暴力探偵・如月有栖の裏世界②

 翌日、如月さんはいつものように僕を迎えに来てくれた。

 どうやら、今日中には犯人を自首させるんだとか。

 この『如月探偵事務所』では、真相解明の際の犯人の自首率がまさかの百パーセントとなっている。勿論裏がある。


「依頼人の女性を呼び出しました。あと三十分で着くとのことです」


 相変わらず報連相がなっていないというか。僕、何も知らされていないんですけれど。

 そんな不満を込めて如月さんを睨む。すると、ある違和感に気付いた。


「……如月さん」


「なんですか」


「少し、顔色が悪いようですが」


 如月さんは、明らかに体調が悪そうな顔色をしている。一目見て気付かなかった自分が恥ずかしいぐらいだ。


「えぇ……とりあえず今日の仕事が終わったら病院に行こうと思っています。原因に検討はついているので」


「そうなんですね」


 なら良かった――とはならない。如月さんが苦しそうにしているのを、隣で見ているだけだなんて僕には出来ない。苦行か、拷問か。何なら、今すぐ救急車を呼んだ方が良いまであるだろう。


「……感染症の類ではありませんし、問題はありません」


 そんな僕の思考を読み取ってか、如月さんはそう言った。

 壁を作られたなぁと酷くネガティブな考えに陥りそうになる。気を紛らわすように、僕はぱぱっと着替えて客を迎える準備を始めた。


 ■■■


「お久しぶりです」


 依頼人の女性がやってきた。彼女の名前は坂垣裕子さかがき ゆうこ。昨日如月さんが調査していた『蒙徳市もうとくし男性バラバラ殺人事件』の被害者の恋人で、警察が捜査を断ち切ってしまったことを理由にウチにやってきたらしい。

 というのもこの事件、犯人に繋がる証拠や手がかりが一切見つからないのだ。事件前日の男性はいつもと変わらず元気で明るい性格だったという声が多いというのは多少気掛かりだが、被害者男性の部屋からは遺書のようなものも発見され、筆跡鑑定でも本物だという結果が出たため、結局真相は自殺ということになった。

 しかし、その結論に納得が行かなかった坂垣さんは、その後自力で捜査を開始。だが素人一人では限界だと思い僕達に真相解明を依頼したんだとか。


「犯人が分かったって、本当ですか」


 板垣さんは客間の椅子から立ち上がり、前のめりになって対面に座っていた如月さんに詰め寄った。


「えぇ、本当です。私は嘘を吐いたことがこれまで一度もありません」


 何故か怪しげな返事をする如月さんに、板垣さんは怪訝な表情になる。当たり前だし、噓を吐いたことがないだなんて嘘をよく平然と吐けるものだ。


「犯人は誰なんですか。どこにいるんですか」


 落ち着かない様子で訊く坂垣さんに、如月さんは笑って答える。


「えぇ。教えて差し上げましょう」


 犯人は――と切り出した。


「私の目の前にいて、坂垣裕子さんです」


 その回答に、隣に居た僕は思わず「へっ?」と変な声を出した。


「ど、どういうことですか如月さん。坂垣さんが犯人って」


「私が違和感を感じたのは、坂垣さんから依頼を受けたその時です。警察の捜査では自殺だと結論付けられているのにも関わらず、坂垣さんは、この事件を殺人事件だと最初から決めつけていました」


 それは確かに疑問だったけれど……。でも、自分の彼氏が自殺なんてするはずないと思い込むのはそんなに不自然なことじゃないだろう。


「それもそうですけれど。ではまず、坂垣さんのお話をもう一度思い返してみましょう」


 如月さんは表情一つ変えず、顔色が悪くても、いつも通りの声色でそう言った。


『陽くん……私の彼氏が、誰かに殺されたんです』


 如月さんは坂垣さんの声に似せてそう切り出した。


『事件当日、私と陽くんはデートしていました。買い物へ行ったり、映画を見に行ったり。普通のデートです。そしてそろそろ帰ろうということになり、私達は六時半に家に戻りました。あぁ、同棲中なんです。そろそろ結婚の話とかも出ていて……』


「……」


 デート。そこに坂垣さんが犯人だと裏付ける根拠でもあったのだろうか。


『そして家に帰ってご飯を食べてから、飲もうと思って冷蔵庫を開けたんです。でも、ビールを切らしていたから、陽くんがコンビニに買いに行ってくれるって外に出たんです』


 ……分からない。やっぱり僕の頭で推理だなんて、無謀にも程がある。


『そこから一時間経って、時刻は確か……八時半ぐらいでした。近場のコンビニは、歩いて大体十分程度の所にあります。なので、私はちょっと不安になりました。遅すぎるんです、彼が。だから心配で、私は陽くんを探そうと思ったんです』


