第18話 潮の香り

私が歪んでしまった根本の原因は何処にあるのだろうか。

恐らくそれを辿ると行き着くのは...彼女。

つまり実奈さんが...消えてからだろうけど私は歪んでしまった。

全てが歪んだ。

恐らくはその時から既に私は闇堕ちしていた。


そこから多分、かなり歪みをしたんだと思うけど。

そう思いながら私はお兄ちゃんの背後を歩く。

するとお兄ちゃんが立ち止まった。

そして私を見る。


「なあ。湊」

「...うん?どうしたの?十色お兄ちゃん」

「何か飲み物を買わないか」

「うん。そうだね。喉乾いた」


そして私達は自動販売機を見る。

それから電子マネーで購入してからコーヒーと炭酸飲料を2人で飲み始める。

すると十色お兄ちゃんが口を開いた。

重い口を開いた。


「...彼女はな。...精神科に何回も何回も入院した経歴がある」

「そうなんだね」

「そうだな...」

「...」

「...」


私達の話がそこで止まる。

それから私は炭酸飲料を片手に空を見上げていると十色お兄ちゃんが口をまた開く。


「...つまり実奈の身が心配って事だ」

「...そうだね。安心は出来ないね」

「お前はどう思う」

「...そうだね...会いたいけど何処に居るかも分からないしね」

「...そうだな」


そしてまた話が途切れる。

お兄ちゃんは相当に不安定になっている。

私はそう感じた。

それから私はお兄ちゃんを抱きしめる。


「...大丈夫?」

「...ああ。ちょっと精神面が不安定なだけだ」

「大丈夫。私が居るから。絶対に不安にさせないよ」

「...そうだな。ありがとう。湊。お前が居るから安心している」

「うん...」

「...でもやっぱり不安なんだよな」


それは確かに。

そう思いながら私は十色お兄ちゃんを抱きしめていると。

十色お兄ちゃんが頬を抓った。

それから思いっきり立ち上がる。

そして私を見てくる。


「こんなに心配してもどうしようもないな。...なあ。どこか行かないか」

「どこかってどこに行くの?」

「そうだな。海とか行ってみないか」

「海?」

「そうだな。...10年前行ったよな?」

「そうだね。10年前に行ったきり...そうだね!行こうか」


それから私も立ち上がる。

そして私は十色お兄ちゃんの手を握る。

そうしてから私達は駆け出して行く。



あの日、十色お兄ちゃんと星を見たのを忘れてない。

そしてあの日の帰り道で私はお兄ちゃんにおぶられた。

それからその何週間か後に。

全てを失った。



電車に乗った。

それから私達は4駅先の海駅(うみえき)という場所に着いた。

そして電車から降りるとそこから良い香りがした。

それは潮の香りだ。

私は思いっきりに吸い込んでみる。


「良かった。何か...季節が変わった様に感じていたから」

「そうだな。...本当に10年ぶりの海だな」

「そうだね。あの日と何ら変わらないね。この場所」

「ああ」


そしてお兄ちゃんは伸びをする。

それからヘソが見えた。

私はクスクスと笑いながらその姿を見る。

そうしてから私も息を吸い込んで吐く。


「気持ちの良い景色だね」

「ああ。そうだな」


それから私達は駅から出る。

すると目の前に駅が、路面電車が、と。

そんな光景が広がった。

私は目を輝かせる、と同時に。

涙が溢れた。


「...良かった」

「大丈夫か。湊」

「うん。大丈夫。...私、何だか嬉しくて」

「な、何が嬉しいんだ?」

「...この場所に戻って来れたのがね」


そして私は涙を拭う。

ハンカチで拭ってから十色お兄ちゃんを見る。

十色お兄ちゃんは心配げに私を見ていた。


そうなんだよね。

こういう所が好きなんだよね。

十色お兄ちゃんの大好きな所なんだよね。

私が...最高に好きな所。


「...ねえ。十色お兄ちゃん」

「...うん?どうした?」

「私...貴方の事、十色さんって呼んで良い?」

「...ふぁ!?...ま、まあ良いけど...」

「だっておかしいよね。ずっとお兄ちゃんっていうのも。私は貴方が好きなんだからね」

「...ああ。まあ...うん。好きに呼んでくれ」


そして私は十色さんの腕にしがみつく。

それから十色さんを見上げた。

十色さんは何だかウブな感じで恥じらっていた。

私はその姿にクスクスと笑う。


「...十色さんは...好きな格好とかある?」

「す、好きな格好って?」

「バニーガールの姿とかさ。そういうので好きなのがある?」

「そ、そういうのはまだ早い。...全く」

「でも私は18歳になったから」

「選挙権が持てるだけだろ!」

「うん?知ってる?18歳って結婚出来るよ?」


私の言葉に十色さんは真っ赤になっていく。

その姿に潤んだ瞳で見つめる。

愛おしいなぁやっぱり。

するとスパァンと十色さんが叩かれた。


「何をしているんですか。人前で。先輩」

「と、豊島...!?なんで居る!」

「私ですか。私は一人海水浴です。奇遇ですね。あはははは」


乾いた笑いを浮かべながら十色さんを睨む豊島さん。

私はその姿を見てから考える。


「豊島さん。それは嘘ですよね。全身喪服ですし」

「...まあね。実はおばさんの法要に来たんだよね」

「...そうだったのか」

「海駅に眠っているんです。おばさんが」

「...そうなんだな」

「でも苦痛とかじゃないですよ。そこら辺は誤解なさらないで下さいね」


そして豊島さんは私達を見てから口をへの字にする。

それからポンッと手を叩く。


「そうだ!私もデートしてもらって良いですか」

「は?!」

「だって湊ちゃんと2人きりなんて。私が加わっても同じでしょう」

「い、いや。そういうのは」

「良いですから」


それから豊島さんは私が絡ませている腕の反対側に腕を絡ませた。

そして十色さんを見上げる。

何だかもう。


まあ仕方がないか。

そう考えながら私は苦笑してから真ん中に十色さん。

右側に私、左に豊島さん。

それで歩き出した。

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彼女を寝取られた俺が幸せになる為の、その日 アキノリ@pokkey11.1 @tanakasaburou

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