが……」
「そうですね、取り敢えず副部長……? の方から色々聞きました」
「なら問題ないね。奈々木はへらへらしてるところはあるけど仕事はきっちりする人だから」
「そうなんですね」
「……あっ、やべ、佐藤さんに鍵渡さないと。語部さんももうそろ施錠されるから出たほうがいいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、お便りありがとう! じゃあね」
再び、廊下を駆け出した。
「ちょっと遅かったね。何かあった?」
「あー……いいえ、何も」
「ふーん、まあいいよ」
何となく隠しておいた方がいいんじゃないか、そう思った。一応表面上は忍び込んだことになっているわけだから、見回りとしては学校に報告すべき問題。だけど、それを追求しないのは温情なのだろうと悟った。
「じゃあね、また楽しみにしてるよ」
「はい!」
そうして僕は帰路に着いた。
……よくよく考えてみたら語部さんの挑戦とは放送部への入部ではないだろうか。
金曜日にお便りに回答して、そこから三日後に行動するだなんて……。
…………そうかぁ……。
家に着き、布団に潜り込んだ後、『放送部グループチャット』にメッセージを送信した。
「どういう風の吹き回しですかー?」
「まぁ、いいじゃないか」
今僕は、放送部室に来ている。
今日は深夜ラジオではなく、放送部としての活動のためだ。
放送部、現在部員十一名、
活動内容はイベントでの司会進行、行内での放送活動、そして……。
「じゃあ取り敢えず名前を書いてくださいね」
「あぁ」
差し出された一枚の用紙に自分の名前を記入した。
「……はい、これで全員かな。部長が最後でしたよ。一年生も書き終わってましたし」
「そうなんだな」
放送コンテスト参加部員名簿。もう後には引けない。でも、これでいいんだ。
「よし、はい注目!」
放送室に群がる部員に聞こえるような声量で声をかける。
「夏休みに申し訳ないけど、秋の放送コンテストに向けて少し練習したくてね……。この感じ、放送部に入った人殆どが放送コンテスト目当てだと思うから、頑張って。概要に関してはホワイトボードに貼っておくから目を通してね」
部室に大きな返事が響き渡る。
「よし、じゃあ各自練習に励んで。課題の原稿に関してはここに置いておくから」
そうして、用紙やホワイトボードの前には人が並んだ。
「皆凄い熱心だな」
「まー、全国の放送部の中でのメインイベントっすからねー」
「そうか……そうだよな……」
奈々木は僕の顔を覗き込んで言葉を漏らした。
「部長、今更私がこんなこと言うのもあれですけども無理して出なくてもいいんすよー?」
「いや、大丈夫だよ」
笑顔混じりにそう返した。
少しだけ騒々しく感じる放送室の中、こちらに視線を向ける部員がいることに気が付いた。
「あっ……ちょっと席を外す」
「はいはーい」
「語部さんも出るんだね」
「あっ、はい……一応そうです。もともと放送やってましたので……」
「そうなんだね」
誰もいない教室に入り、何気なく窓を開けてみる。
暑い空気が入り込んでくるが、気にも留めずに言葉を口から放つ。
「あの、日方さんは何故ラジオ放送を始めたんですか?」
「あー、えっとね、将来自分でラジオ放送をやってみたいからかな。今はその練習みたいなものでやらせてもらってるの」
「そうなんですか、凄いですね」
「そんなものじゃないよ。逆に語部さんはどうして放送部に?」
「えっと……私が一番最初に挑戦したのが放送部で……それを未だに続けているだけですよ」
何処と無く、彼女の言葉の節々に自分との距離感を感じた。
触れてほしくないところに触れてしまったのか、それとも、僕と彼女の関係性が独特なものであるからか。結局、彼女に聞いてみないと分からない。けれど、それは今ではないということだけは分かった。
「あのさ、あのラジオ放送のことは他言無用にしておいてほしいんだよね」
「……どうしてですか?」
「んー、わからない。けど、何となく、自分に自信がないんだ」
「……わかりました」
「お願いね」
……本当は自分の中で分かっている筈なんだ。
それを自分で隠してしまうということは、つまりそういうことなんだ。
「じゃあ部室に戻ろう、語部さんも練習しなきゃでしょ?」
「はい」
「なんですか、部長、あの新入部員に気でもあるんすか?」
奈々木は薄ら笑いを浮かべながら僕の顔を覗き込む。
「そんなんじゃないよ」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ」
「そうですかー、まぁいいですよ。ちなみにもうそろそろ時間です」
「おっと、そうだな」
時計を見ると、既に十二時を過ぎたあたりだった。
「ということで今日の部活はこれまで。夏休みは定期的に部室を開けるようにするけど、各自家でも練習してください。それじゃ、解散!」
その掛け声と共に、列を作って放送室から出ていく。
アタラジー!
世界も寝静まった夜更け、そんな中で何となく寝付けない。そんな誰かに可惜夜を過ごして貰うための夏休み特別版二十一時個人放送アタラジ。皆様こんばんは。今夜もアタラジのパーソナリティを私、モミジが務めさせていただきます。
夏休み特別放送アタラジ、第二回目の放送となります。
夏休みが始まってすでに半分が過ぎ去ろうとしていますが、リスナーの皆様におかれましてはいかがお過ごしですか?