 坂垣さんは何故か無言だ。犯人じゃないなら、すぐに否定すればいいものを。


『だから私は外に出て、コンビニまで向かいました。しかし、陽くんはいませんでした。店員さんに話を聞いたら、四十分ぐらい前に店を出ていったと言っていました。だから、何かに巻き込まれているかもって、すごい不安に襲われました』


 如月さんはとても精度の高い声真似で話を続けていく。正直、僕としてはそっちの方が気になる。超似てる。


『私はしばらく外で彼を探していました。色んな所を調べたけれど、陽くんは見つかりませんでした。そして、近くの公園……蒙徳公園に行き着いたんです』


 その公園こそが、死体発見場所だった。


『遊具とか、ベンチとかには見つかりませんでした。だから、私は彼に電話を掛けたんです。すると、電話の音が後ろにあったゴミ箱から聞こえました』


 ……。


『ゴミ箱の方を向くと、なんだか、死臭みたいな匂いがして。私はすぐにゴミ箱をスマホのライトで照らしました。すると……』


 ――そこには、肉塊となった彼の姿がありました。


「以上が第一発見者、坂垣さんの証言です。続けて、人から恨みを買うような人間じゃなかった、という周囲の評判を参考に、この事件の動機を考えてみましょう」


「動機……?」


 人から恨みを買うような人じゃないってことは、復讐や、報復系の犯行ではない。いや、逆恨みって線もあるだろうけど、如月さんが周囲の評判を参考に、と言うのなら、その可能性は考えなくても良さそうだ。

 じゃあ、他に残された可能性は何だ? ただの快楽殺人か? それとも、何かの犯罪現場を目撃してしまったとかか?


「鈍いですねぇ、ワトソン君。あなたは本当に探偵の助手ですか」


「いや、でもそんな少ない情報で、動機なんて分からないでしょう」


「はい、分かりません」


 えぇ。なら何のために考えさせたんだろう。からかわれたかな?


「では順番におかしい所を挙げてみましょうか」


 如月さんはそう言って愉しそうに笑った。


「まず一つ目。どうして一時間も放置していたんですか?」


 その問いに、坂垣さんはやっと話しだした。


「スマホに夢中になっていて……時間をあまり気にしていなかったんです」


「そうですか。では二つ目の質問です。どうして最初の段階で彼氏に連絡をしなかったのですか?」


 坂垣さんの表情が少し変わったような気がした。俯いているから、実際には分からないけれど。


「……その時は、冷静じゃなかったんです」


 まぁ、筋は通る。正直、おかしいと言うほどのことでもないような。


「なるほど。では三つ目。何故あなたは公園に入った段階で、死臭に気が付かなかったのですか」


 ――ゴミ箱の方を向くと、なんだか、死臭みたいな匂いがして。

 確かに、どうして坂垣さんは振り返るまでゴミ箱の死臭に気が付かなかったんだ?

 前を向いていても、後ろから死臭のような強烈な匂いがしていたら、流石に気付くだろう。


「それは……」


 坂垣さんは言い淀んだ。物的証拠を提示されたわけでもないのに。


「この事件、あなたと被害者男性の他に登場人物がいないのであれば、動機は何となく絞れます」


 分かってるじゃん、動機。


「あなたがしたかったのは――惚気話じゃないですか?」


 ……え?


「如月さん、どういうことですか?」


「そのままですよ。坂垣さんを犯人だと仮定した場合、この犯行は一人では不可能となります。何故なら、被害者の男性には『四十分前にコンビニから出た』という証拠が残っているからです」


 如月さんは淡々と、推理の内容を述べていく。


「どうして、その証拠があると駄目なんですか?」


「死体はバラバラになっていたんですよ。たった四十分で人一人の身体をバラバラに出来るわけがないでしょう」


 ……人の身体をバラバラにしたことがないから分からない。

 けれど、きっと如月さんにはあるのだろう。彼女は言い切ったのだから。


「ならばどうやって犯人は被害者の身体をバラバラにしたのか……分かりませんか? ワトソン君」


「え、分かりません」


「ですよね」


 だからなんで僕に聞くんだよ。分かってるなら聞く必要ないだろう。


「正解はたった一つ。それは――」


 如月さんはいつものような顔で、まるで雑談話でもするような声色で、言った。


「被害者の協力、です♪」

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