まも

第1話

 バイトの帰り道、まだ十五時頃でまだまだ明るい。

 駅まで続く歩道橋を歩きながら、やっぱり都会は人が多いなぁと改めて思った。

 その道の途中で路上ライブをしている人がいる。

大学生くらいの男の人で、ギターを弾き語りしていて、周りにも何人かの人だかりができていた。

 田舎ではそんな人見たことがないので、物珍しさに足を止める。

凄く素敵な歌声と優しいギターで心地が良い。気が付いたらその人に目が釘付けになっていた。

 私の隣で聞いていた人が投げ銭をしにいく。

私も投げ銭したいけど、そんなお金ないなぁ……と思いながら、私は駅に向かった。



 改札の前まで来て、そういえばお金入ってなかったなと思いチャージしに並ぶ。

都会はチャージするのも一苦労だなぁ、と思いながらぼんやり路線図を眺めた。

まるで迷路のようだ。

 チャージし終わって改札のほうに向かおうとすると、誰かに呼び止められた気がして後ろを振り向いた。

 それっぽい人はいない……気のせいだったか、と思い前を向いたら私の前に、男の人が立っている。

 大荷物を背負って、膝に手を当てて息を切らしていた。走ってきたのだろうか。

 「あの」

 という声が被ってしまいオロオロしていると、

「あの、これ……」

といって男の人にくまたんのキーホルダーを手渡される。

 これ、私のだ……。

先輩にもらったキーホルダーがついてるから間違いない。

 落としちゃってたんだ。

 「あ……!ありがとうございます……!」

 といって頭を下げる。

 くまたん、手のひらにすっぽり収まるくらいの、ふわふわのくまのぬいぐるみ。

変な顔をしていてかわいい、大切な、くまたん。

 「ほんとに……ありがとうございます。良かった……。気づかなかった」

 「へへ、いえいえ」

 と言って男の人はへらへらしている。

 「なんとお礼をしたらいいものか」

 「いや、そんなお礼なんて――。あ……あの、一つ変なことをお聞きしても……?」

 突然変なことを聞くと言われてしまったものだから少し驚きながらも首を縦に振った。

 「じゃあ聞かせて頂きますね。――空から声が聞こえることはありますか?」

 本当に突然変なことを聞かれてしまい呆然とする。

 「あっ、いやすみません……。聞こえ……ないですよね……」

 「あ、いや……」

 いや、待てよ?と過去のことをよく思い出そうと頭をフル回転させる。

 「あの、では俺はこれで……すみません、本当、いきなり」

 と言って男の人が立ち去ろうとするのを慌てて呼び止める。

 「その、小さい頃……なんですけど、一度だけ、悲しそうな声が聞こえてきたような気がするんです。空から」

 その人は目を少し見開いた後「本当ですか⁉」といって上手いこと人を避けながら飛びかからんばかりの勢いで戻ってくる。

その様子に少し吹いた。あんな戻りかたしてくる方が悪いと思う。

 「本当に⁉本当⁉」

 「声大きいです……」

 と勢いに押されながら周りの目を気にする。

 「あっすみません……つい……もしよければ、よければなんですけどこの後時間あったりしませんか?話したい事があって……」

 と言ってその人は「ここ行きたい」という風にスマホのマップを見せてくる。

 「ありますよ、時間。行きます?ここ」

 「いいんですか!」

 と、その人は嬉しそうに喜んでいる。

