第3話 一線
手分けして作った料理を食べ、少しのアルコールを楽しんで。
さて、では寝支度するかというところで、俺は律に告げる。
そう、律だけに、告げる。
「そろそろタクシー呼ぶか」
「えええ~帰らなきゃダメ?」
「ダメ。そこは譲りません」
割と頻繁に会うし、家に来ても受け入れる。
けど、絶対に泊めない。
それが俺の一線。
特に、どっちかに特定の相手が居るときは、絶対ダメだろ。
たとえ兄妹でも、ダメ、絶対。
何故なら、俺は自分の最愛が、実家と自宅と俺のところ以外で眠るのがイヤなので。
自分に最愛がいる限り、他の人間を泊めたくないのだ。
「いい加減覚えろよ。そこは、ダメ」
俺が言い切ると、律はわかりやすく膨れっ面になった。
「ほらね!」
俺に向かってかと思いきや、倫に向かって律は言う。
何だ?
「あたしに彼氏が居るときは相手に悪いって言って泊めてくんないし、あたしがフリーになっても、泊めてくんないの。誤解したくないしされたくないって。お兄ちゃんが泊めるの、りん兄だけなんだよ」
「だってさ」
「何ぐずぐず言ってんの? いい加減認めたらいいじゃん」
「そうは言うけどさ……だって、お前、イヤじゃないわけ?」
だーかーらー! と、律は小さい頃のように地団駄を踏む。
「イヤって何が? ふたりが愛しあっちゃうこと? つきあうこと? そんなの、今までとかわんないじゃん! お兄ちゃんたちが他の女連れてくる方が、よっぽど面倒だし、イヤよ!」
律の啖呵に驚いた。
いや待て、律。
兄二人がつきあうのは普通じゃない、イヤがるとこだ。
他の女連れてくる方が普通で、そこは面倒がるとこじゃねえから。
「だって律……」
「バっカじゃないの? 何でそんな簡単なことわかんないのよ! お兄ちゃんはもう選んでるの。決めてるの。見てて判るじゃん!」
え。
見てて判るじゃん! に、今度はこっちがぎょっとした。
「律?」
「帰る」
小柄な身体いっぱい、パワー全開で啖呵を切ってふうふうと肩で息をしていた律が、鞄と上着を手に取った。
「は?」
「帰る。あとはお兄ちゃんに任せた」
はあ?
「いやちょっと待て。タクシーまで送るから。倫、お前待ってろよ? 留守任せるからな?」
サクサクと帰り支度を整えて出て行こうとする律をとどめながら、アプリでタクシーを呼んで、上着を手にする。
半分困って半分泣きそうな顔をしている倫を置いて、家を出た。
先に立っていく律を見下ろして、小さな台風みたいな女だなと、思う。
あんなに小さい末っ子と思っていた律は、察しのいいやつだった。
実家を出て一人暮らしを始めた頃に、俺の気持ちに気が付いたんだそうだ。
お互いに実家にいる頃より、出てからの方が交流があるからなあ。
気が付いたその時は、困惑して悩んだと言った。
「でも、お兄ちゃんが誰とつきあおうと、あたしの人生じゃないなって思って。ホントにイヤなことは何だって考えたら、他の女が乱入してきて、今みたいに過ごせないことだなって思ったら、まあいいわってなったの」
そう言いながら歩く律を見たら、ちょうどつむじが見えた。
俺の、小さい、妹。
「世の中の流れとか常識より、楽しい方がいいよ。りん兄ったら、お兄ちゃんのこと好きで、彼女に『お兄ちゃん』求めてフられまくってるくせに、何でそれがわかんないのか、わかんない」
妹よ、少しデリカシーとかオブラートに包むとか、そういうのを覚えようか。
律のぼやきにつっこみを入れたくなる。
「常識的なとこ、父さんに似てるからなあ」
「じゃあ、お兄ちゃんがガンガン行くしかないよね」
お兄ちゃんはお母さん似だしね、と律が笑った。
「お兄ちゃん」
「あ?」
「今度、りん兄抜きで、ご飯ね」
あの話はここにつながったのかと、腑に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます