第4話 ユウタ、ゴブリンを倒す

 ミユキガワ市旧市街。ダンジョン『鬼の塒』。浅層。


「はぁああああああああッ!!!」

『――ッ! ――――――ッ!!』


 激しい金属音を掻き鳴らし、俺はゴブリンと一進一退の攻防を行っていた。

 木製の棍棒と鉄製のナイフが接触する度に火花が飛び散る。それに疑問を覚える暇すらないほど、ゴブリンとの戦いはギリギリの状態で均衡を保っていた。


『―――――――ッ!!!』

「!? ――――チィッ!」


 ゴブリンが嗤いながら乱暴に棍棒を振り回す。俺は咄嗟に距離を取った。

 棍棒は壁や地面にぶち当たり、そのすべてを打ち砕いている。


 ……ふざけた話だ。技術も何もない棍棒を振り回すだけの攻撃に、当たれば致命傷になるほどの威力があるのだから。掠っただけで重傷とは、本当にふざけてる。


「他の採掘者達は本当にこんな化け物をいつも相手にしてるのか?」


 俺は思わず呟いた。採掘者はそんなにも過酷な職業なのか、と。


 それともこの程度に勝てないなら採掘者になる資格はないって事か。

 ……は。まあどうでもいい。どのみち俺に勝つ以外の選択肢はないんだ。退いても状況は悪化するだけ。負ければ弟妹達を助ける人間がいなくなる。

 なら勝つしかない。俺は勝って欲しいものを全部手に入れてみせる。


「とはいえこのまま戦ってもジリ貧になるだけか……」


 ゴブリンは想像以上にパワーがあり、力押しではとても勝てそうにない。

 少しの間鍔迫り合いをするくらいなら出来るかもしれない。だがそれだけだ。根本的に力で負けている以上、いつかは必ずこちらが押し切られる事になる。


 かといって敵を崩せるほどのテクニックにも持ち合わせがない。

 それが出来ればよかったのだが、生憎これが初めてのモンスター戦。武器も借り物の頼りないナイフが一本だけ。流石にこれで相手を技量で上回るなど不可能だ。


 逃走は心情的にも懐事情的にも絶対に選びたくない選択肢だ。

 他人の助けなど期待できない以上、逃げる事には意味がない。


 勝つ為にはない知恵を絞り出す必要があった。

 真っ当な手段だろうと卑怯な手段だろうと構わない。

 このゴブリンを倒す為には、何らかの作戦が要る。


『――――――――ッ!』

「!? くぅ……っ、この!」


 必死に俺が頭を回していると、ゴブリンが跳んで急襲を仕掛けてきた。

 豪快な振り下ろし。だが俺は奴の棍棒をナイフで滑らせるように逸らし、そのまま至近距離まで接近。そして――一閃。奴に向かってナイフを振り抜いた。


「チッ、やっぱりダメか。動きが早くて攻撃が中てられない」


 ……しかし、俺の攻撃がゴブリンに当たる事はなかった。

 ゴブリンが咄嗟に身体を捻って攻撃を回避したからだ。


 まるで軽業師のように恐ろしく身軽な動き。空中にいるまま見事に攻撃を躱し切ってみせた奴を、俺は強く睨み付ける。いい加減に鬱陶しくなってきた。


 そして苛立つ俺を挑発するように、ゴブリンはゲラゲラと笑う。


「クソゴブリンが……ッ。絶対に倒してやる。絶対にだ」


 そう吼えたものの、現状俺が奴に有効打を与える方法はない。


 攻撃を当てる事さえ出来れば一応倒す事は可能だろう。奴の体格は俺とそう変わらないか、僅かに小さい程度。そのうえ防具の類は一切身に着けていない。ナイフで奴の急所――首か心臓辺りを刺し貫けば、防御力のない奴は一溜まりもないはずだ。