僕は、先日丁度お祭りに行きました。今年はかき氷とりんご飴を食べましたよ。それで最後に大きな花火を一発見てきました。
いやー、やっぱり夏といえばお祭りですよね。とても楽しかったです。
それに丁度夏の部活動もスタートして、秋の大会に向けて準備が進んでいる状況となります。
僕も出場する予定ですので、今家でも練習を重ねている状況です。
まぁ……頑張るということはとても楽しいですね!これからも気合を入れて、部活も、夏も、このアタラジも頑張っていこうと思っております。
さて、この放送は主に私のぼやきを基に進んでいきます。
反応等、とても励みになりますのでよろしくお願いします。
ということで、本日もお便りが届いております。
今回で三通目ですね。
では、早速やってまいりましょう。 最初のコーナー、『ふつおた』ー!
こちらでは先程の通り、番組に届いた普通のお便りを読んでいこうというコーナーでございます。
それでは張り切って読んでいきましょう。
ということで、ラジオネーム、サクラの花筏さんからのお便りです。毎度、お便りありがとうございます。
『こんばんは。今回もお便り失礼します。』
はい、こんばんは。お便りありがとうございます。
『前回のラジオから、あることに挑戦して、今でも少しずつ研鑽を積んでいる途中です。これからも頑張ります。』
なるほど。続けて頑張ってください。
『さて、モミジさんは今何か、特に頑張っていることはありますか?』
今……頑張っていることですよね……。
…………。
すみません、ちょっとだけ考え事をしてしまいました。
今頑張っていることはこのラジオですね。毎日話す内容を考えて、台本を作って……。
簡単なように見えて少し難しかったりして……。
でも楽しいです。
こうやってお便りを読んでいる時間も、効果音のスイッチを押している時間も。僕の人生の中でかけがえのないものであると思っています。
……すみません、このお便りはここら辺で回答を終わらせていただきます。大変申し訳ございません。
ここらへんで次のコーナーに移らせていただきますね。
サクラの花筏さん、ありがとうございました。
ということで続いてのコーナー。『可惜夜の独り言』ー!
このコーナーでは私、モミジの近況や疑問に対して、独り言を挟みながらお話していくコーナーになっております。
ということで本日のお題、『お祭りで何を買うー?』
お祭り、沢山の屋台がありますよね。花火を楽しむのもいいですが、やっぱり食べ歩きが醍醐味!
ということで、今回はお祭りで何を買うのが最適解か、突き詰めていきたいと思います。
お祭りにあるのはー、かき氷だとかたこ焼きだとかお好み焼きだとかですけれども、何を買うべきなんですかね。それに近年では謎のドリンクが売ってあったりしますよね。
とりあえず僕はかき氷大好きな人間なのでお祭りではかき氷を買います。あの冷たい感じと甘いシロップが最高なんですよね。頭が痛くなるのも風物詩です。
……まぁこういうのは人によりますかね。
ということで、本日のラジオもここらへんで終わらせていただきたいと思います。聴いてくださったリスナーの皆様、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。さようなら。
「……あ、今日の一言忘れた」
まぁいいか、と心の中で何故か落ち着いてしまう。
……別に、楽しくなかったわけではない。
……楽しかった筈なのに……。
何処か心の中で心残りがこびりついて離れない。何か他のことをしようにも手につかない。そんな日が続いていた。
だからこうしてまた、ラジオをしてみた。
だけどダメだった。
特にお便りの部分。
サクラの花筏さんが語部さんだと分かってしまってから、お便りに対して、アタラジのパーソナリティーであるモミジとして返すことが出来ていない。そう自分でも分かった。
…………。
暗い廊下、重いため息が漏れる。
いつものように玄関で佐藤さんに鍵を渡す。
「そういえば、今日は短かったね。それに、今日の一言もなかった。どうかしたのかい?」
「あ……あー、いいえ、何も」
「そう? 何かあるのなら相談してくれていいんだよ?」
「……もしかしたら、ラジオ放送をやめるかもしれません」
その言葉に対し、佐藤さんは一瞬、目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「そう、少し寂しいけれど、君が言うのならそれでいいんじゃない? 僕に止める権利は無いからさ」
「……はい」
なんとなく、申し訳ない気がした。一番初めのラジオから聞いてくれていた人、そんな人に、そんなことを言うことの苦しさに、言葉が出てから気が付いてしまった。
「では、また……」
校門を出たとき、後ろから走ってくる音が聞こえた。
「部長!」
振り返った時、見知った顔が視界に飛び込む。
「……語部さん……」
「少し公園で話しませんか?」
「さっきの話、本当なんですか?」
「……あぁ、聞いてたの」
ベンチに座っている自分に、語部さんは五百ミリリットルのペットボトル水を差しだした。
「喉、乾いてるでしょう?」
「あぁ、ありがと。後輩におごらせるだなんて、先輩失格だな」
「それより、なんで辞めちゃうんですか」