 ここなら一目もあるし良いかな、と、お礼をしたいのもあってついていくことにした。



 「広い……」

 マップを見ながらたどり着いたのはだだっ広い緑いっぱいの公園だった。

 といってもほとんど私が連れてきたようなものだ。

あのレベルの方向音痴で今までどうやってこの都会で生きてきたのだろうか。

 とはいえ都会の中にこんなところがあるなんて知らなかったので驚く。

 「最近できたばっかなんです、ここ」

 といってその人は丁寧に荷物を地面に置いた後、地面に大の字になる。

 変な人なのかな、この人。

 「話っていうのは?」

 と私が言うとその人はハッとしたように上半身を思い切り起こす。

 「すみません!話……、そういえば名乗ってなかったですよね。俺、樋口凪って言います」

 と言って学生証を見せられる。大学生らしい。

 「樋口さん。……私は柳瀬です。やなせしづき」

 「柳瀬さん。さて――、何から話したもんかなぁ……」

 と腕を組んで悩んでいる。

 決まってなかったのか、と思いながら私も斜め前くらいに足を延ばして座る。

やっぱり草っていいなあと思いながら話し始めるのを待つ。

 「よし、じゃあまず空の話からするか」

 と独り言のようなものを呟きながらこちらに向き直った。

 さて、と一呼吸おいたあと、樋口さんは話し始める。

 「空、といっても正確には宇宙のことなんですけど……宇宙には人の意志が混じってるんです」

 と、あまりにも真剣な顔つきでオカルトめいたことを言い出すのでやばい人だったかな、と思いながらとりあえず話だけでも聞いてみることにした。

 「その意志が混じる原因となった話、長くなるけど聞きたいですか?」

 「はあ、まあ……?」

 と言うと樋口さんはよし、と気合を入れてまた話し始める。

 「俺の弟が小さい頃、一緒に日向ぼっこしてたら変なことを話したんです――


 ぐちゃぐちゃになったははの一つが大ちにとけて、いっしょになったんだよ

 それでね、ながい、ながい年月がすぎたあと、大ちはひとりぼっちになっちゃったの

 みんな、とおくにいっちゃったんだ

 みんな、みんな、とおくにいっちゃったあと、大ちはのみこまれて、そらとぐるぐるまじって、ぐるぐる、ぐるぐる大きくなって、またみんなとあえたんだよ

 そこに、いるよ

 あのおっきな、空に、見えないけど、いるんだよ

 ほんとだよ


 ――って。昔の話だからちょっと間違ってるところがあるかもですけど」

 なんとも変な話だった。最初から最後までよくわからない不思議な話。

 「それで、これを俺なりに解釈してみたんですけど……」

 と言ってスマホを手渡される。

 そこにはノートの写真が映っていて、さっきの文章と、そこに赤ペンで書き込みがしてあった。

 「簡単に俺の解釈を言うと、地球のような星とそこに住む一人の人間、女性ですかね?が混じってここでいう地球と一つになった。ところがその星に生き物はいなくなり、やがて地球でいう太陽に飲み込まれて、宇宙と混じって一つになった……。って思ったんですけど……なんか意味の分からない話ですよね。本当」

 「ですね……」

 「最初に、『ぐちゃぐちゃになったははの一つ』とあるでしょう?ははの一つ。つまり『ぐちゃぐちゃになったはは』は地球と混じったやつ以外にもいるんだ。と俺は考えました。もしかしたら弟がそうなんじゃないか、と」

