④
「風夏ちゃん、コンタクトにしたんだね。すごく似合ってて、かわいい」
陽樹は大げさなくらい褒めてくれる。
女性の扱いになれているのだろうなと風夏は思った。
拓海も小さな声で「いいと思う」と言ってくれた。
「ありがとうございます」
それがお世辞とわかっていても風夏は少し照れくさくなってうつむいてしまう。
洋人は遅れてスタジオに来ると、風夏をみて「ふーん」といっただけで、ギターを広げる。
「で、今日もジャージなんだな」
「こ、これが一番楽で弾きやすいんだもの」
風夏がそういうと、洋人は「ま、別にいいけど。練習するぞ」そう言って、練習を始める。
今日は洋人に頼まれて、鼻歌を曲に書き換えてきた。それぞれに楽譜を渡して、演奏を始める。
手に付けてた輪ゴムで髪をくくると、深呼吸をして鍵盤に手を重ねる。
バンドではピアノじゃなくキーボードだが、この軽い感じもピアノと違って新鮮でいい。
「こんな感じであってます?」
弾き終えて風夏が聞くと、ぼーっとこっちを洋人が見ている。
「おい、洋人」
我に返って「まぁそんな感じだな」というとそれぞれのパートで少し練習すると、どのような曲にしていくか話し合いながら演奏を繰り返して作り上げていく。
しばらく練習して、ある程度形ができた段階で録音して拓海にデータを送る。
「拓海、歌詞頼むな」洋人がそういうと、拓海はこくりと頷く。
拓海は早速考えたいからと、そそくさと帰って行った。
「歌詞は拓海君に一任するんですね」
風夏はなんだか意外に感じていた。洋人はこだわりをもって音楽を作っている。
なので、歌詞にもこだわりを持ってそうだと思っていたが、「あいつに任せるのが一番だから」とあっさりしたものだ。
「元々は洋人と拓海の二人でバンドやってたんだよ」
陽樹から聞いたところによると、summer blueは中学3年の時に洋人が拓海を誘って組んだバンドらしい。当時2人は仲が良かったわけではなく、ドラムができると聞いて声をかけたそうだ。その後拓海の幼馴染である陽樹がベースを弾けるということで参加することになった。
結成当時から曲は洋人、歌詞は拓海と分担していた。
「信頼してるんだと思うよ、拓海を」
洋人と拓海ではタイプは違うし、普段も会話が多いわけではないが、男同士とはそういうものなのだろうか。
帰り道、洋人はバイトに行ってしまい、陽樹と風夏で歩いて帰っていると、「陽樹じゃん」と女の子たちが寄ってくる。
「この子誰―?」女の子たちが品定めをするようにじろじろ見てくる。
風夏はジャージですっぴん、髪も整えていない。
(やばい・・バカにされるかも)
「この子はバンドに最近入ってきた子。キーボード担当でめちゃくちゃ上手いんだよ」
「ふーん」と女の子は納得していない感じだ。
「まぁいいや、この後一緒にカラオケいこ」と言って陽樹をさらっていった。
“ごめん”と手で謝りながら陽樹が去っていく。
(モテる男は大変だねぇ・・)
周りの可愛らしい女の子たちはみんな可愛らしい髪形をしている。
手につけたままの輪ゴムで、少し高い位置でポニーテールをしてみる。
(たまにはいいか・・・)
この後、この輪ゴムと髪が絡まってえらいことになるとは風夏は知る由もなかった。
「風夏ちゃん、どうしたの?!」
なかなか輪ゴムがとれず、困っているところに母がはさみを持ってきて、輪ゴムではなく、髪をばっさり切った。
その結果、風夏はボブヘアとなり、美容師さんがこっちの方が似合うと、ゆるふわなパーマまでかけられた。
「すごくいいよ!」
陽樹はいつもストレートに褒めてくれるので、照れてしまう。
風夏が洋人の方をみると、こちらをみてぼんやりしている。
「・・・松崎くん?」
風夏に見られていることに気づいて、我に返ると「何でまたジャージなんだよ。髪形とあってねぇ」と言って背を向けるとギターを準備し始めた。
「ジャージも似合ってるよ」そういって陽樹はにこっと笑ってくれる。
そういえば、いつも後ろに隠れている拓海がいない。
「拓海君は?」
「あぁ、今日は多分来ねぇよ」
歌詞を考えるといつも引きこもってしまうらしく、いつものことらしい。
「じゃあ今日は休みにしようよ」
陽樹はそう言うと、ベースを背負いなおした。
