第8話
ミユキガワ市旧市街、ダンジョン『鬼の塒』。入り口前受付。
俺はそこで受付嬢をしている女性――メグミさんに相談を持ち掛けた。
聞くのは当然、新しく拠点に出来そうな場所について。
何かしら心当たりを持っていそうな彼女に、俺は尋ねた。
「盗人に入られたから別の家に引っ越したい、ですか……」
「あぁ。何処か良さそうな物件に心当たりはないだろうか」
うーん、と彼女は形の良い眉を顰めて真剣に頭を悩ませている。
この様子だと、すぐに答えを聞くことは出来なさそうだ。
俺としても、彼女にだいぶ無茶な相談をしている自覚はあるんだ。
物件の貸し借りなんて、特に信用が関わる商売だ。貸した人間が建物を壊すかもしれない。犯罪に利用するかもしれない。また別の誰かに建物を又貸しするかもしれない。……そうじゃなくても、賃料が払えずに夜逃げをしてしまうかもしれない。
そういった様々な不安が常に付き纏ってくるのが賃貸という商売だ。
しかも相談をしている俺は旧市街の人間。中でも特に信用が低い孤児だ。例え彼女自身に偏見がなかったとしても、家を貸してくれる人はほとんどいないと思う。
「家族や友人などに頼る事は出来ないんですよね?」
「……そうだな。それは出来ない」
俺が否定すれば、メグミさんはそうですか……と再び悩み出す。
確かに家族や友人を頼る、というのは極めて順当な判断だ。それなら最初からある程度の信頼があるし、相談の仕方次第では支出なく泊めてもらえる可能性がある。
――ただ俺が家族――ヤヨイ母さんを頼る訳にはいかないと考えているだけで。
そもそも俺が若木園を卒業したのは、15歳になったからという理由以上にヤヨイ母さんやショウ達弟妹を助けたいという想いが強かったからだ。なのに逆に頼ってしまうようでは本末転倒。それでは何の為に若木園を卒業したのか分からなくなる。
自分自身の力で新しい拠点を手に入れる。この条件は絶対にはずせない。
「居住環境については後回しで構わない。最優先なのはとにかく治安だ。お金や貴重品を置いて留守にしていても、盗人が入ってこない家。そんな場所はないか?」
「治安、ですか。それは旧市街にある物件で、という事ですよね?」
「もちろん。今の俺が新市街に家を借りられるとはとても思えないけど、仮に借りられたとしても余計なトラブルが舞い込むだけだからな。なら旧市街の方がいい」
わざわざ自分から火種を作りに行くなんてあまりにもアホらし過ぎる。
意味もなく新市街に家を借りてトラブルに巻き込まれに行くくらいなら、例え多少治安が悪かったとしても全部が自己責任の範疇な旧市街で暮らした方がマシだ。
旧市街で起きるトラブルはある程度自分でコントロール出来るのだから。
「……そう、ですね。それなら一人、紹介出来る大家さんがいます」
「本当か!? それはどういう人なんだ、俺にも家を貸してくれるのか?」
「ええ。その方は人柄を見てくれる方なので、恐らくは大丈夫です」
おお、と思わず感心してしまう。そんな人が世の中にはいるのか。
どれだけ人の好さそうな雰囲気をしていても、腹の底では悪い事を考えている人間なんて幾らでもいるだろうに。それでも人を見て判断するなんて、凄いなその人。
よっぽど人を見る目に自信があるんだな。俺には絶対に真似出来そうにない。
「ただ、気を付けてください。気に入らなければ容赦なく追い出されるので……」
「チャンスがあるだけでも有り難いさ。大丈夫、仮に追い出されたとしても生活自体はどうにでも出来る。なら、気に入られるように精一杯頑張るだけだよ」
「そうですか。であれば、その大家さんに宛てた紹介状を書かせて頂きますね」
少々お待ちください、と言ってメグミさんが受付を離れていく。
……ふぅ、よかった。まだ本決定ではないけれど、どうにかなるかもしれないという希望が出来たのは大きい。希望すらない状況はただただ悲惨なだけだからな。
それにしても……あの受付嬢は思っていたよりずっと親切だな?
最初に『鬼の塒』を訪れた時こそ彼女の態度に冷たいものを感じたけれど、二回目以降は態度こそ冷たく見えても対応自体はとても丁寧なものだった。いつどんな時でも決して対応を変えないし、分からない事を質問した時も淡々と答えてくれた。
そして今も、無茶ぶりのような相談にも親身になって応じてくれている。
――もしかして彼女は、態度が極端に冷たく見えるだけなのでは?
そう考えるとすべての疑問が氷解するのだ。態度はやたら冷たく見えるのに対応自体は親切なのも、無茶な相談を文句も言わずに聞いてくれるのにも納得がいく。
蔑まれているように感じたのは、俺がそう勘違いしていただけなのかも。
「……つまり、俺も新市街の人達と同じ事してた訳か」
新市街の人達が旧市街の出身というだけで蔑んでくるように。
俺が旧市街の人間だから彼女は蔑んでくるんだと思い込んだ。
どっちもどっち。やっている事はどちらも大差がない。
同じように相手にレッテルを張り、色眼鏡で相手を見ている。
生まれた場所が旧市街というだけで蔑む人達の事を嫌悪していたが、まさか自分自身がその嫌悪していた相手と同じ事をしていたなんて。正直、ショックは大きい。
だがショックを受けるだけで済ませてはいけない。
何かをやったという事実が消える事はないんだから。
「……謝らないとな。いつの間にか彼女を色眼鏡で見てしまっていた」
きっと謝られても彼女は困惑するだけだとは思うけれど。
ケジメは付けないといけない。自分自身に筋を通す為にもだ。
それに……新市街の人間と同類になりたくはないからな。
「お待たせしました、ユウタさん。こちらが大家さんへの紹介状になります」
「おお、これが紹介状。初めて見た……。ありがとう、とっても助かるよ」
「いえ。これくらいは大した事ではありません。頑張ってくださいね」
「もちろん。紹介状まで出して貰ったんだ、メグミさんの面子を潰しはしない」
俺は母さんから恩を受けたら必ず返しなさいと言われながら育ったんだ。
一度信用を失ってしまえば、それを取り戻すのには多大な労力がいる。それだけではなく、信用の喪失というのは関係者にまで及んでしまう。つまり俺の場合は若木園の人達――ヤヨイ母さんやショウ達弟妹の信用さえ失わせてしまう事態になる。
だから信用には必ず信用で返すように、と何度も口酸っぱく言い聞かされた。
そんな俺が信用を失わせる事態になど絶対にする訳にはいかない。それで被害を受けるのは俺だけじゃないんだから。兄貴分として絶対に恥ずかしい真似はしない。
「じゃあ早速行ってくる。ありがとう、メグミさん」
「これも仕事の内です。気にしないでください」
「それと……勘違いしてて悪かった。あんたは良い人だったんだな」
それだけを口にして、俺は紹介された大家の下へ行く為に受付を離れた。
「勘違い……? ええっと、どういう事でしょうか?」
頭の上に疑問符を浮かべているメグミさんをその場に残して。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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目指せ大富豪生活! ~ダンジョンに潜って一発逆転を目指す!~ 雨丸 令 @amemal01
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