幕間1 受付嬢メグミは仲良くなりたい

 コマザト・フーズが所属しているダンジョン、『鬼の塒』。

 そこの担当受付嬢をしているメグミは、自身の行動を後悔していた。


「……うぅ、失敗した。あんなに冷たい態度を取るつもりなんてなかったのにぃ」


 彼女の脳裏に浮かぶのは今日ダンジョンを訪れた採掘者、ユウタの事。


 ユウタは見るからに旧市街出身の貧しい子供という出で立ちだった。

 身に纏うのは何年も着続けている事が見ただけで分かる襤褸。清潔感もなく、しっかり食べれてないのか身体も小さく細い。メグミを見る目付きも酷く荒んでいた。


 そんな旧市街で暮らす孤児として、とても有り触れた外見だった彼。

 そんなユウタに対して、彼女は咄嗟に心無い態度を取ってしまったのだ。


「あれじゃあ私が旧市街の人を見下してるみたいじゃないっ、私のバカ~!」


 自身の失態を嘆くメグミ。あれは彼女にとって痛恨のミスだった。


 メグミは本来、ユウタに対して冷たい態度を取るつもりなどなかった。

 新市街出身の彼女は新市街の人間が旧市街の人間を蔑んでいる事を知っているし、実際にその悪意を口に出している現場を見た事もあるけれど、彼女としては生まれが少し違うだけの同じ人間。蔑む理由など、何処にもないと考えていたからだ。


 では、何故彼女は咄嗟に冷たい態度を見せてしまったのか?

 ――普段からそういう態度を見せなければ、悪人に付け込まれるからだ。


 ダンジョンには日頃、多くの人々が訪れてくる。


 一攫千金を狙う者、仕事がなく生活費を稼ぎたい者、簡単な小遣い稼ぎとして利用している者、またそういった者達相手に商売を行いたい者など、様々な人間が。


 そしてそういった者達の大半は旧市街出身の者で占められている。


 当然だ。ここ『鬼の塒』は旧市街に位置するダンジョン。

 必然的に、利用する者も旧市街で暮らす者が多くなる。


 しかしそれだけならメグミがわざわざ冷たい態度を取る必要はない、と思われるかもしれない。旧市街の人間を蔑んでいるからそういう態度なんじゃないのか、と。

 だがそんな事はない。必要があるからこそ、彼女は冷たい態度を取ったのだ。


 なぜ必要なのか? それは――旧市街では新市街の人間が嫌われているからだ。


 新市街の人間が旧市街の人間を蔑んでいるというのは先程も説明した通り。

 街に紛れ込んだ旧市街の人間がまるで獣のように追い払われたり、旧市街出身というだけで犯罪者のように扱われるのは新市街ではさして珍しくない光景だ。


 だが、そんな扱いを受けて彼らは何も思わずにいられるだろうか?

 そんな訳がない。当然、旧市街の者も新市街の者へヘイトを溜める。


 そういった事情から旧市街の人間が新市街の人間へ暴力を振るったり、騙して財産を奪ったりといった事件が多発している。老若男女など一切関係なく、だ。

 友人が新市街の人間だと分かった途端家を襲う、というのもよく耳にする話だ。


 そしてそういう事をする者は優しい人間を騙して近付こうとする事も多い。

 メグミが冷たい態度を取るのは、自身にそういう者を近付けない為だ。

 企業に所属出来るのは大半が新市街の人間だ。つまり彼女は常に己の身分を主張しているようなもの。受付には護衛がいるが、自己防衛はしなければならなかった。


 ……まあ、その自己防衛の為の態度をユウタにも使ってしまった訳だが。


「あの子が無事に帰って来てくれたのは本当に嬉しいけど……」


 ユウタがダンジョンへ潜った後、メグミはずっと心配だった。


 なにせダンジョンとは命懸けの世界。確かに場合によっては一足飛びに大金を得られるメリットがあるが、その為に背負う事になるリスクは決して小さくはない。

 採掘者がダンジョンに潜ったまま帰らない、なんてのも珍しくもない話だ。


 それにユウタはどう見たってまだ幼い子供。栄養が足りていないのか身体も細く頼りないし、そもそもダンジョンに来たのに武器すら持っていなかった。当然、戦闘経験はないだろうし訓練を受けた事もないだろう。あまりにもないない尽くしだ。


 そんな彼が必ずダンジョンから帰れるだなんて、どうして言える?


 ――だから彼が無事に帰って来てくれた時、メグミは本当に嬉しかった。


 ダンジョン探索時の死亡率は初めてが最も高い。これは初めて探索する者は正しい情報を持っていないからだが、なにより心構えが出来てないのが一番の原因だ。


 自分の限界を知らない者が、お金目当てに奥深くへと潜っていく。


 初心者は簡単にお金の誘惑に釣られてしまう。ここまで来れたのだからあと少しくらい先に行っても問題ないだろう。危険を度外視して誰もがそう考えてしまう。


 ダンジョンに潜る者の大半が貧しい暮らしをしている以上、仕方がない事ではあるのだろう。お金の誘惑を断ち切るなど、裕福な者でも難しいからだ。結果一人では引き返せない場所まで潜り込み、逃げられずにモンスターにやられて死亡する。


 初心者採掘者の死因として、最も有り触れている死に方だ。

 あの子もそうなるのでは、とメグミは気が気ではなかった。


 しかし帰って来た。無事にダンジョンから帰って来てくれた。

 再びユウタの姿を見た時、彼女がどれほど嬉しかったか。


 きっと、それは彼本人に言ったところで伝わる事はないだろう。


「けどあれ、完全に嫌われちゃってるよね!? 帰って来た時あからさまに嫌そうにしてたもんね!? 本当に私はどうしてあんな態度を取っちゃったの~!?」


 ――しかし彼女がユウタに冷たい態度を取った現実は変わらない。


 理由はどうあれメグミはユウタに対して冷たい態度を取ってしまった。『鬼の塒』から帰って来た彼が、彼女の顔を見て嫌そうな顔をするのは仕方のない事だ。


 うわーん! と情けなく泣き叫び、メグミは現実逃避し始めた。


「ぐすっ、ぐすっ。……うぅ。でも、これで諦めちゃダメだよね」


 一頻り泣いた後、ぐずぐずしつつも前向きにこれからの事を考える。


 確かに今は嫌われているかもしれない。理由はどうあれ彼女はユウタに冷たい態度を取ってしまった。関わりたくないと思われるのは仕方のない事だろう。

 けれど、それがこれからも絶対に仲良くなれない理由にはならないはずだ。


 ――きちんと誠意を見せて謝れば、彼もきっと許してくれるはず!


 メグミはそう信じる事にした。……かなり楽観的な予想ではあったが。


「まずはちゃんと謝って、それからあの子の生活の助けになるような情報を沢山教えてあげよう! 幸い受付にいるとお得な情報とか結構聞こえてくるし、あの子の生活を良くしてあげる事も出来るはず……うん、きっと大丈夫! きっと!」


 とにもかくにも、まずは関係の改善を最優先に考えなければ。話を聞いて貰える状況にならなければ仲良くする事もままならない。このまま距離を開けたくはない。


 ――嫌われている現状から、まずは普通に話が出来る関係になる!


 目標としてはこんなところだろうか。追々レベルアップもしていきたい。


「よーし、頑張るぞー!」


 両手を握り締め、メグミは自分自身を鼓舞するように叫んだ。





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