2日目

 そんなこんなで2日目に突入した。切り替えて練習しよう。そう考えていると、昨日と同じ香りが蘇った。

「昨日はごめん。一緒にやろうって言ってたのに私、制御が効かなくって、遠くまで行っちゃった」

「全然いいよ。それで大丈夫だったの?」

その一部始終をみていたからわかっている。

「幸樹くんが助けてくれたからだいじょぶだったよ」

「そっか。それならよかったよ」

 全然良くない。僕が最初に助けようとしたって言いたい。

「今日こそは一緒に練習しよう」

 結局僕はこの子を忘れることはできない。

「加速難しいから教えてよ」

「僕も自信ないから、教えれるか分からないけど」

「じゃあ幸樹くんに教えてもらうおうよ」

 本当に余計なことを言ってしまった。

「いや、幸樹くんも忙しいんじゃない?」

「確かに」

 危なかった。また空気になる所だった。

「大江さん。昨日大丈夫だった?」

 なんでいるんだよ。不快な声だ。

「あ!昨日はありがとー。ちょうど探してたんだけど、私たちに加速のやり方教えてほしいんだ」

「いいよ。昨日の大江さんは前のめりになってたでしょ?あれだとだんだん下がって行っちゃうから、浮く時と同じで、背中を倒すかんじ」

 時間がゆっくりと流れていた。もうこいつの領域だった。

「みなとはもうできんの?」

 気安く話しかけるな。僕ははっきり言って君みたいな人間が一番嫌いなんだ。(はっきり言ってないが)人生でなんの苦労もなく、ここまで順調に来て。必ず不幸が訪れるはずなんだ。こういう奴には。

「まだ自信はないけど、もう少しでできそうかな」

「俺もそこまで自信ねーからさ。3人で一緒に練習するか」

 なんで三人なんだ。僕が最初に大江と一緒に練習するはずだったんだ。どっか行ってくれ。

「僕は足手まといになっちゃいそうだから大丈夫だよ」

「みんなで一緒にやろうよ。せっかくなんだから」

「そうだよ、みなと。みんなで一緒にやった方が絶対楽しいじゃん」

 大江は小刻みに頷いていた。不服だが、大江と一緒に練習できるなら、別にいいかと思った。また自分は勘違いしていたのだと思って、考えを改めた。だが、決して、幸樹を認めた訳ではない。

「ありがとう。足引っ張るかもしれないけど頑張るわ」

「じゃあゆっくりでいいから、コースを一周しようぜ」

 三人で一斉に加速ボタンを押した。左から大江、幸樹、僕という並びだった。こうきが仕組んだに違いない。

 ボタンを押すと一度空気を圧縮し、装置にエンジンを送り込み、ジェットの出力を上げる。そして、徐々に減速する仕組みになっているらしい。クラスメイトはこの説明を聞いているとき寝ていたけど、僕はこういう仕組みを知るのは、好きだ。

 大江は高い声で笑いながら、前髪が風に流されていた。あの時の無邪気なかわいさを彷彿とさせた。ちょっと邪魔な奴もいるけど、一丁前に青春を感じていた。空は僕の思っていたよりずっと青かった。

 無事に一周走り切った。僕だけ少し遅れることがあったけど、幸樹がいち早く気づき、僕のペースに合わせてきた。意外と悪い奴じゃないのかもしれない。

 一通り落ち着いて、試験監督がメガホンを使って

「そろそろみなさん、スピードを維持していきましょう。まずは私がやってみるので見ててください。まず、エンジン下向きにしたまま、加速ボタンを一回押して上に上がります。」

 先生は三メートルくらい上昇した。

「そしたら、体を倒して、うつ伏せになります。この状態になったら加速ボタンを押しっぱなしにしまーーす」

 みるみるうちに声が聞こえなくなった。と思ったら物凄いスピードで帰ってきた。

「止まりたいときは、少しずつ体を起こして、加速ボタンを押します。上昇したら、ゆっくりおりて止まります。こんな感じでーす」

見ているだけでもあまりに怖すぎる。僕は股が揺れた。こんなの一回加速し始めたら、もう止まることなんかできない。大江に情けない姿はもう見せられない。幸樹に笑われたくない。

