予選会場の前に行くと、ギターやキーボードを持った若者たちがたくさんいる。

「風夏ちゃん、キーボード持つよ」

陽樹がひょいとキーボードを持つ。

「ありがとう。そういや松崎君はどこだろ?」

拓海が無言で指さす方を見ると、洋人が歩いている。

白のTシャツの上から黒の半袖ジャケット、黒のパンツ姿で、いつも以上に気合の入った服装に髪形で、みんなの視線を集めている。

毎日にように会っているから忘れていたが、洋人はイケメンだ。

今日はある程度、服装を統一させるために白と黒をメインにと言われている。

陽樹は白のシャツに細いネクタイをつけ、黒のパンツ、拓海は白の半袖パーカーに黒のパンツだ。

「おい、お前なんで今日もジャージなんだよ」

風夏は白のTシャツに黒のジャージだ。

「白と黒だったらなんでもいいわけじゃねぇよ」

「まぁいいじゃない。いつもの服装の方がいつも通りの演奏ができるだろうし、風夏ちゃんはジャージでも可愛さは変わらないしね」

陽樹がにこっと笑いかけてくれる。

だが、この後会場に入っていくときに気づいた。

洋人と陽樹の顔立ちの良さでかなり目立つ。みんながこちらを見ている。

拓海も可愛らしい顔立ちに身長が180㎝を超えてスタイルがいい。

(そして私は―)

3人の後ろをジャージとTシャツで歩くマネージャーにしか見えない。

女子の視線が痛い。

風夏は憂鬱な気持ちになりつつ、予選会場の待合室に入った。

そこではそれぞれのバンドが最終打ち合わせをしている。

風夏たちのバンドの出番は15番目だ。

「今までの練習成果を出せれば、予選は絶対通る。で、風夏」

「はい?」

突然呼ばれてびっくりする。

「先に言っておくけど、他のバンドの演奏聞いて、例えすげぇと思ってもそれを超える演奏をしようなんて思うなよ。いつものままで演奏することを心掛けろ」

「あ、うん、わかった」

洋人はそういうと自分のギターの調整に入った。

「彼らは20番目か、ラッキーだね。彼らより後だと絶対緊張するから」

陽樹がそういうと拓海も頷いている。

「彼らって?」

「今回の優勝候補。Winter soulっていうバンドなんだけど、とにかく曲も歌も楽器も全部うまくてすごいんだよ。もうデビュー目前って聞いてる」

陽樹の視線の先には男性4人のバンドグループがいる。あれがWinter soulらしい。

「僕たちと同じ高校生バンドだけど、自分たちでYouTubeをやっていて、結構再生回数もいってるんだよね。今回の大会のポスターにもHPにも彼らが載ってて、知名度はそれなりにあるんだよ」

拓海もコクコクと頷いている。

「そんな人と戦って勝てるのかな」

「勝つ」

洋人がギターを調整しながら、こっちを見ないで返事をしてくる。

「前から言ってるだろ、俺らには優勝しかねぇって」

そこから2時間ほど順番まで待っていたが、なかなかの緊張感だった。

少しずつ待合室の人数が減っていく。

いよいよ次が自分たちの番になった。大会のスタッフに呼ばれて、演奏会場に移る。

「行くぞ」

洋人の声で歩き出す。

心臓がバクバクして止まらない。風夏は手の汗を何度もジャージで拭く。

ピアノのコンクールでは、そこまで緊張しなかった。

1人だったからミスしても被害を被るのは自分だけだったが、今回は違う。

メンバー全員に迷惑がかかる。

全員が強い思いでここに来ていることを知っているからこそ、緊張してしまう。

会場の前に着くと、前のバンドの演奏が聞こえる。

かなりレベルが高く聞こえる。

聞けば聞くほど心臓の鼓動が早くなるのがわかる。

「風夏」

洋人がこっちを見ている。

「言ったろ?いつもの演奏をすればいいって」

「う、うん、わかってるんだけど、なんだか」

手汗どころか震えてきている気がする。

(どうしよう・・)

「俺の方を見ろ」

突然、手が温かくなった。手を見ると、洋人の手が重なっている。

「落ち着け。大丈夫だ。お前がミスしても絶対俺らでカバーする」

陽樹と拓海も頷いている。

「それにお前は俺が見込んでバンドに入れたんだ。絶対間違いない。自分を信じれないなら、俺を信じろ」

真っすぐに風夏を見ている。

「わかった」

前のバンドの演奏が終わり、いよいよ風夏たちの番になる。

キーボードを置くと、いつものように鍵盤に手を重ねる

仲間を信じればいい。

いつも通りに楽しんで演奏すればいい。

洋人がバンドを紹介して、一人ひとりを見て頷く。

その瞬間、ギターの演奏が始まり、ベース、ドラム、キーボードの音が重なっていく。

(やっぱり楽しい)

風夏はいつものように体を揺らし、全身で曲を弾いていく。

最後の一音が鳴り終わった時、風夏は懐かしい強い爽快感を感じた。


そこから3日後には1次予選通過の連絡が洋人のもとにきて、次の2次予選も問題なく通過した。

練習を終えて外にでると、夜とは思えないほど蒸し暑い。

「じゃあまた明日―!」

陽樹と拓海と別れ、洋人と風夏が並んで歩く。

なんとなく手が熱い気がする。

“俺を信じろ”真っすぐ目を見る洋人を思い出すと、顔まで熱くなってくる。

「おい、聞いてるのか?」

「へ?」

「聞いてねぇのかよ」

「ごめん、何?」

「・・・お前敬語じゃなくなってるな」

「あ、ダメ・・でした?」

「タメ口の方がいいに決まってんだろ、仲間なんだから」

「うん」

肩が触れそうなほど距離が近い。

心臓の音が聞こえてしまいそうだ。

「次の準決勝は、どう戦うか考えねぇと」

「いつも通りじゃダメなの?」

「準決勝は審査員だけじゃなく、HPで準決勝の演奏を流して、一般の人に票を入れてもらってそれも得点に加算される。Winter soulと違って、俺らは知名度が全くないからな」

「え?それって問題なの?」

風夏がきょとんとした顔をしている。

「いつも通り最高の演奏をすればいいだけじゃないの?」

洋人の足が止まる。

風夏は少し前から振り返ると「知名度がなくても、最高の演奏すればちゃんと伝わるよ」と微笑んだ。

すっと風が吹いた。

「お前、ほんとに・・・」

「ん?」

「・・・お前は本当に能天気だな」

「はぁ?」

洋人が「じゃあな」と走って去っていく。

「なんなのよ」

風夏はこの後自分が本当に能天気だったことを知ることになった。

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