尽きぬ想い






 小さな椀を持って、ちよは八重の御石を訪れた。椀を御石の前に供え、手を合わせて八重に語りかける。椀には、雑炊が盛られていた。


「せっかくお供えするのにさ、上等なやつじゃなくてごめんね、八重ちゃん」


 生活が安定するなり、皆がこぞって供え物をしようとするものだから、集会で回り持ちが決められた。今日はようやく回ってきたちよの家の番で、ちよはどうしても自分が持っていくと言い張ってここにやってきた。


 八重が人柱になると決まってから、御石が据えられ祀られても、ちよは八重の前に顔を出すことが出来なかった。幼馴染の、八重の前に。


「……ほんの小さいころに、なんで八重ちゃんだけって怒って困らせたことあったよねえ」


 ちよは潤む瞳で不器用に笑い、八重の御石に語りかける。八重が人柱に決まってからずっと、幼い頃の出来事が頭から離れなかった。自分はあれこれ言いつけられて叱られるのに、八重は『八重ちゃんはいいんだよ』と言われていて。『なんでだ』『ずるい』と八重に憤りをぶつけた。八重は困ったように笑って、ちよは足を踏み鳴らして怒って……後で親にしこたま叱りつけられた。何も知らない、子どもだったから。――でも。


 集会から帰ってきた親に、八重が人柱になることが決まったと聞かされてちよは言葉を失った。八重が反論も嘆きもせずに、粛々と受け入れたと聞いてより一層。


 こんな日のために八重は『巫女様』と大切にされてきたのかと叫びたくて、違う、誰もこんなことが起こるだなんて思ってもいなかったと釈明したかった。救われたくて、お腹がすいていて、人柱になんてならなくていいとは口が裂けても言えなくて。


 どんな顔をして八重の前に立てばいいかわからずに、途方に暮れているうちに八重が神洞に行く日が来てしまって。白い装束を着て山へ向かう八重を、立ち尽くして遠くから見送った。


 一緒にお婆ちゃんになることが出来たら、そんなこともあったねと笑い合えたような些細な思い出が強い後悔となって、ちよは笑顔を浮かべようとしながら涙を落とす。


「ほら、干し椎茸に干し大根と芋のつると、玄米も雑穀も入れた雑煮だよ。面白みもなんにもない、いつものやつ」


 八重はどんな気持ちで泉に沈んだろうか、と思えば、恨み言を言う姿は想像が付かなくて。きっと、実りがもたらされますようにと願って、あの子は、いつも一生懸命で優しい子だったから。


 だからちよは、繋いでもらった命を大切にして、前を向いて生きていくしかないのだと、そう思ってやっとここに来たのだ。


「…………いつものやつがさ、作れるようになったよ、八重ちゃん。もう食うに、困ってないよ」


 ごめんね、ごめんね、ありがとう、と口籠らせながら、ちよは大切な幼馴染の御石を撫で祈る。瞼の裏には、花冠を被って晴れやかに笑う八重の姿が浮かんでいた。




§




 上天の空に、八重の歌が響き渡る。想い、祈り、八重は歌い続ける。どうか一柱も欠けず災厄を打ち払い、上天が、人の世が守られますように、と。


 この心が空になるまで、と歌い捧げても、想いは尽きることなく無限に湧き続ける。だから八重は声高らかに歌い続ける。祈りを、守りを、愛を――


 紐を通して首から下げた勾玉が、八重の胸元で陽の光を受け煌めいていた。




 夕暮れ赤く 染まる稲穂よ

 実れ実れよ 頭を垂れて――





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