 けれど肝心の攻撃が当たらなければそれはただの皮算用だ。無意味。

 気合でナイフを当てるか、どうにかして奴の動きを止めるしかない。


「いや……? 待てよ、そうか。何も真っ当に戦う必要はないのか」


 要は攻撃を当てる事さえ出来ればいい。律儀に戦う必要はないんだ。

 ほんの僅かな間だけ、1,2秒程度ゴブリンが足を止めてくれれば十分。それだけの時間があれば、奴に接近して首を掻っ切る程度の事は出来るからな。


 だから、一瞬だけでも奴の注意を引けるような物があればいい。


「何か使えそうな物はないか……?」


 辺りを見回してみる……が、意外な事に使えそうな物が一切落ちていない。

 洞窟なのだから小石くらい落ちていてもよさそうなものだが。洞窟の見た目をしていてもあくまでダンジョン、という事だろうか。小石一つ見当たらない。


「……もうこれでいいか」


 なので俺は――自分の上着を使う事にした。

 この際、勝てるならなんだって構わない。


『――、――――?』


 いきなり上着を脱いだ俺に、ゴブリンは困惑していた。


 はは、まあそりゃあそうだわな。戦っている敵が突然服を脱ぎ始めれば、ゴブリンじゃなくても戸惑うに決まっている。そこは人間と大差ない訳だ。

 ただ……そうやって混乱してくれるのは、こっちには好都合。


「はぁああああああッ!!!」

『――、―――ッ!?』


 混乱している間に全力で攻撃を仕掛ける――が、ギリギリで躱された。

 ゴブリンは焦ってこそいたが、結局攻撃が当たる事はなかった。


 ……チッ、やっぱりそう上手くはいかないか。この程度で攻撃が当たるなら、とっくに倒せていたはずだからな。流石にそれくらいは予想が出来ていた。

 だから本命はこれじゃなくて――こっちだ、マヌケッ!!!


『――――ッ!? ―――ッ!!』

「はははっ! 何も見えないだろう!? だが安心しろ、すぐに見る必要もなくなるさ。なにせこれからお前は――永遠に眠り続ける事になるんだからなァッ!!!」


 俺の上着を被せられて何も見えなくなったゴブリン。

 慌てて上着を取ろうとしているが……もう遅い。


 上着を取るより、俺のナイフが奴を刺し貫く方が早い!


「死ぃねェエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!」

『―――――――ッ!? ―――――ッ!?!?!?』


 全体重を乗せたナイフがゴブリンの心臓部を刺し貫く。


「オォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

『――――――ッ!! ――――ッ!?』


 ゴブリンが俺を殴り付ける……が、こんなのは屁でもないっ。

 こいつを倒さなきゃ俺は、新しい人生の一歩目を踏み出す事も出来ないんだ。最高の未来の為、なにより弟妹達の為に。この程度の痛み、耐えられない訳がない!


 それに――は、順調にダメージが入っているらしいな。

 どんどん俺を殴り付ける力が弱くなってる。このまま押し切れるぞ!


『――――、――ッ、―――――……』

「うぉっ!?」


 ――そして。とうとうゴブリンは力尽きた。

 ゴブリンの身体が崩れ落ちる。突然の事に俺は驚いた。


「勝った、のか……?」


 足先でゴブリンを突いても、一切反応しない。

 完全に無反応。ゴブリンが起き上がる事はなかった。


「……はははっ。勝った、勝ったぞ! 俺はやったんだ!」


 込み上げる達成感。俺は湧き上がる衝動のまま笑った。

 決して油断していい敵ではなかった。一歩間違えればこちらが死ぬ事も十分に有り得た敵だった。戦闘経験のない俺が勝てたのはかなり奇跡的な事だった。


 だが――最終的に立っていたのは俺だ。俺が勝ったんだ。


「はは、ははははっ、はははははははっ!」


 笑って、笑って、笑って。

 笑い始めて数分も経った頃。


「はぁ……」


 肺から空気を吐き出すように溜息を吐き。

 ……バタン、と。俺はその場に仰向けに倒れた。


「……しんど」


 見上げた上には、ゴツゴツとした岩肌が広がっている。


 とりあえず今は何もしたくない気分だった。この後の事は、しばらく休んだ後にでもまた考えよう。そう思考を巡らせ、俺はもう一度深い溜息を吐いた。

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