⑥
予選会場の前に行くと、ギターやキーボードを持った若者たちがたくさんいる。
「風夏ちゃん、キーボード持つよ」
陽樹がひょいとキーボードを持つ。
「ありがとう。そういや松崎君はどこだろ?」
拓海が無言で指さす方を見ると、洋人が歩いている。
白のTシャツの上から黒の半袖ジャケット、黒のパンツ姿で、いつも以上に気合の入った服装に髪形で、みんなの視線を集めている。
毎日にように会っているから忘れていたが、洋人はイケメンだ。
今日はある程度、服装を統一させるために白と黒をメインにと言われている。
陽樹は白のシャツに細いネクタイをつけ、黒のパンツ、拓海は白の半袖パーカーに黒のパンツだ。
「おい、お前なんで今日もジャージなんだよ」
風夏は白のTシャツに黒のジャージだ。
「白と黒だったらなんでもいいわけじゃねぇよ」
「まぁいいじゃない。いつもの服装の方がいつも通りの演奏ができるだろうし、風夏ちゃんはジャージでも可愛さは変わらないしね」
陽樹がにこっと笑いかけてくれる。
だが、この後会場に入っていくときに気づいた。
洋人と陽樹の顔立ちの良さでかなり目立つ。みんながこちらを見ている。
拓海も可愛らしい顔立ちに身長が180㎝を超えてスタイルがいい。
(そして私は―)
3人の後ろをジャージとTシャツで歩くマネージャーにしか見えない。
女子の視線が痛い。
風夏は憂鬱な気持ちになりつつ、予選会場の待合室に入った。
そこではそれぞれのバンドが最終打ち合わせをしている。
風夏たちのバンドの出番は15番目だ。
「今までの練習成果を出せれば、予選は絶対通る。で、風夏」
「はい?」
突然呼ばれてびっくりする。
「先に言っておくけど、他のバンドの演奏聞いて、例えすげぇと思ってもそれを超える演奏をしようなんて思うなよ。いつものままで演奏することを心掛けろ」
「あ、うん、わかった」
洋人はそういうと自分のギターの調整に入った。
「彼らは20番目か、ラッキーだね。彼らより後だと絶対緊張するから」
陽樹がそういうと拓海も頷いている。
「彼らって?」
「今回の優勝候補。Winter soulっていうバンドなんだけど、とにかく曲も歌も楽器も全部うまくてすごいんだよ。もうデビュー目前って聞いてる」
陽樹の視線の先には男性4人のバンドグループがいる。あれがWinter soulらしい。
「僕たちと同じ高校生バンドだけど、自分たちでYouTubeをやっていて、結構再生回数もいってるんだよね。今回の大会のポスターにもHPにも彼らが載ってて、知名度はそれなりにあるんだよ」
拓海もコクコクと頷いている。
「そんな人と戦って勝てるのかな」
「勝つ」
洋人がギターを調整しながら、こっちを見ないで返事をしてくる。
「前から言ってるだろ、俺らには優勝しかねぇって」
そこから2時間ほど順番まで待っていたが、なかなかの緊張感だった。
少しずつ待合室の人数が減っていく。
いよいよ次が自分たちの番になった。大会のスタッフに呼ばれて、演奏会場に移る。
「行くぞ」
洋人の声で歩き出す。
心臓がバクバクして止まらない。風夏は手の汗を何度もジャージで拭く。
ピアノのコンクールでは、そこまで緊張しなかった。
1人だったからミスしても被害を被るのは自分だけだったが、今回は違う。
メンバー全員に迷惑がかかる。
全員が強い思いでここに来ていることを知っているからこそ、緊張してしまう。
会場の前に着くと、前のバンドの演奏が聞こえる。
かなりレベルが高く聞こえる。
聞けば聞くほど心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
「風夏」
洋人がこっちを見ている。
「言ったろ?いつもの演奏をすればいいって」
「う、うん、わかってるんだけど、なんだか」
手汗どころか震えてきている気がする。
(どうしよう・・)
「俺の方を見ろ」
突然、手が温かくなった。手を見ると、洋人の手が重なっている。
「落ち着け。大丈夫だ。お前がミスしても絶対俺らでカバーする」
陽樹と拓海も頷いている。
「それにお前は俺が見込んでバンドに入れたんだ。絶対間違いない。自分を信じれないなら、俺を信じろ」
真っすぐに風夏を見ている。
「わかった」
前のバンドの演奏が終わり、いよいよ風夏たちの番になる。
キーボードを置くと、いつものように鍵盤に手を重ねる
仲間を信じればいい。
いつも通りに楽しんで演奏すればいい。
洋人がバンドを紹介して、一人ひとりを見て頷く。
その瞬間、ギターの演奏が始まり、ベース、ドラム、キーボードの音が重なっていく。
(やっぱり楽しい)
風夏はいつものように体を揺らし、全身で曲を弾いていく。
最後の一音が鳴り終わった時、風夏は懐かしい強い爽快感を感じた。
そこから3日後には1次予選通過の連絡が洋人のもとにきて、次の2次予選も問題なく通過した。
練習を終えて外にでると、夜とは思えないほど蒸し暑い。
「じゃあまた明日―!」
陽樹と拓海と別れ、洋人と風夏が並んで歩く。
なんとなく手が熱い気がする。
“俺を信じろ”真っすぐ目を見る洋人を思い出すと、顔まで熱くなってくる。
「おい、聞いてるのか?」
「へ?」
「聞いてねぇのかよ」
「ごめん、何?」
「・・・お前敬語じゃなくなってるな」
「あ、ダメ・・でした?」
「タメ口の方がいいに決まってんだろ、仲間なんだから」
「うん」
肩が触れそうなほど距離が近い。
心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
「次の準決勝は、どう戦うか考えねぇと」
「いつも通りじゃダメなの?」
「準決勝は審査員だけじゃなく、HPで準決勝の演奏を流して、一般の人に票を入れてもらってそれも得点に加算される。Winter soulと違って、俺らは知名度が全くないからな」
「え?それって問題なの?」
風夏がきょとんとした顔をしている。
「いつも通り最高の演奏をすればいいだけじゃないの?」
洋人の足が止まる。
風夏は少し前から振り返ると「知名度がなくても、最高の演奏すればちゃんと伝わるよ」と微笑んだ。
すっと風が吹いた。
「お前、ほんとに・・・」
「ん?」
「・・・お前は本当に能天気だな」
「はぁ?」
洋人が「じゃあな」と走って去っていく。
「なんなのよ」
風夏はこの後自分が本当に能天気だったことを知ることになった。
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