歌を
巫女として認められたことを、疑わぬと心に決めた。だが愛を捧げることには疑いを持ってしまったのだ。今も白陽に取り憑いている災厄の血縁がどんな顔をして、と。
想いが通じなくても、白陽に告げないと決めても、愛を歌い白陽の傍に居られるだけで八重は心の底から幸せだった。でも、と八重は自室で一人拳を握りしめる。
こんなにも分不相応な想いは封じ、忘れてしまえと理性が訴える。嫌だ、お慕いしているのだと感情が叫ぶ。苦しくて、胸が張り裂けそうだった。
〈やえさま、いいこ〉
〈いいこ〉
思い悩む八重に、ナズナが心配そうに声をかける。愛くるしい様子に和まされ淡く微笑んだとき、八重はふと、優しい女神の笑顔を思い出した。
「……ナズナちゃん、
〈しってる!〉
〈ナズナ、しってる!〉
喜んで飛び跳ねるナズナに、八重は両手を差し出した。ナズナは八重の手に乗ってぴょんぴょんと跳ね続ける。
〈しってるよ!〉
「明日、連れて行ってくれる?」
〈できるよ、ナズナできる!〉
田畑の世話も一段落して、水の具合を日に何度か確かめれば八重は自由に動ける。「お願いね」とナズナに微笑みかけて、八重は布団に横になった。悩みは尽きないが、心が少し軽くなるのを感じていた。
昼過ぎ、八重は背負い籠に沢山の根っこを詰めて、
屋敷の前まで来たはいいものの、手土産に自信は持てず、考えてみれば、ただ神に甘え、縋りたい一心でここに来てしまった気がし始める。やはり出直そう、と八重が踵を返そうとしたとき、屋敷の扉が開けられた。
「八重ちゃん?」
顔を出したのは、
「玄関にいるのが見えたからご用かなと思って出てきちゃったんだけど、どうしたの?」
「あの、いえっ!」
思いがけず現れた
「おっお菓子を頂くので、お礼をと思いまして、私には何に使えるか分からないのですが、そのっ!」
「わあ、わらびの根っこ!?」
「うれしい、ありがとう八重ちゃん! ねえ、上がっていってよ。一緒にお茶しよう?」
「いえ、私は……」
八重は申し出を断ろうとしたが、期待のこもった
玄関を上がって童子に籠を預け、通されたのは中庭に建てられた茶室だった。開け放たれた障子から臨む、整えられた庭園の景色が美しい。
暫くの間、八重が持ち込んだ根っこやお菓子の話で盛り上がった。話に飽きたナズナは庭園に飛び出し、池を覗き込んで楽しげに回っている。
言葉が途切れ、一瞬の静寂が訪れたとき、
「勘違いだったらごめんね。相談があるのかなって、思ったんだけど」
「……仰るとおりなのです。ですが」
八重はためらって、膝の上で茶の入った湯呑みをさすった。
「容易く神に縋るなど、あまりに身勝手ではないかと思い……」
「頼ってよ!」
「私は神様で、八重ちゃんのお友達なんだから!」
友達の相談に乗るのは当たり前のことだ、と胸を張る
「実は、その……白陽様に歌を奉納する際に、お慕いする気持ちを込めて歌っていたのですが……」
「うん……!?」
「良くないのでは、と思ったのです。元より想いを告げるつもりはなかったのですが、そもそも災厄の血縁が白陽様に想いを寄せるなど、許されることではないのでは、と」
「――ええと、告白をするつもりはなく…………?」
「はい。歌を歌って、お側に仕えることが出来れば幸せだと思っております」
ごくりと息を呑む
「うん、うん。わかった。それで?」
「分不相応な想いなど抱かぬ方がよいのだと思い、思慕の念を込めて歌うのはやめようと……忘れようと、考えれば考えるほど、苦しくて」
今にもこぼれそうな涙を目に溜める八重に、
「歌おう……!?」
「愛は、すごい力なんだから……!!」
「私の想いは、白陽様のお力になれるのでしょうか……?」
「なるよ、すっごくなる!」
弱々しい八重の問いかけに、
「許されないわけない。八重ちゃんの愛は、絶対に白陽様を守るんだから!!」
「……ッ、はいっ」
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