何より無垢な
「ちがう、ちがうの」
ついに泣き出した幼い妹に、太介はすっかり参ってしまった。
「なんだよ、花の輪っかを作ってやったろう?」
「ちがうの、これじゃなくて」
花の輪っかが欲しいとねだる妹のたきに、太介は畔の花を摘んで茎に穴をあけ、そこに花を差し込んではまた茎に穴をあけてと繰り返し、花の輪っかを作ってやったのだ。作っている最中からたきは『ちがう』と言って、さりとて詳しく説明できるわけでもなく、太介はわからん、と頭を掻いた。
ちがうちがうと泣くわりに、たきは作ってやった花の輪を首にかけて、しっかりと握りしめている。作ってやった花の輪が気にくわないわけではないのだろう、と太介は気を取り直してしゃがみ込み、たきを見つめた。
「ゆっくり話してみろ。兄ちゃんが聞いてやるから」
「…………やえ姉が」
太介の言葉に頷いて、涙をこぼしながらたきはつっかえつっかえ話し始める。
「やえ姉が、やくそくして、花のわっかを作ろうって」
「八重姉の花冠か?」
「やえ姉はおそらにいったから」
しゃくり上げる幼子の説明は、やはり要領を得なかった。太介は辛抱強くうん、うんと頷いて話を聞く。
「やくそくしたから、たきが花のわっかをやえ姉にあげるの。あのおいしは、やえ姉でしょう……?」
「あー……」
たきは約束をどうにか形にしたくて、花冠を欲しがっていたのだ。記憶はおぼろげで、冠の言葉も出ず、それでも約束を覚えていた。優しい約束を心の支えにして、絶望を乗り越えたから。
どんなものが欲しいのか、きちんと言えなくて当然だ。八重が御山に行ってから一年と半分。花冠が作れたのはそれよりもう半年ほど前のことだ。その頃たきは、三つか四つだった。
――花がまた咲いたら、きっとね
太介もあの約束を覚えている。突然いなくなった優しい『姉』のことを。八重が何を願っていなくなったのかも、太介は知っているのだ。
「兄ちゃんあれは作れないから、ほら」
太介はたきに手を伸ばし、小さな頭を撫でてやる。
「ばあちゃん達に聞きに行こう。八重姉が作れたんだから、きっと誰か作れるよ」
「うん」
「八重姉に、花が咲いたぞって、教えてやろうな」
「うん」
大粒の涙をこぼす妹の手を引いて、太介は里を歩き出した。
暫くして、たきは満面の笑みを浮かべて走り出した。「兄ちゃん、次はたきにつくって!」とはしゃいだ声を上げるたきを、太介は苦笑を浮かべて追いかける。
「こけるなよ」
そう声をかける太介の後ろで、八重の御石は花冠を被り、幼い手に握り込まれてくしゃついた花の輪っかを下げ、天から差す光に照らされていた。
§
――歌を、想いを込めて。
やるべきことは一つだと、八重は心を定めた。元より復興はまだ道の途中。先ずは残る二柱と、それから白陽様にお目覚めいただくのだ、と八重は天を仰いで歌を歌う。その後は、このまま白陽様にお仕えして、永く永く人の世に安寧を届けることが出来れば、と八重は自身の幸せをそこに据えた。
人の身で、想いを直接告げようと八重は思わなかった。ましてや結ばれたいなどと。今は髪も爪も伸びず年を重ねた実感もないが、八重はあくまで人だ。いつまで生きるのか定かではない。いつまで、巫女として仕えることが出来るのかも。
だから八重は、ただ一途に心を捧げる。人の世から流れる信仰心に乗せて、尊ぶ心を、信心を、思慕の念を、敬愛を、無垢な愛を、愛を――――
八重の歌が澄んだ空に響き渡る。白陽はただじっと、歌に聴き入っていた。
朝日の中で 舞うは蝶々
芽生え芽生えよ 花は開いて――
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