第7話
ミユキガワ市旧市街、最貧区。空き家=ユウタの仮拠点。
無残に荒らされてしまっている仮拠点を前に、俺は驚きを隠しきれなかった。
少なくとも今朝の時点ではこんな酷い事にはなっていなかった。ボロボロではあっても一応家としては機能していたし、目に見える穴が開いたりもしていなかった。
――つまり。俺がダンジョンから帰るまでの間に誰かが荒らした、という事だ。
「――はっ!? そうだ貯金、隠しておいたお金はどうなった!?」
その時、俺は重大な事を思い出した。――仮拠点には貯めたお金を隠している。
俺は慌てて確認する為に仮拠点に入った。落ちている木片を無理矢理どかす。
最悪、仮拠点なんてのはなくなったって構わないんだ。仮拠点と言っている通り、ここで暮らしているのはあくまで間借りのつもりだったから。いずれ十分な額のお金を貯める事が出来れば、何処かに家を借りてそこで生活をする予定だった。
けれど貯金はダメだ。貯金を奪われてしまうのだけは。
あれは将来ヤヨイ母さんやショウ達弟妹に、幸せな暮らしをさせてあげる為の大事な資金。ギリギリのところで生活を維持している若木園を変える為の原資だ。
まだ大した金額はないが……それでも、奪われれば未来が遠ざかってしまう。
拠点はどうでもいい、あのお金が奪われる事だけは絶対に避けなければ!
「は、はぁぁぁぁぁぁぁ――……っ。よかった、無事だった」
――果たして。隠していた床下には変わらない姿で貯金が残っていた。
本当によかった。心の底から安心した。俺は思わずその場に座り込んだ。
深く深く、腹の底から息を吐き出す。吹き付ける風がやけに冷たかった。
旧市街、最貧区。仮拠点から幾許か離れた場所。
「……はぁ。貯金が無事だったのは嬉しいけど、これからどうするかなぁ。しばらくあそこで暮らすつもりだったから、代わりになる家なんて探してないんだよな」
俺は周囲を警戒しながら今後の事に頭を悩ませていた。
考えているのは当然、次の拠点をどうするべきか。
――仮拠点に戻ってこれからもあそこで暮らす、というのは論外だ。
今回の事であの建物のセキュリティの低さが露呈した。元よりとても頑丈な建物には見えなかったが、その脆弱性が周囲の目にハッキリと披露されてしまった形だ。
そんな場所に戻ってまた生活するのは、正直に言ってとてもリスクが高い。
今回は運良く貯金が見つからなかったが……次もそうなるとは限らない。
なにより、治安が悪い場所に安心して貯金を隠しておく事など出来ない。
「貧相なガキが住む家なんてわざわざ狙ったりしないだろ、なんて思ってたのが間違いだった。確かに得るものは少ないかもしれない。けどデメリットがないならやる奴はいるよな。幾ら貧相でも、人が住んでれば何かはあるかもしれないんだから」
少なくとも、このミユキガワ市では食料は買わなければ得られない物だ。
そして旧市街では配給をやっている所などほとんどない。――つまり、生活が出来ているという事は高い確率で何かしらの方法で収入を得ている、という事なのだ。
ならば試しに盗みに入ってみよう、と考える者は出る。……のかもしれない。
「……でも、これからどうする? 拠点がないと不味いよな?」
拠点を確保できないと、常に貯金を持ち歩く事になってしまう。
それはとてもまずい。とてもとてもまずい。マジでまずい。
ダンジョンに潜っている間は当然ながら激しい動きをする事も多い。モンスターを倒す為、攻撃を回避する為に全力で動かなければならない状況も多々あるからだ。
そして残念ながら今のところ、攻撃を一切受けずに勝つというのは難しい。
つまり――状況次第では貯金を落としてしまう事も十分に考えられるのだ。
「……はぁ、やっぱりダメだよな。ダンジョンに潜るたびに貯金がゼロになるなんて笑えない。拠点は絶対に必要だ。……でも、当てが全然ないんだよなぁ」
とはいえ、だ。拠点の当てがなければどれだけ悩んだところで意味がない。
新しい拠点を見つけられなければ、どのみち貯金を持ち歩く事になる。
そして、旧市街出身の子供に新しい拠点を見つけられる当てがある訳もない。可能性があるとすれば、仮拠点の時のように偶然探し当てる他ないが……その仮拠点が僅かな期間で盗みに入られた事を考えれば、仮に見つけられても期待は出来ない。
「……どうする? 仮拠点には戻れない。かといって他に住む場所もない。若木園にも戻りたくはないし、けど対策を考えないと安心してお金を貯める事が出来ない。何か方法を考えない事には、状況はただ悪化していくばかりだ。時間は掛けられない」
せめて兄姉に相談が出来れば状況は違ったのかもしれないが……。
彼らが現在何処で暮らしているのか分からない以上、連絡の取りようもない。可能なら安否くらいは知りたいところだが、それも恐らくは難しいのだろうな。
「ん、いや待てよ? 相談、相談か。誰かに聞くのはあり……か?」
自分で口にしておきながら確証が持てず、首を傾げてしまう。
しかし誰かに相談してみるのはありかもしれない。自分では分からない事でも、他の人であれば知っている、というのは往々にして有り得る話だからだ。
解決できない問題がある時に他者の力を借りるのは、とても理に適っている。
問題なのは――俺には力を借りられる他者がいない、という事だ。
「ヤヨイ母さんに相談しに行ってみるか? いやいや、それじゃあ本末転倒だ。助けてあげたい人に助けてもらうなんて。……それに弟妹達にカッコ悪い姿を見られたくはない。あいつらの前では、出来るだけカッコいい兄貴分でいたいからな」
ヤヨイ母さんに相談しに行くのはなしだ、うん。俺は自分を納得させた。
……だけどヤヨイ母さんがダメとなると、本格的に相談できる相手がいない。
若木園を卒業するまで色んな所で手伝いをして小遣い稼ぎをしていたとはいえ、そういった所はあくまでヤヨイ母さんの伝手で仕事を手伝わせてくれていただけ。つまりその縁を使えば、自動的に俺の窮状がヤヨイ母さんにも伝わってしまう。
それはとてもとてもまずい。ヤヨイ母さんに余計な心配を掛けたくはない。
「あっ。もしかしてあの人なら――いや、いけるか……?」
悩んでいると、不意に相談に乗ってくれるかもしれない人が頭に浮かんだ。
けれどすぐに疑問符が浮かんだ。思い付いておいてなんだが、俺自身も本当に相談に乗ってくれるだろうか……? と疑問を覚えずにはいられない人だからだ。
しかし、他に選択肢などない。その人に相談しに行ってみる他なかった。
「……まあ、ダメで元々だ。相談するだけしてみるか」
出来れば会いたくはないという自分自身の気持ちを押し殺しつつ。
その人に会いに行く為、俺はダンジョン『鬼の塒』へと向かった。
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