「なんでだよ、拓海いなくても練習できるだろ?」
「楽器と向き合うのも大事だけど、感性を磨くには外に出ることも大事だよ。外に出て色んな刺激を受けて、心も成長させなきゃ。しかも今回の曲は夏のさわやかな青春って感じだから、僕たちも青春しておいた方がよりいい演奏ができると思うな」
陽樹ににこにこと言われて、珍しく洋人が言葉に詰まった。
「ってことで、一緒にでかけよっか」
陽樹に連れられて向かったのは、地元の遊園地だった。
最近リニューアルされて、インフルエンサーがSNSで楽しかったと発信したことで、若者が少しずつ来るようになってきているらしい。
実際行ってみると、子供の頃来た時はガラガラだったが、それなりに人がいる。
「なんで、青春で遊園地なんだよ」
「まぁいいじゃん。折角だから楽しもうよ。チケットは買ったから」と陽樹がスマホをゆらゆらさせる。
「ありがとうございます」と風夏が言うと、
「前から気になってたんだけど、敬語やめようよ。もうバンドのメンバーなんだし。ね?」
陽樹にににこっと笑われたら、頷くしかない。
「さー、全部のアトラクションまわるぞ」
「全部!?」洋人と風夏の声が重なった。
「よし!まずはジェットコースターだな」
そこからは陽樹の独壇場だった。
ジェットコースターに、お化け屋敷、バイキングなど休む暇もなく、次々とアトラクションに乗っていった。
最初はこの3人で遊園地なんてと風夏は緊張していたが、叫んだり、びっくりしたりしているうちに、緊張も解け、タメ口で話すのにも慣れてきた。
楽しみすぎて、あっという間に夕暮れになり、少し薄暗くなってきた。
「俺ちょっと休むわ」
洋人がぐったりした表情で、ベンチに座り込むと、二人で残りは行って来いというので、風夏と陽樹は最後のアトラクションである観覧車に向かった。
いくつもあるアトラクションを乗って、観覧車で制覇できると思うと達成感を感じる。
観覧車に乗り込むとゆっくりと空に向かって上がっていく。
「陽樹くん、今日はありがとうね」
「いやいや、俺が楽しみたかっただけだよ」
「本当は私が打ち解けやすいようにしてくれたんでしょ?」
陽樹は少しびっくり顔をして、「僕が風夏ちゃんと仲良くなりたかっただけ」と言って、外の景色を眺めた。
夕暮れの町が見える。
ビルや家が少しずつ小さくなっていく。
「陽樹くんは本当に優しいよね」
「いや、僕は金持ちのボンボンで適当なチャラい男だよ」
「そう見せてるだけでしょ?」
「そんなこと・・」
「陽樹くんはいつも人のことよく見てる。その人が今何を求めているか考えて、その人が一番温かい気持ちになる言葉をくれる。だから陽樹くんは人気者なんだね」
風夏の笑った顔の後ろから夕暮れがさして、輝いてみえる。
「・・・風夏ちゃんの方がすごいよ」
風夏は驚いて「そ、そんなことないよ」と慌てて立ち上がって壁にバンと頭をぶつける。
「いたぁ」と涙目になる風夏をみて、陽樹が声を上げて笑った。
いつもニコニコしている陽樹の心から楽しそうに笑った顔を初めてみた気がした。
遊園地を出ると、洋人は「しんどいから」とさっさと帰って行った。
陽樹と風夏が話しながら、歩いていると、昨日の女の子たちにばったり会った。
「あー陽樹!」
またじろじろと風夏をみている。なんでお前が一緒にいるんだという顔をしている。
「ねぇ、カラオケいこうよ。あなたは・・・別にいいよね?」一人の女の子が陽樹の腕にからまりながら、勝ち誇った目で風夏を見ている。
「ジャージがお似合いだね」といってクスっと笑っている。
「私はいいよ、帰るね」と帰ろうとする風夏の腕をつかむと、女の子から腕を抜く。
「大事な人を家まで送らなきゃいけないから、ごめんね」
今まで見たことないような冷たい笑顔で、女の子たちを見ると、風夏を優しく引っ張っていく。
「いや、私本当に大丈夫だよ?あの人たち怒ってるんじゃ?」
「風夏ちゃんを夜に一人歩かせるなんて、俺が気になるから」
そういって陽樹は優しい笑みを浮かべた。
恥ずかしくなって、風夏が上を見ると、星がきらりと光っていた。
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