稲束を前に
のんびりと雲海を眺めているうちにぐんと竿が引かれて、八重は慌てて竿を引き寄せた。「糸をたぐれ!」と
ぐんぐんと竿を引かれればもう気おくれしている余裕がなくて、八重は両足で
八重は必死で、こっちへ来て、短くなって、と願い糸を繰る。ナズナは〈やえさま、がんばれ!〉と八重の頭上で飛び跳ねて、格闘の末浮かんできた魚影にきゃあと高い声を立てた。
「やるじゃアねえか!」
「あ、ありがとうございます……」
八重が鼓動を弾ませてふうふうと息を継ぐ間に、
「どうだ、巫女殿。どっちが良く釣れるか勝負でもするか?」
「お手柔らかにお願いします」
日が傾き始めるまで釣り糸を垂れて、かかった魚に歓声を上げてはしゃぎ倒した。
たくさんの
たくさんの魚を持ち帰った八重たちを、井守と家守は歓声を上げて出迎えた。早速井守が水の球から魚ごと海水を切り分けて、裏庭に運ぶ。家守も包丁を取り出して浮き立ちながら裏庭へ向かった。
「俺も帰るわ」
「魚は下拵えして、後で屋敷にお届けしましょう」
「おう、頼まあ」
「巫女殿、また釣ろうぜ。次は鯛狙いで、全部終わった後だ」
「はい!」
八重の声に「じゃあな」と片手を上げて、
その晩の膳には、白飯と藁焼き鰹、蓄え漬け、豆腐とわかめの味噌汁に里芋の含め煮と湯掻いた枝豆が並んだ。
おろし生姜に刻んだ大葉と茗荷がたっぷりと乗った藁焼き鰹に甘酢醤油をつけて口に運べば、薬味の爽やかな香気に香ばしい藁の薫り、鰹の濃厚な旨みが口いっぱいに溢れる。家守が鰹の柵に串打って、神米の藁で炙ったのだ。口に広がる旨みを白飯で追いかけ、味噌汁をすする。蓄え漬けは丁度いい塩梅に漬かっていて、ぽりぽりとした歯ごたえが小気味良い。甘めに煮た里芋のねっとりとした美味しさに、また白飯を食べて鰹に戻る。たまらない味に、八重は恍惚と息を吐いた。
日はじっくりと迫ってくる。稲は出穂し、色付いて重く頭を垂れた。八重は心を込めて稲の世話をして、祈り、日々を暮らす。やがて八重は、稲刈りの時を迎えた。
昨日刈り終えて稲干し台で風を受ける稲束を眺めて、八重は両手を合わせる。朝から居ても立ってもいられず、かといって何事にも手がつかずに、八重はただただ稲束を前に祈り続けている。目を凝らして稲束を見れば、神米は内にたっぷりと神気と信仰心を蓄えて白と黄金に煌めいていた。
(どうか、どうか)
「巫女殿もここに居たのか」
祈る八重に、後ろから声がかけられる。振り向けば
「
「俺も稲束を見に来たんだ。どうにも落ち着かなくてな」
町や白陽の居所の周りを見回っている、と静かにささやいて、
「美しいな」
「はい」
「明日が終わったら、また共に山へ行こうか」
稲束を眺めながら、
「またぞろ茸がいる頃だろう?」
「ええ、はい」
そういえば膳に茸が並ばなくなってきた、と思い返しながら、八重は頷く。
「今度は共に木に登るか?」
「美味しそうな
ふふ、と笑みをこぼして、その日が来ますようにと八重は願う。
神々は皆、八重と先の約束を交わす。明日を乗り越えられるように、強く意志を持って言葉を発し、
八重と
「護ろう」
「はい」
目覚めの時は、ついに、明日。
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