花見に団子






「八重ちゃん、お花見しよう!」


 稲は分けつを迎えた。山から戻り家守に山菜を届けた八重に、丁度居合わせた兎守うのかみが誘いの言葉をかける。


「あのね、のおばあちゃんのお屋敷で果樹を育てているんだけど、いきなり花が満開に咲いちゃったんだって」


 眠っていた影響で、今年は果物がとれそうにないらしいんだよ、と兎守うのかみは耳を萎れさせた。一度ふるりと頭を振って、気を取り直したように耳をぴんと立てる。


「梅と桜と桃が、全部満開なんだよ! これはもうお花見だねって、女神で集まることにしたの!」


「私がお邪魔してよろしいのでしょうか」


「もちろんだよ! この間小豆を貰ったでしょう? お団子作るから、一緒にお花見しようよ」


 兎守うのかみはぐっと両手を握りしめて、弾けんばかりの笑顔を見せる。八重は嬉しくなって、にこにこと笑顔を返した。


「お誘いいただいて、とてもうれしいです。ぜひご一緒させてください。いつ伺えばよろしいですか?」


「えっとね、いっぺんに咲いたから、いっぺんに散りそうなんだって。だから急だけど、明日の昼過ぎに鼠のおばあちゃんのお屋敷に集合ね!」


「はい。たのしみにしております」


 じゃあ明日ね、と手を振って帰る兎守うのかみを見送って、八重は明日がたのしみで笑みこぼれた。軽やかな足取りで田畑に向かい、稲が出穂していないかを確認する。


 浮き立った八重の様子に、牛守うしのかみは「どうした、巫女殿」と笑いながら声をかけ、八重は「兎守うのかみ様にお花見に誘っていただいたのです」とこぼれんばかりの笑顔を見せる。ふと、手ぶらで行って良いものかと心配になり牛守うしのかみに相談すると、牛守うしのかみは「よし」と頷きざるいっぱいの青い大豆を持たせてくれた。


 屋敷に戻って家守に大豆を見せると、「枝豆か!」と言って湯掻き方を教えてくれる。共にやろうか、と翌日昼前から小上がりに並んで腰掛けて枝豆のさやの両端を鋏で切り落とし、沢山の塩を揉み込んで、たっぷり沸かした湯で湯掻く。「少し取り置いて、白陽様にもお出ししようか」という家守の言葉に、八重は恥じらうように微笑んで「はい」とこたえた。


 井守は「これが無いと始まらぬだろう」と御神酒の入った徳利を持たせてくれる。八重は蛇守みのかみ猿守さるのかみの顔を思い浮かべながら、「はい」とくすくす笑って徳利を抱えた。


 ナズナを頭に乗せて、徳利と枝豆の入った包みを携えて、八重は鼠守ねのかみの屋敷を訪れる。「ごめんください」とかけた八重の声に、こたえたのは鼠守ねのかみだった。


「よう来たねえ。さあ、お上がりなさいな」


「お招きいただきありがとうございます」


 中庭に出るからねえ、履物は持ってあげようねえ、と八重の草履を持って歩き出す鼠守ねのかみに、八重はぺこぺこと頭を下げて付いて歩く。屋敷を真っ直ぐに抜けて、通されたのは花満開の中庭だった。


 果樹の立ち並ぶ広い中庭に、見事に花が咲き誇っている。春の兆しを告げる梅に、春の訪れを告げる桃。春の盛りを告げる桜が一斉に咲き揃うその様は、今ここでしか見られない絶景だった。


「八重ちゃん!」


 花煙る中庭から、兎守うのかみが八重を呼ぶ。敷物を敷いた上に座り、重箱を並べていた。猿守さるのかみ羊守ひつじのかみも共に座って、八重に手を振る。


「皆様、もういらしてたのですね」


「私達は準備してたからね! 私がお団子で、ひーちゃんが敷物で、さっちゃんがお茶なの」


「儂は茶葉を持ってきたばかりだがのう!」


 猿守さるのかみは胡座をかいて、豪快に笑う。「そんなの、皆持ってきただけになっちゃうよ」と笑う兎守うのかみに、八重は手に持った包みを掲げて見せた。


「私は、井守さんから御神酒を、牛守うしのかみ様と家守さんから枝豆を預かってまいりました。枝豆は私も一緒に下ごしらえしたのです」


「ほう、それは良い」


 後ろから、音もなく蛇守みのかみが現れた。八重ににこりと微笑みかけて、流れるような動きで八重の腕から徳利を抜き取り、猿守さるのかみの隣に腰掛ける。手にはいつの間にか大盃が持ってあった。


「ほら、巫女殿も座っておいで」


「はい!」


 鼠守ねのかみに促され、八重は皆の元へ歩いていく。兎守うのかみが隣を叩きながら、「ここにおいでよ!」と誘いかける。八重は誘われるまま腰掛けて、兎守うのかみと微笑みあった。


「さあ、食べよ!」


 声を弾ませて兎守うのかみが開けた重箱には、沢山の串団子が並んでいた。こし餡の乗った白い団子と、粒餡の乗ったよもぎ団子。鼠守ねのかみは童子と共に淹れたての茶を持ってきて、皆に振る舞う。


 八重も、包みを開いて枝豆を出した。蛇守みのかみは団子を片手に大盃を傾けて、満足気な息を吐く。猿守さるのかみはその隣で、「これは良いな! 実に佳良じゃ!」と言いながら、枝豆を摘に酒を呑む。


 八重も一串手にとって、団子をぱくりと頬張った。きめ細やかで繊細な舌触りのこし餡は口溶けが良く、柔らかくもちもちとした団子と一体になって口の中を幸せで満たす。上品な甘みの余韻を程よい渋みの茶で流せば、いくらでも団子が食べられる気がした。


 蓬団子の方は、口に入れた瞬間感じる青く爽やかな蓬の香り、そこにぼってりとした粒餡の食感と団子のもちっとした柔らかさ。ほんのりとした苦みに餡子の甘さが良く合って、なんとも美味しかった。


「私も、お団子食べる」


 暫くすると、中庭の奥から虎守とらのかみが姿を現した。「どこから入ってきたんだい?」という鼠守ねのかみの問いかけに、虎守とらのかみは「うちの中庭から、塀を越えてきた」とこたえる。鼠守ねのかみは「牛守うしのかみの中庭を突っ切って来たのかい」と呆れた声を出し、虎守とらのかみは「牛守うしのかみは細かいことを気にしないよ」と言って羊守ひつじのかみの隣に座り、団子を食べ始めた。


 鼠守ねのかみはやれやれと言わんばかりに苦笑して、童子に茶を持ってこさせる。羊守ひつじのかみは隣で団子をぱくつく虎守とらのかみに、「虎守とらのかみ、次は玄関から来るんですよ」とふんわり微笑みかけた。


 見上げれば、花が空を覆わんばかりに絢爛と咲きこぼれている。ナズナは楽しげに、花から花へと飛び回っている。八重は感嘆の息を吐いて、花の合間から差す陽の光に目を細めた。


「きれいだねえ」


「はい」


 共に花を見上げていた兎守うのかみが、八重に声をかける。兎守うのかみは視線を花から八重にうつし、満面の笑みを浮かべた。


「それに、美味しくて、たのしいねえ」


「はい!」


 穏やかに吹き抜ける風に花弁舞う中、ふたりは顔を合わせて、花咲くような笑顔を浮かべた。





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