Junction2.1 エピローグ
鍵を手に入れたとき、僕は足元に横たわる一つの遺体を見つけた。
男の死体だった。カーキ色の汚れた軍服を着て、お腹と心臓のところから血が出た跡がある。体の一部は腐敗し始めていたが、依然多くの部分は形を保ったままだった。長坂と同じように、そう遠くない昔に殺されたのだろう。
そしてなぜだろう、僕は彼に特別な親近感のようなものを感じたのだ。僕とその人が、どこか遠いところでつながっているような、そんな気がした。
彼は何かを見つめるような格好で息絶えていて、僕は不思議と彼の視線の先が気になった。
そして僕は、もっと驚くべきことに気が付いた。
彼の視線の先に、微かに輝く何かがある。時計だ。
近づいて眺めると僕はその時計をよく知っているのだと分かった。
何しろそれは、おじいちゃんの懐中時計だったのだ。
それは泥にまみれながらも、薄いランタンの光を受けて、きらきらと輝いていた。
抱えた赤ちゃんがおぎゃあと泣く。僕はかがみこんで懐中時計を手に取り、首にかけた。
古い金属の感触が、心地よく重い。
また“あれ”が扉をたたき始め、僕は我に帰った。
脱出口の竪坑を塞いでいる扉に鍵をかけて回すと、それはきいと音を立てて、開く。
後にはようやく人一人が通れるばかりの道がどこまでも続いていた。
僕、そしてもう一人は、竪坑に入った扉を閉めて、前へ前へと進んでいった。
竪坑を抜けてゆく先には陽光が差している。
だんだん足元がふわりふわりとして、現実があやふやになってゆく。周りの風景が白く見えるのは、日の光のせいだろうか?
ふと、僕は自分が赤ちゃんを「助けた」ことに気が付いた。
おじいちゃんはいつか、懐中時計を自分が助けた人に渡すように言っていたっけ。
暫く迷ったけれど、ぼくは首から懐中時計を外して、赤ちゃんの首にかけた。
淡い光が差している。僕は赤ちゃんの顔を光の下で見るのが初めてなことに気が付いた。
首から懐中時計を掛けた赤ちゃんが、僕の腕の中で小さく笑う。
僕は気が付いた。
その笑顔を僕は知っている。底なしに明るい、僕の大好きなその笑顔。懐中時計を掛けながら笑う姿が、あの日おじいちゃんの部屋で見た写真と重なった。
そうか、きっとこの日のために、おじいちゃんは僕へ懐中時計をくれたのだ。
僕が赤ちゃんを助けることで彼は生き、そして僕に「もう一度会う」ことができる。
―そうだ。―
どうして今まで気が付かなかったのだろう。
「おじいちゃん。」
腕の中の赤ちゃんに言うと、そんなわけはないのにおじいちゃんの笑い声が聞こえたような気がした。
やがてしっかりと抱いていたはずだった赤ちゃんの重みさえもあやふやになって、その輪郭もおぼろになる。二人はそれぞれの「現実」へ、戻ろうとしていた。
光の道の中で、僕はおじいちゃんの手を取っていた。
「おじいちゃんさようなら…いや、またね。」
僕とおじいちゃんの人生が鎖のように連なり、大きな円を描く様を幻視した。僕たちは何度も巡り合うだろう。
そう、何度も。何度だって。
(了)
亡者の地下水路 @zhidagongyuan
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