それから一週間経っても拓海は練習に現れなかった。

「拓海君は今日も来れないのかな?」

風夏がそういうと、苦笑いして陽樹がうなずいた。

「前にいつものことみたいに言ってたけど、いつもそうなの?」

「いつも歌詞考える時は、こんな感じだよ。明後日には出てこれるといいけど」

明後日は、バンド大会の予選の日だ。

この1次予選で20組に減らされ、2次予選で10組、準決勝で5組になり、決勝という予定だ。

「あいつは、言葉を大事にしてるんだ」

振り返ると洋人がスタジオに入ってきたところだった。

「とにかく今は信じるしかない。俺らは曲の練習するぞ」

洋人がそういうと、いつも通り練習を始めた。

この大会では毎回演奏できるのは1曲のみだ。特に1次予選は多くの人が参加するため、1曲でインパクトを残すことが求められる。

今回は一番よく演奏する曲を少しアレンジして、ギターの技術を見せる予定だ。

何度も演奏を繰り返して微調整していく。

来た時ひんやりとしていたスタジオ内も帰る時には暑くなっている。

その感じも風夏は好きで、達成感を感じる。


「今日は帰りに拓海の家行こうか」

陽樹の提案で練習帰りに向かうことになった。

珍しく洋人もバイトがないとかで一緒についてきた。

陽樹が少し前を歩いている。

夏休みのせいなのか、夜になっても街に人がたくさんいる。

友人と楽しそうに話す人、家族でファミレスに並ぶ人、仲良さそうなカップル―。

「おい」

「はい?」

「あの遊園地に行った日なんかあったか?」

洋人がヤンキー感溢れる声で聞いてくる。

“大事な人を家まで送らなきゃいけないから”陽樹がそういってくれたことを思い出すと、風夏の頬が少し赤くなった。

「なんで・・ですか?」

「陽樹には敬語じゃなくなってるし、陽樹の様子がなんとなく違う気がした」

「べ、別に家まで送ってもらって帰っただけです」

「ふーん」と言ってその後は拓海の家に着くまで、洋人は話さなかった。

拓海の家は、一軒家で、玄関回りにはお花が綺麗に植えられている。

インターホンを押すと、「はーい」と拓海のお母さんが出てくれた。

「本当にいつもありがとう」

拓海のお母さんは、拓海に似て穏やかで優しそうな雰囲気をしている。

拓海の部屋の前まで案内されると、陽樹がノックして部屋に入る

「拓海・・・?」

部屋は電気もついておらず、真っ暗だ。

パソコンの画面だけが明るくついている。

「ひゃっ」

何か足に触れたと思ってみたら、拓海が転がっていた。

「いやあああああ」

風夏の叫び声が部屋に響いた。


「拓海、あなたが悪いのよ」

拓海は母親に注意されてしょんぼりしている。

「ちゃんと謝るのよ」と言って、拓海のお母さんは部屋を出ていった。

「ごめんね、驚かす気はなくて・・・」

「全然、気にしないで。私がビビりなだけだから」

「そんなことより、どうだ、拓海?」

「うん・・・」

机の上から紙を手に取ると、洋人に渡す。

「あと少しなんだけど・・・何かもう一言ほしいんだけど出てこなくて・・・」

拓海は疲れている様子で、髪もぼさぼさで、やつれているように見える。

「ご飯食べれてる?」風夏が聞くと、「うん、食べれてるというか母親に強制的に流し込まれてる・・・」と何かを思い出したのかぐったりした顔になっている。

「拓海のお母さんは、穏やかそうだけどパワフルだもんな」

陽樹は苦笑いしながら、「思ったより元気そうで良かった」と拓海の背中を叩いた。

「それ・・・どうかな?」

拓海が洋人の方を見ると、真剣に歌詞を読んでいる。そしてしばらくすると「俺帰るわ」と歌詞が書かれた紙を持ったまま、急いで帰って行った。

「あの人は何しに来たのかしら」

閉じこもっている拓海が心配できたのに、拓海とほぼ話さずに帰るとは相変わらず洋人の行動は理解できない。

