準決勝当日はこの夏1番の暑さだった。

10組まで残るとは風夏としては、もうすでにすごいと思うのだが、3人はその先しか見ていない。

「で、今回もジャージなんだな」

洋人があきれ顔でこっちを見ている。

「だって・・・これが一番落ち着くんだもの」

風夏がそういうと、「まぁまぁ」と陽樹が間に入っておさめると会場に入る。

もちろんというべきか、Winter soulも会場にいる。

今回の演奏は2次予選での順位が低い順番に演奏をしていく。

「俺らは後ろから2番目か。やっぱろ最後はあいつらか」

Winter soulが最後だ。

洋人は悔しそうに、Winter soulにメンチを切っている。

「まぁまぁ、最後に勝てばいいんだし」

陽樹がそういうと、「その通りだ。俺は負ける気はねぇ」と洋人はギターを強く握りしめた。

「2次予選で2位だったなんて、すごいよね」

風夏が拓海に小さな声でいうと、拓海はコクと頷いた。

「でも、優勝しかないんだものね。頑張らなきゃ」

萌え袖で顔を隠しながら、拓海も「優勝する」と小さくつぶやいた。

準決勝が始まり、次々と演奏していく。

「俺らは俺らの最高の演奏をするだけだ。周りは関係ねぇ」

洋人が手の甲を差し出すと、すっと陽樹、拓海、風夏と重ねていく。

「やるぞ!」

「おーーーー!」

そして準決勝でも最高の演奏をして、「楽しかったー」と風夏は帰ったのだが、翌々日の朝起きてLINEを見ると、見たことないくらい通知が来ている。

LINEを開くと、真海や昔仲良くもないのに強制的にLINE交換した人までたくさんの人あらメッセージが来ている。

何事かと思ってメッセージを見ようとしたら、ちょうど真海から電話がかかってきた。

「もしもし・・?」

「風夏―!どういうことよ!聞いてないし、松崎とは関わらない方がいいって言ったのに!」

真海は開口一番からこちらをしゃべらせないくらい話してくる。

とりあえず、状況を確認するため、近くのカフェで会うことにした。

カフェに向かうと、真海はむすっとした顔で座っている。

「ごめん、・・・バンドのこと言ってなくて」

「別にいいよ、風夏が何したって自由だしさ。私に報告する義務はないし」

そう言いつつ、真海の態度で絶対別にいいと思ってはないのがわかる。

「いやーなんていうか、松崎君にバンドに入らないかって言われて演奏しているうちに流れでこうなったっていうか・・・」

「・・・松崎は危ない奴だっていったのに」

「でも、でもね、松崎君の頭の中99%音楽で、残り1%でご飯とか最低限の生活に必要なしているような人だよ。だから悪いこととかしてない、というかできないと思う」

アイスコーヒーの氷がからんと音を立てる。

「信用できると思う」

「・・・はぁ」そういうと真海はにこっと笑った。

「もう、ちゃんと教えてよ。応援したのに」

「・・・真海」

「応援するに決まってんじゃん。風夏はいつも私を応援してくれたから、今度は私に応援させてよね。早速、票入れちゃった」

真海は、バンド大会のHPを見せながら、にかっといたずらっぽく笑った。

「そういえば、真海はなんでそのバンド大会のこと知ったの?」

「それは・・・」


「ちょっとどういうこと!」

「どうしたの?風夏ちゃん」

「これ見て!」

LINEでsummerblueを応援しようとHPのURLを貼ったメッセージが送られており、一番下には最低でも3人にはこれを送ることと書かれている。

インスタやXでもどうやら拡散されている。

もちろん、HPに貼られた映像にはジャージ姿の風夏も映っている。

それをみた友人たちから一斉にメッセージが届いたのだ。

「松崎くんでしょ!こんな最低でも3人に送ることとか不幸の手紙みたいなやり方して」

「別に俺らに票をいれろとか書いてねぇだろ。まずは見てもらわないと話しにならねぇから拡散しただけだ。なんか困ることでもあるのか?」

「いや、別にないけど」

「人に見られて恥ずかしい演奏を俺らはしてねぇだろ」

「そうだけど・・・」

「そんなことより、これ見てくれ」

Winter soulの票数は、投票開始して4時間ほどですでに300を超えている圧倒的1位だ。

洋人がWinter soulの映像を流す。

今まで演奏に影響がでないように見てこなかったので、初めて見ることになる。

「すご・・・」

その一言しか出なかった。

演奏のレベルが高いのはもちろんのこと、ボーカルのハイトーンボイスに圧倒的な声量、曲も一度聴いたら忘れないようなキャッチ―な歌詞、音楽だ。

「この人たちと勝負するの?」

風夏がそういうと、さすがの洋人も黙っている。

圧倒的な実力の差だ。

「とりあえず、練習しようよ。ね?」

陽樹の声で練習を始めるが、明らかに全員身が入っていない。

(これが才能の差なのだろうか)

ここまで圧倒的に力の差を見せつけられると、どうやっても勝てる気がしない。

どれだけ努力してもどうにもならないことがある。

それでも―。

練習を早めに切りあげて、無言で洋人は帰って行った。陽樹や拓海もそれに続いた。

風夏はもう少し練習して帰ると一人残ることにした。

Winter soulには、キーボードがいない。

(私が頑張ればなにか突破口になるかも)