 「それで」

 「そして、その中の一つが、あなたかもしれない」

 「私が?」

 「いや、違うかもしれないけど……。正直何もわからないんです。何もわからないまま弟は死んだから。それこそ弟がただなんとなく作った話を喋っただけかもしれないし……」

 弟さんが――

 「なんか、目が一緒なんです。目が」

 「目?」

 「そう。目」

 目……。

 「あの、よければ協力してほしいんです……いや、本当に暇だったらでいいんですけど……!この弟の言葉がなんだったのか知りたいんです。弟が、なんで死んだのか」

 変なことになっちゃったなあ、責任重いなあ、と思いつつも少し協力してみたい自分がいた。

 最近ずっとずっと同じ生活の繰り返しで、毎日がつまらなかったのだ。



 「で、協力することにしちゃったわけ~?」

 「そうなんです……」

 高校も夏休みに入って暇だったのもあり、好奇心その他諸々に負けてしまったのだ。

ちょっぴり心配なので近所の喫茶店で働いている大学生の京花さんに相談してみている。

カウンターでカフェラテをちびちび啜っていたら休憩中の京花さんが話しかけてくれたのだ。

 「もう~知らない人についてったら危ないでしょ」

 「それはまあ……私が連れて行ったようなものなんですけど」

 京花さんはやれやれと呆れている。

 「心配ならやめときゃいいのに……。よし!わかった。一回そいつ連れてきてみ?」

 「え⁉」

 「こうみえてあたし、男見る目あるから」

 「彼氏いないのに?」

 と私が言うと京花さんはそっぽを向いて下手な唇をヒューヒュー吹いている。

 「ま、まあ!男を見る目があるのと彼氏ができるのとでは使う能力が違うから!じゃなくて……やばいやつじゃないか確かめるためにも!一回見ときたいの!心配でしょ!」

 と京花さんは言っているが樋口さんはなんとなく全方位やばい人な気がするので既にアウトだった。

 そんなに心配しなくても……と思いながらカフェラテをちびちび飲んでいると樋口さんから連絡がくる。

「今度いつ暇?見に行きたい廃村があって」とのことだ。

「廃村~?」

 と横からのぞき込んできた京花さんが呟く。

 「廃村か――」

 「……ねえ、なんかちょっとワクワクしてない?」

 「してます」

 「呆れた。そういえばそういうの好きそうだもんなあ、志月ちゃんは……」

 マスターのおじいさんに「そろそろ休憩終わるぞ~……」とよぼよぼの声で呼ばれて「じゃっ、ちゃんと気を付けるんだよ!」と裏のほうに入っていった。

 いってみようかな……廃村。



 「君が志月ちゃん~⁉可愛い~~!え!この子可愛い~~!」

 と待ち合わせ場所の駅前のロータリーで、いきなり髪をオレンジに染めた可愛いお姉さんに絡まれて困惑する。声が特に可愛い。

 その後ろに停まっている年期の入った黒の軽自動車から樋口さんが出てきた。

 「いや、へへ、すみません……増えちゃいました」

 と樋口さんが言って、前側の窓が開いた。運転席にいた男の人が軽く会釈をする。

 増えている。

 「紹介しますね、この女の人が風間波留、こっちの運転手が手島夏樹。皆同じ大学の人です」

 「運転手言うな」

 「は~い」

 と樋口さんはのほほんとかわす。

 「ごめんな、勝手に増えて。でもこいつ、運転免許いつまでたっても取れないもんだから……」

 と運転席の手島さんが言う。

 「はは……でしょうね……」

 と苦笑しながら「でしょうね???」とちょっと不満げな樋口さんを横目に、風間さんに「乗って」、と促され後ろの席に座る。

 目的地はここね、といつの間にかつくられていたグループラインに風間さんがマップのURLを送ってくれた。

 「ごめんね、勝手についてきちゃって。でも男二人に女の子一人なんて心配だったから。ごめんね~」

 「あ、いえ……わざわざありがとうございます。私、柳瀬志月です」

 「柳瀬さんね!別にいいんだよ!廃村、私も興味あるし。心霊スポットとかにもなってるっぽいよ」

 「心霊……⁉」

 「はは、まあただの噂だって」

 という話やくまたんの話でなん十分も盛り上がったりしているうちに、いつの間にか山のようなところに入っていた。道もだいぶガタガタしている。

 「揺れるね~。もうすぐ着くんじゃない?」

 「だろうな。全く整備されてない」

 ちょっとでも左によったらそのまま転げ落ちて森の中に入っていきそうな道の狭さだ。

 落ちないで……と祈りながら車はガタガタ揺れながら奥に進んでいく。



 しばらく揺られていたら、いつの間にか森の中だったのが、開けた場所の集落にたどり着いていた。思ったよりも広い。雑草で荒れてこそいるものの広い庭付きの家が十数軒ある。

