第3話 ユウタ、ダンジョンに入る

 薄暗い洞窟の中を、俺はナイフ一本だけを持って慎重に歩いていた。


「……ふぅ。薄暗いってだけで結構神経使うもんだな」


 一旦足を止め、一息吐く。張り詰めていた意識を少しだけ緩めた。

 そして前方へと視線を向けると――広大な空間が広がっているのが見えた。不思議と明かりが無くても問題なく視界が利いている。まだまだ洞窟へ先へ続いている。


 ――ここは旧市街。コマザト・フーズが管理するダンジョン。

 ――通称、『鬼の塒』と呼ばれる洞窟型のダンジョンだ。


 メインで出てくるのは名前の通りゴブリンやオーガ等の鬼系統のモンスター。その他にもムカデやネズミ、コウモリ等洞窟に生息する生物のモンスターが出現する。

 出現モンスターと環境の悪さもあり、不人気ダンジョンと呼ばれている場所だ。


「思ったよりモンスターが出ない……。ダンジョンってこんなもんなのか?」


 俺がこのダンジョンを選んだのは、偏に人がほとんどいないからだ。


 旧市街出身の俺はどうしたってトラブルに遭いやすい。道を歩いているだけで一般市民からは蔑みの目で見られるし、子供という事もあって悪党から狙われやすい。

 だから出来るだけ他人と関わらずに済むこのダンジョンを選んだ、のだが……。


 とはいえ本当に人が少ない。予想ではもう少しくらいいると思っていたけど。

 まあ人が少ない分には行動しやすくていい。トラブルも起こらないしな。


「予想通り人が少なくてよかった。ここなら俺も安心して行動できる」


 しかしまったく人がいない訳でもないようなので、警戒は怠れないが。


 自衛しなければ余計にトラブルに巻き込まれるだけ。特にダンジョン採掘者などほとんど無法者も同然だ。後ろ盾のない俺が他の採掘者に目を付けられれば、稼いだお金をすべて奪われる可能性だってある。積み重ねた努力ごとすべて消え去るのだ。


 そんな事態を受け入れる事は出来ない。

 努力を無駄になど絶対にさせたくない。


 人が少なく、しかしいない訳ではない『鬼の塒』はある意味理想的だ。


 人が少ないから人間関係のあれこれに悩まされる心配も少なく、けれど少数ながら人と関わる事もあるから警戒心を忘れさせずにいてくれる理想的なダンジョン。

 少なくともミユキガワ市にあるダンジョンでこれ以上の場所を、俺は知らない。


 俺は自分の判断を褒め称えた。よくぞここを選んだ、と。


「……まあ、あの受付嬢にはうんざりさせられたけどな」


 とはいえ、この『鬼の塒』に潜るのにまったく問題がなかった訳じゃない。


 ダンジョンに潜る時に通った受付――そこの受付嬢が俺を見下してきたからだ。


 勿論直接口に出して何かを言ってきた訳じゃない。表面上は普通にダンジョンの事を説明してくれたし、出入りの手続きとかでも特別いじわるな事はされなかった。

 ただ……彼女の顔や態度に、俺への嫌悪がハッキリと表れていた。


 おかげでダンジョンに入り辛くて仕方がなかった。

 これから頻繁に会うと思うと、今から気が滅入る。


 ――そう、げんなりしている時の事だった。


「ゴブリンッ!? ようやくお出ましか……ッ!!!」


 洞窟を歩き続けていると、とうとうモンスターと遭遇した。


 遭遇したのは緑の肌と小さな角を持つモンスター、ゴブリン。

 人型の中でも特に、ダンジョンで遭遇する可能性の高い敵だ。


『――――? ――、――――ッ!!』

「そっちもやる気満々だな。いいぞ、相手してやる」


 俺がナイフを構えれば、向こうも気付いて雄叫びを上げた。

 はは、当然だな。つい興奮して声を出してしまったからな。


 こちらの武器はナイフが一本だけ。当然盾なんか持ってないし、着ている服もただの襤褸切れ。防御力なんて期待するだけ無駄だ。貧弱にもほどがある装備だ。

 身長もほぼ同じ。戦い慣れてない分、こっちの方が不利かもな。


「……けど、それで勝負が決まってる訳じゃない」


 確かに俺に戦闘経験はない。同年代と比べると身長だって低い。

 敵よりも不利な部分なんて、探せば幾らだってあるだろう。


 けれどそんなものは幾らだって覆せる。いや、覆してみせる。


 なにより勝たなきゃこっちは生活もままならないんだ。なら、なにがなんでも勝ってみせるだけ。それ以外に俺が成功する道がないってんなら、是非もない。


「……………………」

『――――――――』


 言葉はない。静かに戦闘が始まる瞬間を待ち望んでいる。

 どちらも動かないまま一分ほど時間が経ち――そして。


 カツン、と。何処かで小石の落ちる音がした。


「うぉおおおおおおおおッ!!!」

『――――――――――ッ!!!』


 直後。俺は全力で駆け出しゴブリンに向けナイフを振るった。

 自分でも驚くほど綺麗に繰り出せた一撃。これならゴブリンも避ける事は出来ないはず……! 刹那の間にそう確信してゴブリンを見ると――


「なっ、棍棒で弾かれた……!?」


 ガキィンッ! と、甲高い金属音を響かせナイフは弾かれた。

 渾身の一撃を弾いたのは――ゴブリンの持つ棍棒。


 ――嘘だろう!? 俺は驚いた。


 だってあいつの持つ棍棒は明らかに木製だ。太めの木材を適当な形に切って使っているようにしか見えない見た目。金属の要素なんて何処にもないんだぞ!

 それなのに金属音が鳴るなんて、一体どうなってるんだ!?


『―――――――!』

「ぐ、ぅ……!?」


 ゴブリンが驚く俺を嗤い、棍棒を振り下ろす。


 ――強烈な一撃だった。ナイフで棍棒を受け止めた瞬間、巨大な金属の塊をぶつけられたような衝撃が、全身に走った。小型車とでもぶつかったのかと錯覚した。


 こんなものを受け止め続けるのはとても賢い選択とは言えない。

 すぐにナイフの持ち方を変え、棍棒の軌道を身体からずらした。


 ――ボッゴォオオオオオオオンッッッ!!!!!


 地面に巨大なクレーターが形成される。それを見て血の気が引いた。


「ふざけんな……っ。なんでこんな化け物が出て来るんだ……!?」


 ダンジョンには確かに強いモンスターが出るらしいけど、あくまでそれはある程度奥に進んだ場合の話。入口近くで強いモンスターが出たなんて聞いた事がない。


 ……それとも、ダンジョンだとこのレベルが弱いモンスターなのか?

 より深い層に行けばこれよりも更に強いモンスターが出て来るのか?


「いや。今はそんな事を考えている場合じゃない。どのみちこいつを倒さなければ食費すら手に入らないんだ。なら強い弱いは関係ない。絶対に倒してやる……!」


 こいつを倒して手に入れたお金で、美味しいご飯を食べてやる!

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