「・・・明後日だよね?」

「あぁ。予選な」

「明日には練習にいく・・・今日もう少し頑張ってみる」

拓海と少しだけ話して、「じゃあまた明日」と陽樹と風夏は帰ることにした。

「拓海君、最後はちょっと元気になったみたいで良かった」

「洋人に褒められたからね」

「え?何か話してたっけ?」

「急いで帰ったじゃん。あれは歌いたくなったからだよ」

歌詞を見て、曲に合わせて歌いたくなったから帰ったということらしい。

「会話がなくても、松崎君と拓海君は通じ合えてるんだね」

「あの2人は特別仲いいからね。俺の方が拓海と昔から仲いいのにって嫉妬しちゃうくらい」

冗談を言って陽樹は楽しそうに笑っている。

“陽樹の様子がなんとなく違う”洋人はそう言っていたのを思い出した。

確かに陽樹の笑顔が変わった気がする。

洋人は言葉も乱暴だし、あまり人のことを考えてなさそうだが、陽樹の雰囲気の違いに気づいたり、拓海と言葉がなくても分かり合えたりと、意外と人のことはよく見ているのかもしれない。


「あ、忘れた」

鞄の中にも、ポケットの中にもスマホがない。

「拓海君の部屋に忘れたかも」

風夏と陽樹は来た道を戻って拓海の家に着くと、玄関に陽樹を残して急いで部屋までスマホを取りに行く。

コンコン・・・

ノックをして「忘れ物しちゃって、ごめんね」といって入ると、拓海が真剣な表情でパソコンに向かっている。

いつもは前髪で顔が隠れているが、ピンで前髪を止めているのかはっきりと横顔が見える。

いつものような穏やかな顔と違って、真剣な表情だ。

「拓海君・・?」

風夏が声をかけると驚いた表情で慌てて、椅子から転げ落ちる。

「大丈夫?!」

「だ、大丈夫」拓海は立ち上がると、いつもの表情で「・・・これ」とスマホを差し出した。

「よかった。ありがとう」

じゃあ帰るねと部屋を出ようとして振り返ると、拓海がもうパソコンに向かっている。

「あ、あのさ、拓海君」

びくっとしながら、「はい」と風夏の方を見る。

「頑張りすぎずに拓海君の身体も大事にしてね。拓海君がいないと、あのバンドは成立しないから」

「・・・そんなこと・・・ない」

「そんなことあるよ。松崎君と陽樹君をつないだのも拓海くんだし、私が個性的な二人とやっていけるのも穏やかな拓海君が雰囲気を穏やかにしてくれるおかげだもの」

「・・・僕のおかげ?」

「そうだよ、だからちゃんと寝て、ご飯食べて明日は来てね」

「・・・わかった」

照れくさそうに下を向いている。

「あとさ、拓海くんのことでやっとわかったことがあるんだけど、拓海君があまり話さないのは言葉を大事にしてるからなんだね。大事にしてるからこそ、よく考えてしまう」

拓海が少し驚いた表情で、風夏を見る。

「それってすごく素敵なことだと思う。私も拓海君の歌詞、楽しみにしてる」

真っすぐ拓海の目をみて、そういうと風夏は部屋を出た。

拓海はなんだか頬が熱い気がして、顔に触れると、前髪が上がっていることに気づいて、さらに頬が熱くなった。


翌日拓海は練習にやってきた。

やっぱり3人で演奏するより、4人で演奏する方がいい演奏ができる。

なんとなく洋人も、陽樹も表情が明るい。

いつものように練習すると、明日の待ち合わせを決める。

「明日はいよいよ予選なんだね」

風夏がそういうと、洋人が手の甲を差し出す。

その上に拓海、陽樹と重ねていく。

戸惑う風夏に顎で手をのせろと洋人が言っている。

そっと風夏も手を重ねる。

「明日は最高の演奏するぞ!」

と洋人の大きな掛け声で「おー!」手を下げる。


今までとは違う、熱い夏が始まる予感がした。





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