 「ここが廃村ですか」

 「よし、多分間違いない。多分ここですよ、廃村」

 多分……。

 「多分間違いないってそれ矛盾してるよね~。ねえ?」

 と風間さんが笑いながら話す。

 道のわきに放置されている車にツタが絡み始めていた。

 ギリギリ2台通れるくらいのコンクリートの一本道のわきには田んぼや、雑草だらけの庭、木造でできた家などがまだ比較的新しい状態で残っていた。

 にわとり小屋のようなものがおいてある家もある。

 「廃村って割にはきれいだな。ほんとにここで合ってるのか」

 「いや、多分……あってると思うんだけどなぁ」

 と自信なさげに答えている。

 「まあ、とりあえずインターホン鳴らしてみよ。万が一廃村じゃなかったとしても何か知ってる人がいるかもしれないし……」

 といって樋口さんはためらいなく一番近い家に近づいてインターホンのボタンを押す。

 それを三人で追いかけるが、どうやら電気が通っていないようで、チャイムはならなかった。

 「ってことはここには人は住んでないってこと?」

 「かも、しれない……見た限りじゃ誰もいないしな。庭のほうに、言ってた祠はないのか」

 「祠ですか?」

 「え、樋口い?話してないの?祠のこと」

 と風間さんが詰め寄る。

 「わざわざ協力してくれてるんだから、ちゃんと説明しないとだめでしょ!」

  と言われて樋口さんは「ごめんごめん」、と謝っているが「私じゃないでしょ!」と言われて私に「すみません……」と謝った。

 「色々見てたらどこかの家の庭に祠があるみたいで。調べられるものは調べときたいので見ておこうかなあと……」

 「へえ……。ところで何でこの廃村を調べてるんですか?」

 「あ~……。実は俺の祖母がここに住んでたんですよ。それで、家族で帰省してた時に、弟が――」

 あ~、と風間さんが声を漏らす。

 「だから何か分かることないかなって。結構昔のことなんですけどね」

 と言いながらへらへらしている。

 そういう事情が。――確か弟さんは日向ぼっこしているときにあの言葉を喋ったんだったか。

 「おお……」

 私がいきなり雑草の上に寝転んだもんだから手島さんが驚きの声を漏らす。

 「どうしたの…?」

 「いやあ……弟さんが日向ぼっこしてるときにあれを言ったんなら、私も日向ぼっこしたらなんか分かるかなって」

 へ~、と樋口さん以外の二人が同時に声を漏らした後、樋口さんがしゃがみこんでこっちを見ている。

 「樋口は何してんの…?」

 「あ~、いやあ、やっぱ似てるなあって思って」

 「へえ?」

 突然、空から、声が聞こえた。

 苦しそうな、苦しそうな声に、呼ばれた。

 「あ」

 「ん~?」

 「柳瀬さん、寝ちゃった?お~い」

 「あ~、ほんとだ。風間さん、柳瀬さんを車まで頼んだ!」



 「あ、起きた」

 どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 不思議な夢をみた。不思議な、不思議な、夢だった。

 「……今は」

 「今はね、十六時前だよ。今廃村をでたとこ」

 「ちょっ、戻ってもらえませんか!」

 「今から?」

 運転席のほうから声がした。

 「今からです」

 「今から……か、明日とかじゃだめなの?」

 「だめです」

 「だめ……?分かった、ただしここじゃUターンできないから一度降りきってからな。帰り遅くなるけどそれでいい?」

 「はい!ありがとうございます!」

 不思議な夢を見た。

 小さな男の子が話をしていた。


 みんなが空にのぼったよ

 空につれていかれちゃったんだよ

 空は、みんなにじぶんがあじわったくるしみをあじわわせてつれてっちゃった

 それで空はつよくなったよ

 つよくなって、空は――


 「そんな夢を?……それで、今からその子に会いに行くってこと?」

 「そうです。今ならなんだか、会えるような気がするんです。お願いします」



 「よし、ついた……ってこいつ、寝てるし」

 と、シートベルトを外しながらあきれた目で樋口さんを見ている。

 「は~⁉せっかく志月ちゃんが協力してくれてんのになにしてんの、起きな!」

 と言って風間さんが前の座席を思いっきりバンッ、と蹴るも、樋口さんは爆睡している。

 私はというと日向ぼっこしている間に寝てしまった身なので何も言えない。

 「これ俺の車だからな……?」


 「こいつ置いていっちゃおうか」、ということで三人だけで男の子がいた家を探すことになった。

 「その男の子がいた家ってどんな感じだったの?」

 「うーん、部屋の真ん中にちゃぶ台と、その上に花瓶があって、周りには座布団が四つ敷いてあって……部屋の横に縁側と、仏壇が置いてある部屋と、台所と食器棚にラジオが置いてあって、あとは棚が置いてある廊下があって……」