「俺が最初にいくわ」

 またこいつに順番を奪われる。ここで僕が漢を見せてやる。

「僕も先やってみたい」

 幸樹に道を作られる前に、上手いことやって大江の関心を僕に引く。あわよくばこうきの悔しがる顔も見たい。

「お、お前意外とかっこいい奴だな。気を付けろよ。危ない時は助けに行くから」

「ありがとう。気をつけるよ」

 余計なお世話だ。内心ではできないと思ってるんだ。見てろよ。大江を助けようとしたとき、スピードが出て、安定した姿勢だったんだ。幸樹よりも確実にできるはずだ。

 お辞儀をするように体を倒して、うつ伏せになった。手順を一個飛ばしてしまったが、やり直したら、さっきのセリフが決まらない。僕はそのまま直進した。

 いい感じだ。今日は快晴だった。家やスーパーが小さく見えて、田んぼはただの草原に見えた。通学路を歩くいつもの自分を見た。いや昔の自分だった。友達と傘で戦っているとき、たまたま後ろの女の子にぶつかった。大江だった。泣いてしまいそうな大江を見て、後ろ向きで歩きながら、謝ろうとした。そしたら思いっきり電柱にぶつかって、僕が先に泣いた。銀杏の葉っぱが僕の髪の毛に迷い込んで、友達は笑っていた。

 話せなくなった理由を思い出した。僕が泣いたとき大江はハンカチを貸してくれた。結局大江は泣かなかった。小学校高学年のあの頃からずっと情けない。変わりたい。

 一周して二人の場所に戻った。

「すごいよ。みなと。かっこよかった」

 大江の目は七色に見えた。僕は照れ笑いをした。謝ろう。でも憶えてなかったらどうしよう。

「じゃあ今度は私が行くね」

「俺もやりたかったのにー」

「みなとを見てたら、私も早く同じ景色を見たくなったの」

「はいはい気をつけてください」

 僕は苦笑いして、二人を交互に見るだけだった。

 大江はちょっとだけ上昇してから、うつ伏せになった。腕は太ももら辺まで持ってきて、手のひらをギュッと握った。

「大江さん。昨日のこともあるし本当に気をつけて」

 大江はこくりとうなづいた。恐怖心と焦りがその眼から伝わってきた。

 ため息をついて、猛スピードで、太陽に向かって突き進んだ。まるで自分の星に帰るようだ。

 出たしは好調に思えたが、体勢を崩してしまったのか、微量ではあるが、下降しているのは確かだった。とはいえ、帰ってくるまでの距離だったら、パラシュートが開く高さに比べると、余裕がある。

 と思った束の間、曲がる瞬間に、ジェットエンジンの角度が急になった。小さな体は急速に下降していった。背中についたレバーに手が届かなかったのだ。大江は、落ちるスピードを減速させるように大の字になり、空気抵抗を大きくした。

「みなと!あれやばくね?」

 レバーを引くと同時にボタンを押し、彼女に向かって飛び込んだ。手の中のボールペンを落とした。これは僕にとってチャンスだと思った。ここで助ければ、またあのときと同じように仲良くなれる。前のめりになって、なるべく体重がかかるようにした。勢いがつきすぐに追いついた。彼女の名前を叫んで、宛ら主人公だった。

 しかし、そんな上手い話はなかった。あろうことか彼女の背中に付いている緊急用のパラシュートに腕が当たった。

 僕は声にもならないほどの情けない声を出していたと思う。

「え」 

 大江はすぐに状況を理解できなかったのだろう。

 「おい!」

 遠くから幸樹の声が聞こえた。

 パラシュートが開く瞬間、彼女はあのときと同じ悲しい目をしていた。勢いは止まりゆっくりと落ちていった。

 主人公は物語が進んでも、成長していなかったらしい。真上から見ると、彼女の姿は、べらぼうにでかい壁で見えなかった。僕は汗と心臓が止まらず、しばらくただその姿を眺めるだけだった。

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標高10000メートル @kiirou

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