第5話 ユウタ、初めての成果を手にする

 ミユキガワ市旧市街、最貧区。仮拠点にしている空き家にて。


「これが自分で稼いで手に入れたお金の感触か……。うーん、最高!」


 ゴブリンを撃破した後、俺は無事にダンジョンから帰宅した。

 現在は探索によって手に入れた報酬を眺め、悦に浸っていた。


「まさか一匹のゴブリンがこんな大金になるなんてな~!」


 最高に気分がよかった俺は、手に入れた報酬を眺めつつそう口にした。


 ゴブリンを倒してから少し時間が経った後、恐らくは一分ほどが経過した後だろうか。ゴブリンの死体は光の粒子になって胡散し、後には紫色の石ころが残された。


 倒されたモンスターが必ず落とすダンジョン資源――魔石だ。


 魔石はすべてのダンジョンで共通して採掘される資源だ。その為、そこまで価値が高い訳ではない。だが魔石からは安定したエネルギーを得る事が出来る。そして文明社会ではエネルギー需要は常に存在する。いつでも安定して買い取りしてもらえるという意味では、価値自体は低くとも決してハズレ資源とは言えない代物なのだ。


 そんな魔石が、あのゴブリンの死体からは五つもドロップした。

 買取金額は一つ1250エン。合計6250エンにもなる。大金だ。


「やっぱりあのゴブリンは強かったんだな。いや、そうだよな。あんなに強い奴が出るなら採掘者はもっと減るはずだ。あれが異常値じゃない訳がないんだよな」


 うんうん、と俺は頷いた。あれが普通のゴブリンと同等の強さな訳がない。


 通常、ドロップする魔石の数や質はモンスターの強さに比例するらしい。

 最低限の強さだけを持つモンスターは魔石一つ。その次に、二つ、三つと数を増やしていき、大体10個ほどからより質の高い魔石が出るようになるらしい。つまりあのゴブリンは少なくとも、モンスター五体以上の強さを持っていた事になる。


 聞いて俺は納得したよ。やっぱりあのゴブリンは強かったんだな、と。


「にしても……ははっ、受付嬢のあの顔は見物だったな!」


 ダンジョンを出て受付に魔石を出せば、彼女は見事に驚いてくれた。


 あれは完全に予想外、といった感じの表情だったな。

 嘘でしょう!? とハッキリと顔に書かれていた。


 あれは本当に気分がよかったな。俺の出自が出自である以上、真っ当な生まれの人に見下されるのはどうしたって避けようがない事だ。けれど、だからといってストレスが溜まらない訳じゃない。だから本人に意趣返し出来て、本当にスッキリした。


 これ以上の復讐なんて、探しても中々ないんじゃないだろうか。


「はぁ。けど、よかった。無事にゴブリンを倒す事が出来て」


 ゴブリンとの戦いを思い出して溜息を吐く。かなりギリギリだった。


 戦闘中や戦闘前こそ強がっていたけれど、実はずっと不安だった。


 本当に俺はモンスターを倒す事ができるのか? モンスターを倒せたとして、十分な収入を得る事ができるのか? そんな疑問が、ずっと頭の中を巡っていたのだ。

 ……そしてもし俺が死んだ時、弟妹達は生きていく事ができるのか、とも。


 一方は行動を起こさなければ永遠に答えが分からない問い。もう一方は俺が答えを知る事すら出来ない問いだ。そんなものに頭を悩ませるのはバカバカしい事だと理屈の上では分かっている。だけど、どうしても不安が頭から消えてくれなかった。


 ゴブリンとの戦いが始まるまで、頭の片隅にずっとその疑問があった。

 でも、もうその疑問で頭を悩ませる必要はなくなったのだ。


「……大丈夫。俺はダメな人間なんかじゃないさ。結果も出せたんだから」


 心の何処かではいつも思っていた。自分はいらない人間なのか? と。


 物心付いた頃には既に若木園で暮らしていて、俺は自分の両親というものを見た事がなかった。名付け親も育て親も、どちらもヤヨイ母さんが担ってくれたから。

 だから興味があった。生みの親である両親が、何故俺を捨てたのか。


 順当に考えれば、親が子を捨てるのは経済的に困窮しているからだろう。

 十分なお金を稼ぐことが出来なかったり、物価が異常に高騰した事で食べ物を買えなかったりした親などが、自身の生活を守るために泣く泣く子供を捨てていく。


 子供からすれば残酷な話だが、ミユキガワ市ではよくある事だ。


 特に旧市街の住民はほとんどが貧乏な人間だ。裕福な家庭など恐らくは数えられる程度にしか存在していない。故に、残念ながら子供を捨てる親は結構な数に上る。

 両親もそんな人達の一人だったのかもしれない、と俺は最初考えた。


 ――でも、もしそうじゃなかったとしたら?


 いつ頃からか、そんな考えが俺の内側で燻るようになった。


 もし両親が俺を捨てた理由が経済的な困窮ではなかったとしたら。お金に困ったからではなく、何の役に立たない俺が要らなくなったからなのだとしたら。


 その場合俺は――本当に生きていてもいいのだろうか?


 以前は本気でそう悩んでいたし、今でもまったく考えないと言ったら噓になる。これは自分自身の存在意義、これから生きていく理由にも関わるものだから。きっとどれだけの時間が経ったとしても、この悩みが完全に消え去る事はないと思ってる。


 けど、俺はもう大丈夫だ。もう……この悩みに囚われたりはしない。


「ダンジョンに潜ったのは正解だったな。お金が手に入って、悩みも消えて、未来の展望も開けた。俺はこの道で生きていく事にしよう。きっとこの道が俺の最短だ」


 苦労はあるだろう。報酬も命懸けの対価に見合っているとは言えない。

 だが、ダンジョンには栄達の可能性が確かに存在している。決して大きいとは言えずとも、その可能性は誰にでも平等に存在している。それを確かめる事が出来た。


 なら後はその可能性を全力で駆け抜けるだけ。それだけで俺は成功できる。


「なに、これまでとはちょっと苦労の質が変わるだけ。苦労自体はこれまでだって沢山してきたんだ。そう変わったりしないさ。他人と関わる訳じゃないし、簡単簡単」


 遠くないうちにダンジョンで成功してみせるさ。楽観的にそう呟いた。

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