 「さっき私たち置いて村見てた時に見なかったの?そういう家」

 「いや……家の中までは見てないからな」

 手島さんがなにか思い出せないかと考え込んでいる。

 「こうなったら片っ端から探し回るしかないか……。見つけたらスマホで連絡ね!はい!スタート!」

 といって風間さんはさっさと一番近い家に走って行ってしまった。

 「わ……」

 「風間はいっつもあんなだから……とりあえず探すしかないか、見つけたら連絡するから」

 といって手島さんも行ってしまった。

 私自身も変なこと言ってる自覚あるのにここまで協力してくれるとは思わず正直驚いている。

 頼んだ私が何もしないわけにはいかないと、私も誰も探していない一番遠くの奥の方の家に向かった。



 かたいコンクリートの道は緩やかな坂になっていて、普段から少し運動不足な私は坂の途中くらいからへろへろになっていた。

 やっとの思いで玄関にたどり着く。

 若干立て付けが悪くなっているようで力を入れて空けないと開かないようだった。

なんとか体重をかけながら大きい音を立ててやっとの思いで引戸が開く。

慎重に中の様子を伺ってみる。

 辺りはほこりというか、砂というか、汚れだらけで、ところどころ蜘蛛の巣も張っていた。

 玄関の奥の廊下の左側、今度はすりガラスに格子状の木が張り付けてある引き戸があった。

 お邪魔しますー……と小さな声で言って、靴を脱いで上がる。光があまり届いていないらしく、薄暗い。

 こっちは少し力を入れるだけで開いた。


 ……ここだ。

 夢で見た景色とそっくりだった。

 そっくり、そのまま……。


 「誰か…いない?」

 反応はない。

 「空のこと…教えてほしい。誰かいないの……?」

 どこからも、反応はなかった。

 「いない……」

 いなかった……?

