2部
第6話
ミユキガワ市旧市街。ダンジョン『鬼の塒』。浅層。
「はぁああああああッ!!!」
『――――――ッ!?』
駆け抜け様に一閃! 巨大ムカデの身体をナイフで一直線に切り裂く。
恐ろしい悲鳴を上げ悶え苦しむ巨大ムカデ。3メートルを超えるその巨体から、青白い血が流れ出る。俺は敵が藻掻き苦しむ様を見て、チッ、と舌打ちをした。
「これでも死なないとかタフすぎるだろ。何喰ったらそんなデカくなるんだ」
幾らダンジョン内では常識が通用しないと言えど、こいつは大き過ぎる。
こんなデカブツを食わせていこうと思ったら、食費だけで一体どれだけかかることやら。想像するだけで空恐ろしくなってくる。絶対ペットにしたくないサイズだ。
というかその大きさを少し俺に分けろや、こら。
こっちは弟妹に身長を抜かされたんだぞ?
ただでさえ俺は小さくて子ども扱いを受けやすいってのに、あいつらは今もまだ身長が伸び続けている。これ以上差が広がれば、増々子供扱いは増してしまう……!
兄貴分を弟扱いするのはやめろ、お前らっ。マジで心に来るからな、あれ!?
「……いや、そんな事を考えてる場合じゃないか」
首を振って逸れてしまっていた意識を戻す。
今は目の前のモンスターを倒す事に集中しなければ。
「とはいえあともう少しか。流石にダメージは溜まってるみたいだな」
戦闘開始時と比べると、巨大ムカデの動きは明らかに制裁を欠いている。
最初は機敏に動いていたのが、今では干からびかけたミミズのようだ。
攻撃を回避しつつ巨大ムカデの身体を切り付けること100回以上。
幾ら相手の図体に比べて俺の使っているナイフが小さいとはいえ、それだけの回数切り裂かれていれば全身に傷跡が出来る。一箇所から流れ出る血が少なくとも、積み重なれば結構な量になる。戦闘中、着実に奴の疲労は増していたという事だろう。
それがようやく目に見えるレベルにまで積み重なったというだけの話だ。
「もうひと踏ん張りだ。――いくぞ、モンスターッ!」
『――――――――ッッッ!!!!!』
戦闘も佳境。雄叫びを上げ、俺は巨大ムカデへと駆け出した。
旧市街、最貧区。ダンジョン『鬼の塒』からの帰り道。
俺は報酬片手に、最近の生活へと想いを馳せていた。
「いやー、最近はめちゃくちゃ順調だよなあ。出てくるモンスターは大抵なんとかなるし、報酬もたんまり貰える。心配してた他の採掘者とのトラブルも今のところは起きてない。あの受付嬢も、態度が冷たいだけで何かしてくる訳じゃないもんな」
そう。若木園を出てきてからこっち、俺の生活は現状上手くいっていた。
心配していた人間関係のトラブル――他の採掘者とのいざこざや受付嬢からの嫌がらせなど――がなかったのも大きいが、一番大きいのはやはりダンジョンだろう。
あのゴブリンを倒して以降、俺は恐ろしく順調に攻略出来ていた。
「やっぱりあのゴブリンが特別強かったんだな。あいつ以外とも結構戦ったけど、他はどいつも割と簡単に倒せたし……いやまあ、慣れたってのもあるんだろうけどさ」
初めてあのゴブリン以外のモンスターと戦った時などとても驚いた。
なにせメチャクチャ弱かったのだ。苦戦など一切しなかった。
俺がした事など、敵の攻撃を避けナイフで一回切り付けただけ。
それなのにモンスターは死んでしまった。たったそれだけで。
あまりにもあっさりと終わってしまった戦闘に、これは本当にモンスターだったのか? 何かの罠なんじゃないか、と周りを確認しながら思わず疑ったほどだ。
あれほどの拍子抜け感を味わったのは、後にも先にもあれ一度きりだ。
「それに……前と比べて強くなってる気がするんだよな、俺」
例えばナイフで敵を切り付ける時や、近付いて来た敵を蹴り飛ばした時など。
あらゆる戦闘動作を行う時に、明らかに以前よりも籠められる力が増した事を実感している。それも気のせいなんてレベルではなく、かなりハッキリとだ。
しっかりご飯を食べられるようになったから、というのはあるだろう。
以前は暮らしていた若木園の財政状況がよろしくない事もあり、一日一食しか食べられないのは当たり前。しかもその一食ですらかなり物足りないもので、そのうえただでさえ量の少ないそれを、腹を空かせた弟妹達に分け与えてやる事もあった。
そんな生活をしていれば必然、エネルギー不足な状況に陥りもするだろう。
比べると今は、ダンジョンに潜って得た報酬で食料を買う事が出来ている。
そして購入した食料で拙いながらも料理を作り、毎日それを腹一杯になるまで食べているのだ。つまり十分なエネルギー補給が出来ている。強くなるのは当たり前だ。
――けれど、俺はどうにもそれだけじゃないという気がしていた。
確かにご飯を沢山食べれば強くなるのは当たり前だ。
そんなのは一々疑うまでもない、至極当然の摂理だ。
ただ、如何せんそれにしては強くなりすぎている気がしているのだ。
自分の性能以上の力を発揮しているような、そんな違和感がある。
……あくまで感覚的なものなので、確かな証拠などは何処にもないのだが。
「まあ強くて悪い事なんてないし、気にしないでおくか」
しかし強くなれているのだからデメリットはない。むしろメリットが大きい。
これが弱くなっているのならもう少し真剣に考えたかもしれないが。ダンジョン探索などという危険な仕事に就いている以上、力はあればあるほど有難いものだ。
なので俺はこれ以上、この事について考えるのはやめにした。興味もないし。
「この調子なら短期間でかなりの金額を溜められそうだな。……どうする? 恩返しの為にヤヨイ母さんに渡してもいいし、食べ物を買って弟妹達に送るのもありだ。あるいは良い装備を買ってもっと稼げるようにするのも……。うーん、悩む!」
頭を切り替え、考えるのは徐々に溜まり始めたお金の使い道だ。
どれを選択しても笑顔溢れる未来が待っている。故に悩ましい。
どうせなら一番良い未来を選びたい。その方が気分もいいからな!
「よっし、この調子でどんどん稼いで早く母さんやショウ達を助けてやろう!」
ダンジョンの探索は順調。稼ぎも徐々に増えていっている。
新しいスタートを切った俺の人生は、未来への希望で満ちていた。
――ところが。その希望は数分後、木端微塵に粉砕された。
「な、なんじゃこりゃあああああああっ!?」
バラバラにされた扉。打ち壊された壁。大きな穴が幾つも空いた天井。元々廃墟みたいな見た目だったボロ屋が、完全に居住不可能な廃屋になってしまっている。
――俺が仮拠点としていた空き家が、何者かによって荒らされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます