第6話 お姉さんの秘密 溶ける鈴の音と、心の音


※夢の中。

鈴虫の鳴き声が遠くに聞こえる。


???「寂しい。言い伝えでは山の女神は、番を得たことになっている。けれど、そんなことは一度もない。人間たちの言の葉によって女の形を成した。河童となった水難相手でも、どうにか頑張った。でも、神隠しなんて――人をさらうだなんてできなかった。いなくなれば悲しむ人がいるから。でも、山で命を落とす者は数多くいた。そんな時は失われた命の代わりに、山の実りが多くなるように、清らかな水がたくさんの魚をつれてくるように、と努めた。それだけのこと」


鈴虫の鳴き声は次第に、小さな鈴の音に変わっていく。


???「神隠しなんて言われても気にしなかった。人々は悲しみに理由をつけたがる。けれど、番というものが欲しくないと言ったら嘘だ。人を見ていると思う。羨ましかった。多くが夫婦になり子をなし家族となる。家族とならずとも人には友がいる。けっして人は独りではない。村人たちは神を敬い恐れ、山奥にやしろを建ててくれた。定期的に掃除をし台風でうち壊されれば何度も建て直してくれる。崇め敬い、大切にしてくれる。大切な神様として。そこには人と神様の隔たりがあった。寂しかった」


???「――わたしはなぜ独りなの? 温もりというものを知ってみたい。わたしの声を聴いて、わたしを見て、わたしと言葉を交わして、わたしに触れてほしい。わたしも触ってみたい、楽しくおしゃべりしてみたい。今まで見ていただけのことを、様々な営みをやってみたい」


???「頑張ったから、ちょっとだけご褒美がほしかった。神様への供物、捧げものではなくて、人々の間に入ってみたかった。少しの間でもいいから。夏の終わり……お祭りまでのわずかな間――夢のような時間だった」


時おり小さく鈴が転がる音がする。

あまねは眠っている様子を見守りながら、


あまね「この三日間ほんと楽しかったなぁ。やっほ~って、わたしが呼びかけたら、不信がりながらも言葉を返してくれて。もうほとんど誰もわたしの姿を見ないし、声も届かないと思ってた。それなのに、キミのおかげでお願いが叶っちゃったよ。」


あまね「ありがとね……さよなら」


鈴の音が聞こえなくなる。


※しばらく間を置いてから(現実の畳の寝室に戻って)


突然手を握られたあまね。


あまね「(小さく驚いて)ひゃぁ!? ど、どうして……急にお姉さんの手を? わたしが触ってほしいって言ってた、から……? え!? ウソウソ……というか、今の、全部聞こえてたってこと!? まさか夢うつつだから、キミと繋がっちゃってたの……?」


あまねは羞恥のあまり、布団を叩いたりジタバタする。


あまね「あーー、うーー、あーー、うぅ……恥ずかしい。年下の子に赤裸々せきらら告白を聞かれちゃった……お姉さんとしての威厳がぁ……」


あまね「最初からそんなものない? ひどい、ツッコミ鋭すぎでしょ……! もう少し手心を……神様とは思えないポンコツぶり? ――もう返す刀で切らないでぇ、致命傷だよ……神様だけど」


あまねは布団の上に座り直して、


あまね「(落ち込み気味に)キミはお姉さんに対してヘントコとかポンコツとか……辛辣だよね。これでも山の女神様なんだよ。あ、やっぱり神様扱いしないでほしいかも……。」


あまね「今のわたしが情緒不安定なのはキミのせい……! コッソリさよならしようと思ってたのにさ。うぅ……勝手にいなくなるのはさよならじゃない? 初対面で超馴れ馴れしかったくせに……仲良くなったと思ったら消えるのは、距離感バグったコミュ障……? 待って待って辛辣を越えて、もう毒だよねぇ……(ふざけた感じで)お姉さん悲しい」


あまね「ううん、悪いのはわたし。キミにそう言われても仕方ないことをお姉さんはしました……本当にごめんなさい。まだ夜も明けきってない変な時間に起こしちゃったし……こんなダメダメなお姉さんですが、どうしたら許してくる?」


あまね「ひとまず寝たい? まあ、そうだよね……眠いよね」


主人公が近づいてきて、すぐそばに寝転がる


あまね「(驚き)ちょ!? そっちからお姉さんに急接近だなんて、なんで……勝手にいなくならないように? う……キミがこんな近くで寝てるとお姉さん我慢できなくなって、ギューーーーってしちゃうかもしれないよ? 朝までずっと……キミはアレだよ、抱き枕状態だよ?? いいの?」


あまね「いいんだ。えへへ……いいんだ。それじゃもう一度寝よっか」


あまねに抱き枕のように抱きしめられる。あまねの心音がかすかに聞こえてくる。


あまね「(息遣い)………………」


あまねの心音と息遣いだけが聞こえる。


あまね「え? うるさい? お姉さん何もしゃべってないけど……わたしの心臓の音?? え、わたし神様だしそもそも生き物ですらないから、心臓ないはずなんだけど……トクントクンって言ってるんだ、わたしの心臓」


あまね「うーーん? キミがわたしのことを人間と同じような存在だと想ってくれたから……なのかな。神様は人間の願いや想いに影響されて姿かたち、在り方を変えていくから」


あまね「そうだよ、責任重大なことをキミはしたんだよ。責任取って――なんて言わないよ。かわりに、たまにはあまねお姉さんに会いにきてくれると嬉しいな」


あまねに強く抱きしめられ、


あまね「(ささやき)ねぇ、お姉さんの心臓の音ってどんな感じ?」


あまねの心音に耳を傾けて、


あまね「さっきよりゆっくりで、聞き心地いいんだ。それなら寝られそうなのかな。心配しないで、もう勝手にいなくなろうとしないから。だって、せっかくの抱き枕を手放すわけないでしょ♪」


あまね「(ささやき)ほーら、もう目をつぶって。お姉さんに身を任せて」


あまね「(息遣い)………………」


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