 一気に力が抜けてその場に座り込む。

 「なんだ……」



 「空がおちてくる」

 「⁉」

 驚いて上半身を慌てて起こす。また眠ってしまったのだろうか。

 「空が、おちてくる」

 小さな、あの、男の子だった。

 「空が……?」

 「おちる」

 空が落ちる?一体どういう

 「このままだと空がおちちゃうんだ。このままおねえちゃんがのみこまれたら」

「飲み込まれる…?」

 ……ああ、そうだ。あの事か。

 空が味わった苦しみで皆を連れて行った……。

 樋口さんから聞いたときにそんな言葉があった。

 「おねえちゃんでさいごなんだ。ぼくのことは、そのうちあきらめるかもしれないけど、おねえちゃんが」

 「私が飲み込まれたら、空が落ちるってこと?」

 「うん」

 「何に、飲み込まれるの…?」

 「わからない」

 ゆっくり、ゆっくりと肩で深呼吸をする。

 「さっき、空から、声が聞こえたの」

 「空から?」

 「そう……。なんて言ってたのかは分からないけど……凄く、苦しそうな声で私を呼んでた」

 「……そっか。空が」

 「そう……どうしよう。空、凄く苦しそうだった。でも連れていかれるって……」

 「……ここにいれば、てんじょうがあるからつれていかれないんだ」

 「天井?」

 「そう。このむらにいれば、空にいくこともない。空はおちない」

 「村の外に出て飲み込まれたら――」

 「空が、おちる」

 今にも泣いてしまいそうな、悲しい声をしていた。うつむいていて顔はよく見えない。

 思いっきり息を吸って、一気に吐く。

 「そっ……かあ」

 大変なことになったな、と思いながら頭の中を色んな大切な人の姿がぐるぐるとまわっている。

 空の、あの、苦しそうな声は一体何だったのだろうか。なんて言っていたのだろう。

 「空は――ずっとひとりぼっちなんだ」

 「独りぼっち?」

 「そう……。ずっとひとりで、だからかいほうされたいって」

 「解放」

 「もうひとりで、いたくないんだって。だからおちるの。じぶんが、きえちゃうために」

 「私が空に行ったら、空は独りぼっちじゃなくなるんじゃないの?」

 「空は、もともとおねえちゃんといっしょだったの、だからほんとうはべつべつにはなれないんだ。だから、つれていかれて、ちかづいたら、いっしょになっちゃうの」

 「そう……なんだ」

 「空のところにいっちゃうの?」

 と、とても、悲しそうな声をする。

 「……なんで話してくれたの?空のこと」

 「おねえちゃんがここでしんじゃって、てんじょうにまもられて、空がおちなかったとしても……こんどはおねえちゃんもここでぼくと二人だけになっちゃうんだよ」

 「……そっか」

 「だから……」

 「ありがとう。大丈夫だよ。空は落ちない」

 「おちない?ほんとに……?」

 「本当だよ。大丈夫。空は、落ちない――」



 「うー、ん……」

 「あ!起きた?」

 気が付くと辺りは日が暮れかけていて、私は風間さんにおんぶされていた。

 「わ……!すみませんっ、歩きます……自分で……」

 と言っておろしてもらう。

 「手島くんから柳瀬さんがそれらしき部屋で倒れてるって連絡があって急いで来てみたら、また寝てたでしょ。話はできた?」

 言葉が詰まって立ち止まる。

 二人が振り向いた。

 「あの、それが、空が落ちるって」

 「空が?」と二人の声が被る。

 「私がこの村の外で死んだら、空が落ちちゃうんです」

 二人が目を合わせる。しばらくの間沈黙が流れた。

 「だから……ここで死なないといけなくて」

 「……死なないといけない……?」

 「死ぬときはここじゃないといけないんです……。だから……もし良ければ、ここに住みたくて」

 再び沈黙が流れる。二人ともあっけにとられているようだった。

 「でもこんな山の中じゃ野垂れ死ぬじゃないですか……だから、その」

 「……それなら多分問題ない。多分あいつがどうにかする」

 「え、でも樋口運転できないでしょ?ごはんとかどうするの」

 「どうにかするんじゃねえの」

 「んな無責任な……」

 「あいつがどうにもならなくても最悪俺がなんとかする」

 「え?」

 「あ?」

 「頭でも打った?」

 「打った……」

 と言うのをみて風間さんは「ならしょうがないか~!」といって笑い出した。

 「あ、そうだ。柳瀬さんはここから離れられないんでしょ?今晩とか、どうするの?いろんな人への連絡諸々のことは今ここでどうにか頑張ってもらうとして……」

 「ああ、そのことならなんと、あいつに無理やり連れていかれたキャンプの時の道具が車に積みっぱなしです。……あいつの祖母の家があるんだろ。そこに置かせてもらえば」

 「おー!よかったねえ!私も泊まっちゃおっかな!」

 「ぜひ、そうしてくれると助かる」

 「了解―!」

 という風に、とんとん拍子に話が進んでいくので驚く。

 「あの、本当にいいんですか……?」

 「いいのいいの、こいつが良いって言ってるんだから」

 本当にいいのかな、と不安になりながらとりあえず一緒に道具を車に取りに戻ることになった。


 「あー!遅かったね~。おかえり――いっっって!」

 「遅かったねじゃないのー!寝てたのが悪いんでしょ!何寝てんの!」

 と風間さんが素早く車のドアを開けて樋口さんのすねを蹴る。

 「そんな……そんな蹴らなくても」とすねの辺りを抱えて痛そうにしている。

 「なあ、樋口のお祖母さんの家って今誰が持ってんの?」

 「えぇ、母さんだけど……。どしたの?」

 「柳瀬さんがここに住みたいって」

「住む⁉柳瀬さんが?なんでまた、急にそんなことになったんです……?」

 とこちらを向いた。

「いや、それが――」



「あー……そうだったのか……。分かりました。俺がなんとかします!」

 と満面の笑みで答えた。

 「本当にいいんですか……」

 さらにニコーッと笑う。

 「運転はなんとかなるか分からないので……手島に任せますね!ということでよろしくな!」

 「ちょ……もうちょっと免許をとる努力をしようとしてくれ……」

 と呆れた顔をした。

 はは、と笑いながら樋口さんが先に荷物を降ろしていた風間さんの手伝いをしに行く。

 手島さんが心配そうに顔をこちらに向ける。

 「本当にいいのか、これで?」

 「へへ、これがいいんです……もともと一人暮らしだったし。と言っても色々とやってもらってる立場で図々しいですけど……」

 と言うと、「そっか。」と言って、二人のほうに向って行った。

 私もそれに続いて、今夜ここに泊まる準備を始めた。

 真っ暗な空には、たくさんの、たくさんの星が輝いていた。

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まも @mamo921

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