洋人から渡された新曲の楽譜をみて、音を頭の中に叩き込んでいく。

鍵盤に手を重ねる。

深呼吸をすると、弾き始める。

何度も弾いてはアレンジを加えて変えていく。

どれだけ実力の差があっても、周りが無理だと言っても、諦めるわけにはいかない。

真海も応援してくれている。

そろそろ帰ろうかと考えているとがちゃっと扉が開いて、洋人が入ってきた。

「まだやってたのか?」

「そうだよ、決勝まであと少しだし」

「・・・だな」

「あのさ、優勝諦めたりしてないよね?」

「え?」

「言ってたよね、優勝しかないって。それで私をこのバンドに引っ張り込んだんでしょ?ちょっと上手い演奏聞いたからって優勝諦めたりしないよね?」

「ちょっと上手い演奏って」

「世の中、もっと上手い演奏する人なんてたくさんいるよ。そんな人に出会う度に諦めるの?私はここまできて、諦めるなんて絶対イヤ。私は勝つ方法を考える」

もう一度キーボードの鍵盤に手を重ねる。

アレンジを加えた新曲を全力で弾いていく。

優しく強く、切なく楽しく―。

洋人のギターの音が重なり、洋人の歌声が響く。

ガチャとドアの開く音がして、陽樹と拓海が入ってくる。

ベースとドラムの音も加わって、曲が、音楽が完成していく。

曲が終わると、「うわぁあああああああ!」と洋人が叫ぶ。

「やっぱり俺も諦めきれねぇ!」

「洋人・・・」

「絶対優勝するぞーーーー!」

「おぉおおおおお!」

4人の大きな声が響き渡った。


「ねぇ、何時だと思ってるの?」

遅くまで練習して帰ると、玄関に仁王立ちした弟が立っている。

「えーっと、23時?」

「うちの門限は?」

「・・・21時?」

「で、今は?」

「・・・23時です」

「何やってんの!」

「いや、勉強をね、真海のところで」

ぐっと弟にスマホを見せられる。

バンド大会のHPだ。

「ほー、バンドの勉強ですか。家族に嘘ついて、何してんだよ、姉貴」

「いや、それは・・・」

「まぁいいじゃないの」奥から母親が出てくる。

「母さんは黙ってて。家族に嘘つくなんて」

「素直に言えない環境にしたのは私たち、いや母さんのせいだから」

「お母さん・・・」

「それにあんたも素直になりなさい。応援したいんでしょ?お姉ちゃんのバンドに票入れてたじゃない」

「そ、それは」

「さ、風夏座って」

母親に促されて座ると、紙袋を渡される。

「母親らしいことずっとできなかったからね」

紙袋を開けると、新しい服が入っている。

「これステージ衣装にいいかなと思って買ってきたのよ」

「姉ちゃんはジャージがいいんじゃ?」

「そんなわけないでしょ。服が欲しいとか言えないから、ファッションとか美容とか興味ない振りしてただけよ。年頃の女の子が全く興味ないわけないじゃない」

「・・・気づいてたの?」

「当り前でしょ、母親だもの」

風夏は母親に抱きついた。

「母さんね、今度こそ仕事見つけたの。今までずっと仕事続かなくてあんた達にがっかりさせてきたから、ちゃんと続けられる仕事って自信がもてたら言おうって決めてたの」

「母さん・・・」

「あんたももう普通の中学生男子に戻りなさい。母親役させて本当にごめんね。これからは母さんが頑張るから」

弟は少し涙目になりながら「おせぇよ」とつぶやいた。


1週間後、準決勝の結果が出た。

得票数400票で2位だ。

やっぱり得票数800票で1位はWinter soulだった。

明日はいよいよ決勝だ。

最後の練習を終えると、仲間と街を歩く。

拓海と陽樹が「明日なー」と去っていく。

洋人と風夏が肩を並べ、無言で歩く。

「いよいよ明日だね」

「あぁ・・・」

「緊張してるの?」

「してねぇよ」

「楽しもうね」

「あぁ」

住宅街に入って、辺りは静かだ。

洋人と風夏の足音だけが聞こえる。

洋人の足音が止まる。

「風夏」

「ん?」

「バンド入ってくれてありがとうな」

「・・・何?なんか洋人が御礼なんて気持ち悪い」

「気持ち悪いってなんだよ。っていうか、洋人って」

「だって洋人も風夏って呼ぶじゃん」

「あぁ、まぁそうだな」

「ねぇ、この大会で優勝したらお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん、お願い」


翌日の決勝は晴天で暑いが空気がカラッとしている。

白のワンピースの風夏の足取りは軽い。

風夏が見つめる先には仲間たちが待っている。

陽樹が大きく手を振り、その隣で小さく拓海が手を振っている。

洋人は少し驚いた表情をしている。

「ジャージじゃないんだな」

「・・・変?」

洋人はくるっと背を向けると「似合ってる」といって会場に歩みを進めた。


1位のWinter soulの演奏が終わり、いよいよ最後の演奏が始まる。

ステージの袖で風夏は洋人に小さく囁く。

「優勝したら、約束守ってね」

「わかってるよ」

司会者がバンドの紹介をして呼ばれる。

明るいスポットライトの場所へ4人で踏み出す。


自分が主人公になることなんてないってずっと思ってた。

でも、この夏で知った。

一歩踏み出すだけで、何かに夢中になるだけで、人生は変わっていく。

そして例えこの大会が終わっても、私たちの夏はまだまだ終わらない。


洋人が一人ひとりを見て、大きく頷く。

風夏は鍵盤に手を重ねると、大きく深呼吸した。

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青と夏 月丘翠 @mochikawa_22

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