「……」
言葉が口から出てこようとしない。
「……放送コンテスト……ですよね……」
何も言い返せないほどの図星だった。
「……誰の入れ知恵かな?」
「副部長に聞きました」
「あぁ、あいつかぁ……。意外とやるときはやるんだな」
「……先輩、練習進んでませんよね? 部活で練習してるとこ、一度も見たことないですよ」
「あはは、バレちゃった? ……どこまで聞いたの?」
「……去年の放送コンテストできつい思いをしたってことくらいしか……」
「……そっか」
水を一口だけ口に含み、言葉の通り道を作る。
「……去年、僕は放送コンテストで四位だったんだ」
「凄いじゃないですか」
「いいや、凄くないんだよ」
少しだけ、ため息が漏れてしまう。
「……去年、僕は寝る間も惜しんで練習に明け暮れた。誰よりも頑張ったんだ、三年生よりもね。生きることに必要な時間以外は、全てね。語部さんはそういうこと、ある?」
「……」
「……あぁ、あるか。一年前は受験生だもんね。ここ、第一希望でしょ? ちょっとだけ、いい学校だもんね?」
語部さんは下を向きながら話を聞いている。
「……どれだけ努力しても、去年、僕の努力が実ることはなかったんだよ。僕の目指すところに届かなかった。そこからかな、何をすることにもやる気がなくなってしまってさぁ。もしかしたら、そんな中で少しでも気を紛らせるために始めたのがこのラジオだったのかもね」
「……そうですか」
「うん。それでね、もうどうでもよくなっちゃったの、どこかプロ意識抱えながらどうせ実りもしない努力を積むことが。だからやめようかなーって。それだけだよ」
語部さんはそこまで聞くと、僕の目を真っすぐ見た。
「でも、私先輩のラジオ好きですよ」
「……えっ?」
「好きじゃなかったらこんなにお便り出し続けていません。聞いたのは数回ですが、それでも、先輩に……モミジさんに救われたところはあるんですよ」
自然と目頭が熱くなる。
「……先輩、もう一回努力してみませんか? 最後ですよ? ……恐れずに挑戦しろと言ったのはモミジさんではないですか」
彼女の真っすぐな瞳、こんな暗闇の中でもそれは輝いて見えた。
…………。
「……あーあ、こんなにリスナーに励まされるパーソナリティー居るのかな。……分かったよ」
「本当ですか!?」
彼女は目を輝かせていた。
「あぁ。一か月後に向けて、全力を出す。これでいいだろう?」
「……はい!」
「じゃあ、家に帰るよ。また頑張らないといけないんでね」
「わかりました! ではまた!」
「うん……」
僕は電灯に照らされる公園を出た。
帰り際に聞こえるか分からないほどの声で呟いて。
「ありがとね……」
アタラジー!
世界も寝静まった夜更け、そんな中、何となく寝付けない。そんな誰かに可惜夜を過ごして貰うための二十三時個人放送アタラジ。皆様こんばんは、そしてお久しぶりです。今夜もアタラジのパーソナリティを私、モミジが務めます。
前回の放送からかなりの時間が経ってしまいましたね。前回は夏休み中……だから八月ですね。そこから半年以上たったことになります。かなり期間が開いてしまった事をお詫びします。申し訳ありませんでした。
そして、実は皆様にお知らせがあります。久しぶりの放送ではありますが、この度、この放送を持ちまして、一旦のラジオ活動を中止することになりました。今まで聞いてくださった数少ないリスナーの皆様、ありがとうございました。今回は、最後のラジオではあるんですが、僕の近況を短めに話させていただきます。
僕は数か月前、放送部として、放送コンテストに出場しました。とある方に背中を押されて、頑張ってみたんです。
結果は、二位でした。
正直なところ、一位がとりたかった。去年もそうでした。
悔しいところももちろんあります。涙も流しました。
でも、良いんです。これも僕の中での大切な思い出になったんですから。
そこから僕はとあることを決心しました。
僕は、自分のラジオ放送を作って、全国放送に持ち込みます。
できるか分からない、叶うか分からない夢ではありますが、やってみようと考えています。
そのためにラジオを一旦ここで終わらせる次第です。
ですが、寂しくはありません。またいつか、皆様に会えるのかもしれないのですから。
それに、僕の後は誰かが必ず継いでくれます。
その時を、お楽しみに。
ということで、今までありがとうございました!
それでは、最後の一言。『努力は実らなくてもいい!』
それではまた!
卒業後、最後のラジオ。
いつも通り、最後の鍵を閉める。
佐藤さんに挨拶を交わした。
佐藤さんはただ一言。
「卒業おめでとう」
そう言ってくれた。それだけで十分だった。
卒業証書と放送のメモを片手に校門を出る。
昨日できた水たまりには朧気な月と、桜の花びらが浮かんでいた。
「アタラジー!」
「世界も寝静まった夜更け、そんな中、何となく寝付けない。そんな誰かに可惜夜を過ごして貰うための二十三時全国放送アタラジ。皆様こんばんは。今夜もアタラジのパーソナリティを私、モミジと」
「サクラが務めます!」
ラジオネーム 暁明夕 @akatsuki_minseki2585
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます