夏の章 二巡
財の護り手
「
「……家守、うるさい…………」
朝、八重が朝餉を平らげた頃に
「田んぼに行かれる前に、八重殿も来られるといい」
何事か、と目を瞬かせていた八重に井守が声をかける。八重は頷いて、膳を洗い場に下げて皆の後を付いていった。
「何があるのですか?」
「何、すぐにおわかりになる」
井守はくすくすと笑いながら、土間の奥の勝手口から裏庭に出る。八重は後ろをついて歩きながら、首を傾げた。裏庭にあるのは、酒蔵と醤油蔵、そして米や穀物などを貯蔵している蔵……蔵しかないのだ。
家守と
「閉じよ閉じろよこれより先は我が守護の内、我が護る財に一切の
肩口で切り揃えられた
「いやあ、有難い」
「いい。白陽様のためだから」
喜ぶ家守に平坦な声でこたえ、
「『財福』こそ我が権能……私が守護する蔵は物が傷まない」
「まあ……!」
家守が喜ぶはずだ。八重は驚きに目を見張り、口元を押さえた。
「なんとありがたいことでしょう、米も、野菜も、傷まず保存できるのですか……!?」
「そう。限定的な時止めのようなものだから、巫女殿は蔵に入らないで」
「うん。巫女殿はかなり人から外れているけれど、それでもまだ危ないから入らないほうがいい。巫女殿の時が止まってしまったら、大変」
「はい、仰せの通りにいたします」
八重はまず頷き、あまりに近い距離にどぎまぎとしながら
「……あの、私は人から外れているのでしょうか」
「神気をたっぷり内に宿している。人は人だけど、もう、仙に近い」
「なんと、まあ……」
小首を傾げそう告げる
「ええと……では、もうすぐナズナちゃんの言葉を聞けるようになれるのでしょうか……」
「『ナズナちゃん』?」
「いつも一緒にいてくれる
「うん、それならもうすぐだと思うよ」
「まあ……!」
「とてもたのしみです」
「そう。たのしみなら、良かったね」
「これは珍しいものを見せていただいた」
八重の横に立っていた井守が、顎に手を当てて感心したように呟く。
「笑うときは笑う」
「それは失礼した」
くすくすと笑みを零す井守を面倒くさそうに見やって、
「用は済んだから、帰る」
「
「ん」
蔵の前から送られる家守の礼に端的に返事をし、
「巫女殿、またね」
「はい!」
「気に入られたな、八重殿」
珍しいことだ、と井守は笑い声をこぼす。そうなのだろうか、と問いたげな八重の視線を受けて、井守は、うむ、と頷いた。
「気まぐれなお方でな、物静かな場所や神を好まれる」
「その、気に入っていただけたならとてもうれしいです」
「我らは口やかましいらしい」
喜んで微笑む八重の元に家守がやってきて、そうこぼす。井守は家守の言葉に肩をすくめて、「あれもこれもと持たせようとするからだ」と返した。家守は「お前もだろう」と井守に呆れたような視線を向ける。八重はふたりの話しようにくすくすと笑い声をもらして、もう一度土間の入口を見やった。『また』が楽しみだと考えながら。
いつもより遅れて田んぼに向かうと、
「遅くなり申し訳ありません」
「いやなに。どうかしたのか?」
「
「ああ、蔵の護りか。それはいい。これで野菜がどっさり採れても心配いらぬな」
「そうだ、巫女殿。もうじき小豆が採れるぞ」
「まあ! それはたのしみです」
「
「はい!」
守護神は皆目覚め、必要な作物も揃いつつあった。田んぼには、よく熟させた山の落ち葉を撒いて、馴染ませてある。苗箱には種籾を蒔いた。
暮らしが整ってきたと、日々感じる。八重はこれからまた実りをもたらす、空の田んぼを眺めて微笑んだ。人の世もきっと安定しただろう、と感じながら。
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