実れよと





 八重が渡した根っこは、後日わらび餅になって白陽の元に届けられた。茶の時間、八重は兎守うのかみに泣き縋って慰められたことを恥ずかしくも温かく思いながら、わらび餅に黒文字を刺す。わらび餅はもちもちと柔らかくて、口の中でとろけほのかに甘く。香ばしいきな粉の風味と相まって、とても美味しかった。八重は兎守うのかみの優しさを思い出しながら、じんわりと微笑んでわらび餅を平らげた。


 たらいの貝も皿に並んだ。あまりに八重とナズナが喜んで盥を覗くからか、家守は調理する前に、食べても良いかとためらいがちに確認してきた。もちろんだ、と八重が当たり前に頷くと、家守は目を瞬いて、可笑しそうに笑い声を上げた。


 浅利あさりの酒蒸しに味噌汁、焼蛤、蛤の天ぷら……手を変え品を変え日々出される貝料理は、どれも毎日食べても飽きないと思えるほどに美味しかった。


 八重が拾った一番大きな蛤は、潮汁になって白陽の膳に乗った。八重は誇らしげに微笑んで、この蛤は八重が見つけたのだ、と白陽に告げる。白陽は喜んで、大切にいただかなくてはね、と柔らかく笑った。


 稲はすくすくと育って風に揺れる。八重は山に入るよりも、田畑で過ごすことが多くなった。近くにいれば何かと手を動かすことが見つかるもので、草を引いたり、水の具合を確かめたりと、毎日忙しく動き続ける。


 牛守うしのかみと草を引き、作物を収穫して、たまに並んで胡瓜を噛じる。家守から小皿に醤油もろみを貰ってくることもあって、汗を流した体に、醤油の香りと塩気が美味しかった。


 稲はやがて分けつし、出穂して白く小さな花を咲かせる。八重は、たくさん実りますように、と祈りながら、田んぼにたっぷりと水を張った。


 白陽が目覚めると同時に災厄が目覚めるのであれば、神々にとって今一番必要となるものは神気や信仰心だ、と八重は考えていた。神米は、この上天にある他の何よりも神々の御力になる、と。


 白陽にたくさんの御力を奉じたい。そして、皆にたくさん召し上がってもらって、御力を付けていただきたい。少しでも多く光を宿し少しでも多く実りますように、御力になりますように、と、八重は一心に祈りながら田の世話をする。穂を付けて風にそよぐ稲を前に、八重は毎日両手を合わせ祈りを捧げた。


 穂は膨らみ、色付いて重く頭を垂れる。ざあと音をたてて風に揺れる稲穂は、まるで過日見た海のように波立って黄金の光を放つ。淡い光は田面を埋め尽くさんばかりに広がって、力強く実ったことを伝えていた。


 八重は鎌を持って田んぼに足を踏み入れる。鎌を引けば茎は太く、確かな手応えを感じる。八重は、どうぞ御力になりますようにと祈りながら、稲を刈り続けた。


 束ねた稲は稲架掛けされて、夕日を受ける。赤く染まる空に黄金の光が煙るように舞い、煌めきを放つ。八重はその光景に、もう一度手を合わせて祈りを捧げた。




「稲穂を、白陽様に奉納致します」


 八重は白陽の御前に稲穂を積み上げ額づいた。


「ああ、受け取る」


 稲穂は光の渦となって掻き消える。白陽の指先が眩い光を湛えた。


「八重、手を出しなさい」


「はい」


 八重は頭を上げて、両手を差し出す。空中に光が集まり、燦然と輝く玉となって八重の手のひらにゆっくりと降りてくる。いつものように弾けずに、八重の手の上で玉はこうと強い光を放ち硬く固まった。


「これは……」


 光が落ち着いたあと、八重の手のひらには白く煌めく勾玉まがたまが残されていた。八重は息を呑んで、美しい勾玉を見つめる。


「それは我が力を固めたもの」


 白陽は穏やかな声音で、八重に話しかける。


「時がくるまで、八重が預かっておくれ」


「はい……!」


 八重は手の上の勾玉をぎゅっと握りしめて押し頂く。何より大切な御力を預ける先に八重を選んでもらえたことに、巫女として誇りを抱きながら。





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