第5話 お姉さんが添い寝しながらしてくれるお山の話


夜。畳の寝室にて。あまねは添い寝しながら


あまね「キミが一緒の部屋で寝たいなんて言われた時はちょっとびっくりしちゃったよ。お姉さんを驚かせるなんてなかなかの策士だね。いいのいいの、嫌じゃないっていうかすっごく嬉しかったし。明日には帰っちゃうから、もっとお話したいなんて言われたらね」


あまね「添い寝してとまでは言ってない? ダメです、添い寝が絶対条件。だって、なんかこうドキドキして楽しいじゃない? ――あ、徐々に離れていくの禁止。そんなに離れてたら添い寝にならないでしょー?」


あまねは布団をポンポン軽く叩いて


あまね「もっと近づいて。うんうんそんくらいがいいかな、キミの顔もよく見えるし。それでどんなこと聞きたいの? え……お祭りの時ちょっとだけ触れたお山の神様の話? 本当に聞きたかったんだ……。そんなに楽しい話じゃないかもよ?」


あまね「神さまとか妖怪の話、好きなんだね。期待に沿えるか分からないけど、わたしが知ってること話したげる」


あまねはオホンと一度咳ばらい。

※ややゆっくりな速度で淡々とあまねは語っていく。


あまね「この山には女の神様が祭られてるの。山が豊かな実りをもたらしますように、川が枯れることも荒れることもありませんように――そんな願いを込めて、昔の人々は山を崇めた。こんな感じの――山が多いこの国にはどこにでもありそうな信仰……だけれど、願いをたくさんたくさん受けて神さまになったお山はできるだけのことを頑張った。いつからか、山の神様は女神だと人の口の端に上るようにになり、人でもない存在だったのに女になった」


リーンリーンと鈴虫の鳴き声がときどき聞こえる。


あまね「そう――神さまも妖怪も人の怖れや親しみを持って言葉にし、声に乗せるから生まれ落ちるモノ。川で人が命を落とせば河童のせいで言われたら、山の神様は河童を懲らしめたりしていた。神さまも女性の姿をして山を歩くことがあった。理由はもうわからない。女になったことで人恋しくなったのか、敬ってくれる人々と接触してみたくなったのか。ただ遠くから見ているだけだった。だけど……ある時からこんな噂がされるようになる。」


あまね「冬山で黒髪の艶やかな女に出会う。若く美しい女、白くシミ一つない肌、上等な生地仕立ての着物。どれをとっても葉が落ちた寂しい山の中にいるわけがない。物の怪か? いやでも、何もしてくることもなく何の不思議もなく家路につく。ああ、きっとありゃあ山の神様だ、あの見目も神様なら納得だと。じゃあ、なんで神様が冬山に? つがいにする相手でも探してるんだ。春になると、トントントントン、トントントントンと戸を叩く音がする。人が叩くにしても春風にしても妙な音。ただ開けてみると、だーれもいない。開けた者が若いもんだったりすると――」


それまで聞こえていた鈴虫の鳴き声が消える。


あまね「(ささやき)みーつけた」


あまね「姿を見えず影も見えず若い女の声だけは聞こえることがある。こんな時はけっして聞き返したり声を出してはいけないよ。聞こえなかった振りをしてそのまま戸を閉めるんだ。でないと、強い縁ができてしまうから。縁を結ばれた者は祭りが終わった頃にふといなくなる……神隠しをこの山じゃあ『山の神様に見染められた』――そういう風に言い伝えられてきた。時代がくだり、山で目撃される時の装いも変わる。着物から洋装へ、白いワンピース姿を見たという人も……」


あまねは普段の調子に戻って、


あまね「そして、神隠しがあった後はしばらく村は豊作が続く、なーんてオチもあったかな? この山に伝わる伝承はだいたいこんな感じ。面白かった? それとも……ちょっと怖かった?」


あまね「そっか……聞けて良かった、か。キミにそう言ってもらえるなら、話した甲斐があったよ」


あまねは立ち上がろうとして


あまね「よいっしょっと……。そろそろ電気消すよ~。明日でお別れになっちゃうのはちょっと寂しいけど、夜更かしは健康に良くないからね。可愛い少年少女の成長を見守ること。それが、あまねお姉さんのお仕事ですし!」


あまね「ああ……大っきな声出しちゃって、ごめん……ついね。それじゃあ……」


あまねは部屋の灯かりを消す(古いタイプの室内蛍光灯で、紐を引く音がする)


あまね「(ささやき)お休みなさい」


鈴虫の鳴き声が聞こえて、徐々に小さくなっていく。

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