蛍と少女
文星
蛍と少女
とある街。
陽はすっかり暮れ、あたり一面に闇が立ち込めていた時だった。
黒い川のほとりで、無数の蛍が光を放っている。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた家々の間を縫うようにして、流れるその川を、少女は眺めていた。
少女の年では、未だ難しいことは分からない。
ただ、もう二度と、両親と会うことはできないことだけは知っていた。
都市の排水を一身に背負い、すっかり濁ってしまった川。
次々と窓の光が消え、眠りにつく夜の街。
それらが一層、蛍を際立たせているように少女は感じた。
一匹の蛍が手の甲にとまる。
少女はそれを、蚊をそうするように、ためらいもなく叩き潰した。
少女はじっと自分の手を見つめたのち、川の方へ歩いて行った。
べったりとした体液を川の水で洗い流す。
体液の代わりに、水面に浮かんでいた虹色に輝く油が代わりに絡み付いた。
少女は身に纏っていたボロい布きれで手を拭う。
そして、川に背を向け、街の方へと歩き出した。
街中の街頭が少女の影を作りだす。
見渡せる範囲に他の人はいない。
しかし、確かに、地面には少女以外の誰かの影があった。
「また来たの?」
影は何も答えない。
「どうせなら、もっと近くに寄ったら?」
影は動かない。
影の態度にムッとした少女は影の方に大股で歩み寄った。
踏まれそうになった影は壁へと移り、少女と並ぶ。
「何がしたいの、あなた」
少女は再び歩き出した。
影はゴキブリのような素早い動作で裏路地へと散ったが、少女はそれを気にしなかった。
少女が街灯の下を通る度に、影が一つ、また一つと増えていく。
「どうせ、みんな消えていくんでしょ。お父さんとお母さんみたいに」
いつの間にか歩く少女の後ろには、大量の有象無象の影が、彼女の影を取り囲むように蠢いていた。
少女の影とその影が触れようとしたその時だった。
街灯が瞬き、次の瞬間にはまた元のの昔抗状態に戻っている。
ただ、そこに少女の姿はなく、彼女の影があった場所には、蛍の死骸だけが置かれていた。
蛍と少女 文星 @bunnsei11
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