第4話 大切

 律をタクシーに乗せて、家に帰ったら倫が部屋の真ん中に突っ立っていた。

 片手にスマホ。

 どこに何の連絡をしようとしたのやら。


「倫?」

「帰ろうと思ったんだけど、ここの鍵ないなって……」


 倫が俺を見て泣き笑いの顔になる。


「……そっか。留守番、ありがとな」


 倫の手からスマホを取り上げて、テーブルに置く。

 あぐらをかいて座って、膝の中に倫を引き寄せた。

 子どもの頃からの倫の指定席。

 律と取り合っていても、倫しか座らせなかったところ。


「律が……」

「うん」

「おれのことバカじゃねえのかって……でも、バカなのは律だ……あいつ、常識なさ過ぎ」

「だな」


 こんな常識なしの乱暴なやり方、どこで覚えてきたんだ。

 俺も倫も、自分の口からまだ好きだなんて言ってない。

 なのに律のお陰でお互いの気持ち、バレバレじゃないか。


「でも、やっぱホントにバカなのはおれなんだ……律は常識わかってないけど、おれはわかってても……わかってんのに……」


 倫が言葉を詰まらせる。


「じゃ、俺はもっとバカだな」


 腕を倫の身体に回した。

 ほら、すっぽり全部包み込めた。

 このまま閉じこめることが出来たらいいのに。


「兄ちゃん?」

「俺は、お前を選んだときに、常識より俺の気持ちを取った。お前を困らせるかもなって思ったけど、だからどうしたって、思った」


 律に気が付かれているとは思わなかったなあ、と、つぶやく。

 ホント。

 俺が好きで……俺だけが、倫を好きでいるだけで、良かったんだ。

 ちょっと度を超えたブラコン野郎でいるつもりでいたのに。


「おれ、変じゃないの?」

「知ってるか? 変っていうのは普通があるから発生するけど、その普通は時代によって変わるんだぞ」

「屁理屈」

「おお、屁理屈上等だ」


 俺の腕に倫がしがみついた。

 肩が揺れているところ見ると、何かがツボにはまったらしい。


「ところで、倫?」

「なに?」

「好きだよ」


 耳元で囁く。

 オニイチャンは知っています。

 倫は俺の声が好きだし、耳への刺激に弱い。

 ぴくっと反応して固まってしまった倫を、ギュウと抱きしめる。

 俺の声に反応したのは倫だけど、倫のかわいらしさに反応したのは、俺。

 いやあ、三十代といってもまだ若いね、安心した。


「に、兄ちゃん?」

「ん~?」


 倫がもじもじし始める。

 お前も男ならわかるだろう?

 そこでもじもじするのは、危険が増すだけなんだってば。


「いや……あの、え……マジで?」

「これか? 本気だけど……まあ、ここまで待てたから、後少しなら待てるんじゃねえか。がっついてお前に嫌われる方がイヤだしな」

「兄ちゃんが、おれで……」

「勃ってるって? 勃つに決まってんじゃん、本気で惚れてるんだから。お前、俺をなんだと思ってんの?」


 びっくりした顔で、振り向いて倫が俺を見る。

 かわいいびっくり顔、いただきました。

 そのまま押さえ込んでキスをした。

 ついばむように唇をあわせて、舌であわせめを舐めてから、ギュウと押しつける。


「ん~……」


 息継ぎをしようとしたところに、舌を差し込んで口腔をなめ回した。


「ぅ……ん、ん…んん……」


 じたばたと暴れていたけど、そのまま続けたらシャツを掴んですがりついてきた。

 ちゅ、とわざと音を立てて解放したら、フニャフニャの顔でにらんできた。


「……に、ちゃん」

「前言撤回」

「は?」

「お前がかわいいのが悪い。このまま抱く」

「はぇ?」


 これは据え膳だろう、と思うので。

 倫を抱え上げて寝室に向かいながら、今度律におごる時は、あいつがびっくりするようないいものを食わせてやろうと思った。



<終>

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小さな台風、一過 たかせまこと @takasemakoto

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